起動
「真琴、おまえいい加減にしないと身体壊すぞ」と猟児がいった。
「うん、もうちょっとだけ」と真琴は応えた。
薄暗い納屋の中で、乏しい明かりに照らされて二人の少年が機械と格闘していた。一人は青っぽい短髪のいかにも「男」といいった感じの少年で名は亮二という。もうひとりは線の細い少女で真琴といった。勝気で機械いじりが好きで、いつも猟児や機械好きの不良仲間たちとつるんで古代遺跡を掘り返しては昔の機械を掘り出して修理し動かして遊んでいた。母親からはいつも「もっと女の子らしいことをしなさいといわれていたが、それに対しては「僕だって料理くらいは出来るし家事だって一通りできるさ」と言い返していた。実際、そんじょそこいらの女性とは比べ物にならないくらい料理はうまく、家事能力も抜群であった。ただ、やらないだけである。家事よりも機械いじりが好きなのだ。少年たちとつるんで機械いじりをするのも好きだった。なにより快適なのは、亮二たちは自分を女扱いしない。男尊女卑の価値観が支配する新出雲の中で、女性を平等な扱いをしてくれることは稀である。変な気遣いをせず、自分が自分らしくいられる不良少年グループの中で真琴はのびのびとしていた。そして、なにより助かるのは、父親はそんな真琴の味方をしてくれるのであった。一人娘で目に入れてもかまわないくらいかわいがっているというのもあっただろうが、父の貫木真治は真琴を放任はしなかったが注意深くしかし自由にさせて育てていた。娘を信じることにより彼女が自分の期待に応えてくれることを願っていたのだ。期待とは、道を踏み外さないこと。その道の中には、男尊女卑という社会通念に従うことは含まれていなかった。
「オヤジさんとか心配しないのか」
「あのさ、亮二まで母さんみたいなこと言わないでくれないか」
「ああ、悪かった・・・でもちっとは寝たほうがいいと思うぞ」
「お前こそ寝ろよ」
「ああ、そうするよ。俺は寝る。お前もきりのいいところで寝ろよ」そういうと、猟児は足場を伝って下に下りていった。「キリのいいところって、暫くは・・・・・」と独り言を言いかけて思い直した。「ちょっとやそっとじゃ追いつかないよねえ。やっぱ寝るか」というと真琴も足場を降りていった。そして、ふといままでいじっていた全長4メートルの巨大な人型の機械を見上げた。
「またな。明日はもっといい状態にしてやるから待っていろよ」そういうと、真琴は納屋に併設されている寝床へとむかっていった。
「ええ!! なんで、どうしてどういうわけ!?」と叫ぶ真琴
「アルカディア州議会で話が出てな。新出雲庄の遺跡から出た遺物は全て警察軍の管理下に置くこととなった」と父の信士が言う。
「父さんの力でなんとかならないの。父さん、庄長で、庄長は州議会の常任理事じゃない」
「お前は、わたしに自分の娘のために筋を曲げろというのか」
「いえ、でもあれが軍になんの関係があるの」
「兵器だからな、やたら民間人の手に渡るのを禁止したいのだろ」
「だって、百年以上も前のものだよ。とんだ時代遅れのものじゃない」
「あの機動兵器に類するような兵器は、いまはどこも開発していないし、百年以上前のものでも、現行兵器システムでは太刀打ちできないものだ。技術革新は止まっているだけでなく、事実上後退している十分脅威なんだよ」
「あれ、直すのにすごく時間かかったんだから」
「これ以上ごねても駄目だぞ。議会で決まった決定だ。覆すことは出来んよ」
「ううぅ・・・・。酷い」
「まあ、泣くな」
「で、いつ来るのさ。接収の人たち」
「まあ、遅くて一ヵ月後、早くて来週の金曜日だな」
「そう、じゃあまだ弄れるのね」
「いや、あれ以上修理するな。稼動状態にしては駄目だ。いろいろ面倒なことになる」
「面倒・・・・」
「申し訳ないが、これ以上は聞かないでくれ。娘のお前にも話せないことだ」
「じゃあ、あれ軍に渡しちゃうのかよ」と亮二は言った。
「残念だなあ、これ空を飛べるんだろ。一回でいいから空を飛ばしてみたかったなあ」
「あ、それ完全に治しても無理」と真琴
「どうして? スペック上は出来るんだろ。当時の技術水準はいまとは比べ物にならなくて、百年も稼動可能な車も作られていたんだ。こいつなんて、軍用だぜ。とんでもない耐久性とかあるんじゃないの」
「これに積んでいるエンジン、なんだと思う?」
「熱伝対発電の核分裂炉だろ」
「そう、でも本来はMHD発電できる核融合炉を積んで、それで動く重力制御システムを使って飛んでいたんだ。でも、MHD炉なんて、いまの世の中、どこを探してもありゃしない。だから飛べないの」
「どう違うんだ。どっちも発電するには変わらないだろ。発電した電力を使って重力制御装置を動かすんだから、パワーソースがなんだろうか違いはないと思うが」
「あのさ、MHD核融合炉と熱伝対発電の発能力の差は20倍は違うんだよ。MHD発電でやっと時間あたりに必要な発電量を確保できるんだ。熱伝対核分裂炉じゃ無理さ」
「へえ、そうなんだ。そりゃ残念」
「でも、残念だよなあ」と真琴。白い特殊セラミック装甲に包まれた機体を愛でるように眺める。そっと機体を撫でながら「さよならだね。リベリオン」
「リベリオン?」
「ああ、こいつのペットネームさ。変だろ。日本技研製なのに英語名で、おまけに『反逆者』なんて名前」
「なんでだろうな。案外、当時の情勢を反映したものだったりしてな」
「僕等のほうが叛逆者?」
「なんとなくそう思ったのさ」
「さて」と言いながら工具を取り出す真琴
「おいおい、どうするんだ。もう弄っちゃ駄目だって言われたんだろ」
「大丈夫さ。どれだけ直してあるかなんて言っていないんだもの。内緒で直して、引渡しのときに動かして驚かせてやるのさ」
「まさに反逆児だな」
「このまま引き下がってたまるかっての」と言いながら、手入れをはじめた。
新出雲庄の外縁、中心部からおよそ20キロの農場サイト
幾人かの軍服姿の男女がいる。
軍服からは階級章などははぎとられていて、裾にも綻びがある。
双眼鏡らしき装置を手に持ち、遠方に広がる新出雲の小さい市街地を見ている。
「あれか、日本人たちのコロニーは」と指揮官らしき男が言う。
「ええ、新出雲、人口およそ2万人のコロニーよ」と副官らしき女性
「チャン、ろくな退職金も出なかったんだ。散々ぱら盗賊団の撃退をしてやつらを守って
やったのに、5年の任期がきれたとたんに『サヨナラ』じゃ冷たすぎるとは思わないか」
「リー、たしかに冷たすぎるわね。退職金がわりに、街のひとつやふたつから物資を徴発
したって罰は当たらないと思うわ。で、どうするの」
「あのコロニーからたんまりいただくのさ。どうせ地球には帰れない。『予算が無いから、火星でから地球に送還できない。だから、ここで自活しろ』だと!?ふざけやがって。どうやって自活しろってんだ。どのコロニーも小奇麗に飾り立てているのに、その街を守ってやってたのに、退役軍人を受け入れてくれもしない。あのいけすかねえ日本人共が!」
そういうと、双眼鏡をつよく握り締めた。
「そっち、動かしてみて」と真琴
「そっちってどっち、てか手か足か?」と亮二
「ごめん、右手だよ」
「じゃあ、動かすぞ。気をつけろ」といって、右腕を動かす。
亮二の腕につけたプロテクタの動きに連動して右腕が動いた。
「うん、なかなかいい動きだ。とても百年も前のものとは思えないぜ」そう言うと、
腕を軽くふった。それを離れたところから見る真琴。満足そうに「いいぞ、両足もちゃんと動くし、これで立ち上がれれば動き回ることが出来る」
「制御ソフトウェアも調子いいみたいだな。でも、よく動くよなあ」
「OSのロゴ見た?起動時に立ち上がる画面」
「ああ、NIPPON INDUSTRIESじゃなくて南海電脳公司とか出ていたな」
「当時、中立州だった沖縄にあった会社らしいよ。中国系だったのだけど、ロボットの制御ソフトウェアには定評があったんだってさ。制御基盤や RFIDシステムも作っていて、10マイクロ秒での周期チェックができたとか。RFIDシステムっていまでも450ミリ秒周期が限界で、それ以上早くしようとしても熱でうまく動いてくれないんだ」
「へえ・・・・随分多くのものを失っているんだな」
「百年前のハードに負けているなんてなあ」
「おい、これ外で動かさないか?」
「駄目だよ、それだけは」
「なぜ? 驚かしてやろうぜ」
「父さんに迷惑はかけられない」
「引き渡すときに動かしてやるとか言ってなかったっけ?」
「止めだ。止めとくよ」
「そうか・・・・」といいながらリベリオンを見上げる猟児
「勿体無いな」
無限軌道が作る轍の終端にその車体はあった。二十三式中戦車、もう四半世紀以上前の作品である。34ミリレールガンを主砲にもつこの戦車は、長らく統合軍の主力戦車であった。
今この戦車を操るのは統合軍火星駐屯軍を退役したリー少佐率いる愚連隊の一団であった。ちなみに愚連隊に名称はない。
リー少佐には現役時代からの副官チャン大尉をはじめとする25名の部下がいた。いずれも手馴れで、かつては盗賊団を狩り立てていた。だが、その彼らがいまは盗賊団となっていた。故郷に帰る手立てもなく、どのコロニーからも拒絶され行き場がなくなっていたからとはいえ、皮肉といえば皮肉であった。
「ホイ、お前らの班は市政庁を占拠しろ。ユイの班は警察本部だ。ここの警察は普通警察だ。アサルトライフルさえ装備しちゃいない。強化服で力押しすれば、大した計略もなく制圧できる。俺と林、ロンの三人は通信設備を抑える。残りは後詰だ。退路の確保をし、俺たちが制圧に成功したら広場に住民を集めろ。何か質問は」
「もし抵抗されたら?」
「言わずもがなだ。自分の命を優先しろ。明日、火星標準時で9時に状況を開始する」
ガレージでリベリオンを見つめる真琴
リベリオンは装甲をはずされた状態で横たわっている。
「君とも明日でお別れだね」と呟く真琴
「ここにいたのか」と信士の声がした。
「父さん・・・・」
「大方、こいつをいじっていたんだろ」
「それは・・・・」
「いい、どうせ明日には回収されてしまう。で、動くのか」
「いや、手足は動くけれど、まだまだ調整が必要なんだ。でも、今日で時間切れ」
「そうか、それは幸いだった。いや、いっそできればこいつは内密に解体してしまいたいのだが、州政府に目をつけられてはそうもいくまい」
「・・・・・」
「お前には話しておくが、州政府はこいつを基にしてまたOMDを量産する腹らしい」
「百年も前のシステムなのに」
「百年も前のシステムだが、われわれが失った技術が大量に使われている。つい最近、隣の新大和で発掘されたMHD発電炉と組み合わせれば、こいつ本来の性能を引き出せる」
「MHD炉が発掘されたの?」
「ああ、それも最高の状態のままな」まるで忌まわしいものを見るかのような目で見ながら
「何故、こんなものがこんな辺境の地に埋もれていたのかは知らない。州政府の記録にも残っていない。大災厄の日に、ほとんどの技術情報と共に行政記録も何もかもが失われてしまった。だから、我々は自分たちの歴史についてもほとんど知らない。紙媒体に残された、21世紀初頭までの記録と、大災厄以降に生き残った技術を基に再構築された電子ネットワークに残ったここ五百年の記録しか残っていない。こいつは、いわば失われた歴史の生き証人みたいなものだ」
「地球にあるガイアに接続できるかもしれない・・・・だから欲しいんでしょ。このリベリオンを」
「統合政府側ががっちり握っているからな。工業力はあるが技術情報の大半を失った我々が、技術情報は持っているがそれを具現化する工業設備をいまだ再取得できない地球側と力関係を逆転する鍵となるのが端末システムとしてのリベリオンだ。兵器としてのOMDは、いまだに有効なんだろうが、それ以上に技術情報の宝庫だから政府はこれを欲しているんだろう。これを手渡してしまうと、いよいよ本格的にきな臭くなるな」
「父さんは渡したくないの。もし、その話が本当なら、僕らが火星が地球から独立する手立てになるかもしれないのに」
「火星独立か・・・・本当にそれだけなら、私も大歓迎だが」
「父さん・・・・」信士を見つめる真琴。
時に西暦2042年
人類は地球環境の悪化から宇宙に殖民地を建設し、その版図を太陽系全体にまで広げていた。
だが、宇宙殖民地で結成した太陽系連合と地球を統治する地球統合政府との間で第四次世界戦争が勃発し、最終的に太陽系連合の投入した機動兵器による地球降下作戦と強力な電磁パルス兵器の使用で太陽系全域の情報資産の破壊により人類社会は大きな打撃を受け文明は大きく後退した。
西暦2045年の第四次世界大戦終結後、太陽系世界は戦争に勝利した統合政府側により再編され復興していく。植民地のうち、ただ一つ生き残った火星は地球に支配さる事となる。火星を起点とした太陽系復興は戦争による産業社会の破壊で遅々として進まなかった。
第四次世界大戦から100年後、火星新出雲庄で機動兵器を一人の少女が発掘する。少女の名は貫木真琴、彼女が発掘し修復した機動兵器「リベリオン」をめぐり物語は動き出すのであった。