お嬢のお昼と色々なこと
あれ、会話してなくね?
――人生とは未知を既知に変換する作業である。
――人生とは既知を繰り返すものである……――
などと言われるように、人が生きていく上でもっとも重要なのは退屈を、マンネリを如何にして打破するかである。
さて、諸兄が退屈である、暇であると感じるのはどんな時であろうか?
会社でやりたくもない仕事をしている時だろうか?
――仕事はかくも辛いものかと世の会社員には感謝の心を
食事会なんかで初対面の人から武勇伝を聞かれている時?
――想像するだけで心が死んでいくのを感じてしまう
その他色々あるけれど今この瞬間において私を苛む退屈とは学業である。
現在、華の女子高生である私ジークリンデ・エーデルヴァインは四角い箱じみた教室の中で淡々と教科書を朗読している教師の声を右から左に流しなら益体もない思考遊びに興じているわけであるが、正直申しますと『前世の知識』のようなものを持っている私に数学の授業など退屈以外のなにものでもないわけでこのような退屈などという大きな問題へ思考が飛んでしまうのも無理からぬ事だと思うわけであり、決して数学が分からないわけでは無いということはご理解していただきたく思うわけです。
誰に向けての言い訳か、などと胸中で突っ込みを入れながら視線を教室の黒板から窓の外へ移す。
こんな時は窓際の席は便利だ、前の記憶だと窓際で一番後ろの席は主人公席と呼ばれているそうだが、生憎と私の席は同じ窓際でも一番前である。
閑話休題。視線を移したものの目に入るのは体育の授業を行う生徒とその向こうに広がる街くらいのものであるので目新しいものは何もないわけで自然とまた益体もない事を考え始めるのである。
私の生まれ育った国、というか世界というのは『前世の知識』でいえば『剣と魔法の世界』なのだが、それは今は昔の話で剣技や魔法でモンスター達をバッタバタ薙ぎ倒して、古代文明の遺跡でお宝を見つけて、などという所謂、冒険者という職業は廃れてしまって幾百年。
もちろん、マイナー職種にはなってしまったけれども冒険者は居るし魔法が無くなったわけでもなく、国の外ではいまだにモンスターなんかも存在しているしで『剣と魔法の世界』をしてないわけではないのだが、それでも大分とそういった要素は減ってしまったのは事実ではある。
それもそのはずで、かつての冒険者達が持ち帰った古代の叡智たちを研究しそれを自らの技術に変換していった結果古代の神秘は今の技術になり、生活も発展していくのは明らかで、今日の生活水準はとても高く『前世の知識』の世界と同じ程度には発展を遂げている。
そのおかげと言えばいいのかそこそこの年齢のまで生きたおじさんの記憶を持っている私からすれば学生の授業など既知の塊でしかなくとても退屈という冒頭に戻るのだ。
ハァ……、と教師に気付かれないように小さく息を吐いて時計を見やる、授業が終わるまではまだ時間がかかりそうだ、残念ながら私の前の知識は数学を捨てていたのか全く役にたたないし、私自身も数学は苦手なのも相まって教師の吐く数式やらの言葉はどこかの民族の儀式の言葉にしか聞こえない。
こんな時は授業を受けるフリをして寝るのが一番なのだが、一番前の席であることが足を引っ張ってくる、ちょっとよそ見をするくらいなら見逃してくれる教師も寝るのは見逃してはくれないであろうし、これは諦めて板書だけでもしておくことにしよう。
――それから無心で板書していれば終了を告げるチャイムが響く、日直の号令に従い教師に礼をすれば難解な数学とかいう地獄から解放される。清々しい気分だ、授業中しなびていた私の縦ロールも心なしかハリを取り戻した気がする。
先の授業が午前の部最後の授業なのでこれからお昼ご飯なので購買に急がねばなるまい、食べ盛りの学生たちが我さきにと群がるのだ、遅れてあまりものの味気ないパンしか食べれないではシャレにならない、と普通なら考えるのだろうけれど私はお弁当ですのでそのような心配とは無縁なのです、毎朝、早起きしてお弁当を作ってくれる母に感謝の念に堪えない。
カバンからお弁当を取り出しお昼の喧騒から逃げるように教室を抜ける、そのまま屋上へというのが前の知識によくある定番のようだけれど、生憎と我が学校は屋上への立ち入りは禁止されているので中庭へ向かう。
中庭には私と同じように食事をしに来た学生たちが集まってきておりそれなりの賑わっているようだが、私はそこには混じらずなるべく人の少ない隅っこによって腰を落ち着けることに。
そういえばとても日差しが強くなってきた気がするなと、空を仰ぎ見れば燦燦と輝く太陽が我々を見下ろしているではないか、前の知識の――日本、だったかいう国に合わせて言えば6月あたりの初夏、といった感じか、そろそろ日焼け止めの出番だなぁと、お弁当を膝の上で広げ、両手を合わせる。
「 いただきます 」
感謝の言葉は大事だ、特にご飯は命を頂く行為であります、このお弁当に至るまでに関係している全ての物事に感謝の意を捧げいざ実食。
サクッとした触感をした白身魚のフライを咀嚼しながらふと思う、前の生活ではお弁当温めるの電子レンジが必要でしたが、こっちではちょっとした生活魔法という魔法で簡単に温められるのでこういったところは『剣と魔法の世界』の魔法って感じだなぁ、と。
もっきゅもっきゅと咀嚼を繰り返しながら私は前世の知識で得た世界の差異に思考の目を向ける。
差異とは言うが前世の世界には魔法もモンスターも存在しない故にまるっきり別な世界であるのはわかりきっているのだが、完全に異文化というわけでもないらしく、色々な物が仕組みを変えたりしながらも同じ物として存在しているのだ……――例えばそう、携帯――スマートフォンというやつだ、前の知識によると大雑把に電力で動くコミュニケーションツールであるわけだが、今のスマートフォン……長いのでスマホと呼称しよう――は電力でなく魔素という魔力の元となるもので機能しているという違いがあるだけで、離れた人との通話はもちろん各種ゲームなども遊べるという全く同じものである。
スマホがあってゲームなんかもあるとなれば付随してくるのがインターネットであろうがもちろん存在するし、メーカーや細かい呼称が異なるだけで同位の存在であり、今日の我々の生活になくてはならい存在であるのも同じである。
と、このように挙げればキリがないほど同じ物が存在するあたりなにがしかの繋がりが“今”の私と“前”の私の世界にあるではないだろうかと思い私は日々思考を巡らせているわけであるのだが今のところ成果のほどは全く無い。
トホホ……と肩を落とす私の上にスッと影が差す。
何かと視線を上げれば私を見下ろす女生徒、認識したと同時に吹く強風、先ほどまでそよ風だったのにおおかた、誰かが風の魔法を使ったその余波であろう、ソレによって捲り上がる女生徒のスカート。
私の眼前に広がるのは肌色と――
「 白です――わ゛ッ! 」
顔面に蹴りが突き刺さった。
麗らかな昼下がりに起きた悲劇、私は何も悪くないのに……




