第一章・ミネルバ発進! Ⅰ
I 連邦軍到来
トランターに向かう護送船団。
指揮艦ニュートリアルに信じられないニュースが飛び込んできた。
「それは本当ですか?」
「間違いありません。絶対防衛圏内にあるベラケルス星域において、連邦軍八十万隻と迎撃に向かった絶対防衛艦隊三百万隻が交戦状態に突入するも、おりしも超新星爆発を起こしたベラケルスに巻き込まれて我が軍は壊滅。連邦軍は奇跡的に爆発を免れてなおもトランターに向けて進撃中です。しかし、ベラケルスが爆発するなんて……運が悪すぎます」
「違います。これはブラックホール爆弾を使って人工的に引き起こされたものです。ランドール提督も最終防衛決戦の場としてベラケルスを想定しておられました。超新星爆発の威力を借りて敵艦隊を一網打尽で壊滅させる壮大な作戦。敵がこれに気付いていたなんて……」
「ま、まさかそんなことができるなんて」
「現実に起こってしまったことです。超新星爆発を目の当たりにするなんてことは、砂浜の中に隠した一粒の砂を探し出すこと以上に確率は低いのですから」
「敵艦隊がトランターに到着する時間は?」
「先着する我が船団の一時間後です」
「ぎりぎりね。輸送船を地上に降ろす時間が稼げるかしら」
「稼ぐって……。まさか、敵艦隊とお戦いになられるのですか?」
「輸送船には、これからの戦いに必要な重要な兵器が積まれています。それを無事に届けるのが、わたし達の任務です」
「しかし、敵艦隊の総数は八十万隻なんですよ。どうやって?」
「何も直接艦隊戦をやると言っているのではありません。策を施して進行の足を一時的に止めるのです」
「策を施す?」
「丁度いい作戦案があります。以前にカラカス基地の防衛に際して、ランドール提督が参謀達に出させた作戦プランの一つなのですが……。うまい具合に必要な資材が輸送船に積まれています。たぶん足止めくらいはできそうです」
作戦室に各艦の艦長が呼び集められ、フランソワが作戦を伝える。
「敵艦隊はおそらく、このL5ラグランジュ点を経由して、トランターに近づくでしょう」
「L4ではないのですか? ここにはワープゲートが設置されています。まずはこれを押さえてからだと思うのですが?」
「いえ。L4のワープゲートには機動衛星兵器が守りを固めています。少しでも犠牲を少なくして、速やかにトランターを落とすにはL5からの方が最適です」
「はあ……そうでしょうか?」
「ともかくやれるだけのことはやりましょう。予想に反してL4に向かったら、運がなかったと諦めます」
「判りました」
「ラグランジュ点は重力的に安定しており、L4にワープゲートが置かれているのもそのためです。かつてはスペースコロニーという人工居住プラントがあったそうです。ここにある物質はほとんど動かないままとなります。さてここからが作戦です。このL5地点に輸送艦に積んである超伝導冷却用のヘリウム4原子を撒き散らしておく。ただこれだけです」
「それだけですか?」
「そう……。それだけです。地面に水を撒くと、車はタイヤがスリップして自由が利かなくなる。それと同じことが起きます。宇宙空間においては、ヘリウム原子は超流動現象を起こします。そこへ侵入した艦艇は身動きが取れなくなると言うことです」
「なるほど……」
早速輸送船に連絡が取られて必要なヘリウム4が、L5ラグランジュ点に運び出された。
「よし、これでいいわ」
「うまくいきますかね」
「足止めさえできればいいのよ。さあ、先へ行きましょう」
そのままトランターに向かって進む船団だった。
その数時間後。
連邦軍艦隊がL5地点に到着した。
それまで順調に進んできた艦隊が突然激しいショックを受け、停止や大幅な減速に見舞われていた。
先行する一番艦の艦長。
「どうした?」
「判りません。何か艦の外に液体状のものがあります。それで進行を妨げられているようです」
「調べろ!」
「調査中です」
やがて報告がもたらされる。
「付近一帯にあるのは、液体ヘリウム4です。宇宙空間の極低温による影響下で超流動状態となっております」
「超流動のヘリウム4だと?」
「超流動により艦がいわばスリップに近い状態に陥っておりまして、エンジンを噴かせてもヘリウムのみが後方に跳ね飛ばされるだけで、艦自体は全然前に進まないのです」
「ちっ! メイスン司令に連絡して後続の艦隊をL5から迂回させろ」
「了解。メイスン司令に連絡。後続部隊を迂回させます」
「しかしこんなことをしても無駄なだけでしょうにね」
「いや、重力の強い場所での転回は燃料を余計に消費するだけでなく、時間もかなり遅れることになる。敵の目的はそこにあるのだろう」
「時間稼ぎですか?」
「そうだ……」
ニュートリアル艦橋。
「どうやらうまくいったようですね。敵艦隊がコースを変更しました」
「これでおよそ一時間は余計に稼げたでしょう。何とか地上に輸送艦を降ろすことができます」
「しかし超伝導に利用するヘリウムをほとんど捨ててしまいました。後で問題が起きなければ良いのですが……」
「まあ、何とかなるでしょう。地上でも生産できないわけでもなし、それよりも最新型のモビルスーツを降ろせることの方が大切です」
「そうでした」
やがてトランターの衛星軌道宇宙ステーションが近づいてきた。
輸送船団は軍港に入っていくが、護送船団は外で待機すべき停止した。
ニュートリアルから一隻の艀が発進して、ステーションのドック内に入ってゆく。
ステーション内軍港の桟橋。
ステーションに降り立ったフランソワと、艀の搭乗口に立ったままの副官。
「我々の護送任務はここまでです。これより帰還します」
「ありがとう、途中には敵艦隊がうようよしているはずです。気をつけてください」
「なあに、逃げるのは第十七艦隊の得意技ですから」
「うふふ。そうでしたわね」
「それでは、ご武運を」
敬礼する副官。
フランソワも敬礼を返しながら、
「提督や、総参謀長によろしくね」
「はい。かしこまりました」
やがて艀が桟橋を離れていく。
一人残されたフランソワは、本星上陸手続きのために、入国管理所へと歩き出した。
「結構です。ようこそ、トランターへ。といいたいのですが、敵艦隊が迫っています。上陸はお早めにお願いします」
「わかりました」
手続きはすぐに済んで、上陸用のシャトルバスが発着するプラットホームへと向かった。
が、すぐに宇宙ステーション内に大きな衝撃が起こった。足をすくわれるように転んでしまうフランソワ。
「これは、ミサイル攻撃?」
次々と衝撃の波は伝わってくる。
「もうここまで来たのね。はやくシャトルに乗らないと……」
ミサイル攻撃の衝撃に何度も、身体をふら付かせながらプラットホームへと急ぐ。
だがタッチの差でシャトルが発進してしまった。それ以外にはシャトルは見当たらなかった。おそらく敵艦隊の接近を知って、出航を早めてしまったのであろう。
「あ……。行っちゃった……。参ったな、ミネルバに到着しないうちに、早くも任務失敗か」
地上に降りる手段は、もうないだろう。
諦めたその時だった。
「フランソワ・クレール大尉でいらっしゃいますか?」
「そうですけど……」
「レイチェル・ウィング大佐の命令でお迎えにあがりました。スコット・リンドバーグ少尉です」
「ウィング大佐の?」
その時、大きな衝撃が宇宙ステーション全体を襲った。
「今の衝撃は、大きかったわね。主要な施設が破壊されたかしら」
「早くこちらへ、専用のシャトルを待たせております。走りますよ」
「わかりました」
少尉について駆け出すフランソワ。
やがて桟橋の一画に小型のシャトルが泊まっていた。
さらに駆け足を早めて、そのシャトルに急ぐ二人。
「連邦軍がすぐそこまで迫っています。直ちに出発します」
パイロットらしき軍人が出迎えていた。
「よろしく!」
挨拶もそこそこに乗船すると、すぐにシャトルは発進した。
宇宙ステーションを飛び出し、地上へと降下してゆく。
振り向けば至るところで爆発炎上している宇宙ステーションがあった。そして遠くに迫り来る敵艦隊の一群が目に入る。
「間一髪ね」
ほっと胸を撫で下ろすフランソワだった。
「安心は出来ません。すでに敵艦隊の一部が降下作戦に入っています」
「ミネルバはどうなっていますか?」
「まだ、大丈夫だとは思いますが、油断はなりません。いつ攻撃を受けるやも知れません」
「とにかく急いでください」
「判ってます」
上空から間断なく軌道爆雷が飛来してくるその中を、右に左にと避けながらシャトルが飛行している。
「大丈夫ですか?」
「これくらいなら平気ですよ。軌道爆雷は地上基地攻撃が目的ですから、着発型の信管使ってますので多少接触しても大丈夫。問題は地上基地発射の迎撃ミサイルですね、近接信管だから二十メートル前後に近づいただけでお陀仏です。味方に撃ち落されるのは御免ですよね。まあ、まかせてください」
「よろしくお願いします」
「しかし、大尉殿もついてませんね。着任そうそう、この有り様ですからね」
「ミネルバも、攻撃を受けてるかしら」
「第一次攻撃ですからね、対空兵器が設置されている軍事基地に限定されているでしょう。ミネルバは基地を離れていますから難を逃れているはずです」
「揚陸艦が降下してきて掃討作戦が始まるまでには何とか……」