8.指。
前回の出来事: 谷に落ちた。
……俺は死ぬ寸前なのか。
意識が浅く深く落ちまくり飛び飛びの記憶の中。
ふと胸の辺りや腕を、傷口の付近を撫でる指があることに気づいた。
なんとか薄目を開けてみる。
ぼやけてハッキリとは見えないが、青白く細い指が俺の全身を這っている。
その指の主の顔は、フードで隠れていて、正体が見えない。
だが、その指の持ち主は――
(若い人間の女)
指先が肌に触れる感触だけで、俺は若い人間の女だと分かった。
――いや、気持ち悪いとか言わないでくれ。
他人に言われなくても、俺は自分が気持ち悪いと十分に知っているさ。
指の持ち主は若い人間だろう。
もしかしたらエルフの血も少し混じっているかもしれない。
貴族の血も混じっているかもしれない。
触り方に上品な、高貴な人物の雰囲気を感じる。
戦いに傷つききった俺の体が癒されていく。
傷を、痛みを負った体から熱が取れていく。
痛みが引いていく。
それは、まるで甘い果物をしぼって蜜を入れた冷たい汁を飲んでいるような。
だが、ある一部分は逆に熱が高まっていく。
怪人の生存欲求がそうさせてるのか。
この指の持ち主の技がそうさせているのか。
(ううっ)
これが「甘美」ということか。
ついぞ使ったことの無い、難しい言葉で称賛する。
――「称賛」? コレも人生、違った、【怪人生】で初めて使う言葉だ。
誰かは知らないが、この指の持ち主に体をなで回されればされるほど、俺は賢くなれるのかも知れない。
暗闇、薄明かりの中、丹念に俺の肌に指を這わされる。
傷口の縁を優しくなぞられる。
痛みと気持ちよさを同時に与えられた俺は、自然と熱く大きくなるのを感じた(何が?)。
薄布は掛けられているようだが。
だが、彼女は動じることも恥じらうこともなかった。
逆に鼻で笑われた気がした。
(クソ、見せつけてやる)
意識は朦朧としながらも、俺は強がった。
だが、意識はそこから一気に深く落ちていった。
◇
(――これは、治療されている、のか……?)
だいぶ深くまで行ってしまった意識が浮上してきた。
意識が深いところから帰ってきた俺は、全身をまだ若い人間の女(想定)になで回されているところだった。
その指はどこまでも優しく、何処までも艷めかしかった。
甘美過ぎて20本にも30本にも感じられる全身を這う指は、ナニカを俺の肌に塗りつけている。
(ポーションなのか? イタ気持ち良過ぎるぜ……)
恐らく俺はあの崖から落ちて瀕死の大ケガを負ってた。
今も生死の淵を往き来しているところなのだろう。
薄目しか開けられない、口も利けないが、目の前には若い人間の女がいて俺を治療している。
(もう死んでいるのかも知れないな。ということはこの女は天女か地獄の獄女の類いか……)
まだ大きいままだったが、「気持ちよい」という意思表示のつもりで、大きいままにした。
「ふっ……」
(また鼻で笑われた――)
◇
「いったいどうして支援魔法使いのババアがここにいる!?」
起き上がれるまでに傷が癒えた俺の側にいたのは、誰がどう見てもアサナ村にいた支援魔法使いの老魔女だった。
「さっきまでの若い女はどこ行った!」
「さっきも今も、ここにはワシしか居らんかったのだが?」
「 」
「ひっひっひ。こんな婆におっ立ててからに、よほど溜まっていたのかね?」
「こんなババアと知っていれば」
「……それにしても【仮面男】が、あの【怪人】だったとはね。驚きだねぇ」
「 」
くそ、ババアにバレた――どうする。
殺すか?
たまにこんなお下品回もありまーーーす!