第四章・新型モビルスーツを奪回せよ Ⅷ
Ⅷ
砂漠の上空を飛行しているミネルバ。
艦橋では、フランソワがカサンドラから収容した訓練生の名簿に目を通していた。
「男子二十八名、女子十四名、合わせて四十二名か……。数だけで言えば補充要員は確保できたけど」
「心配いりませんよ。ミネルバ出航の時だって、士官学校の三回生・四回生が特別徴用されて任務についていますけど、ちゃんとしっかりやっていますよ」
副官のイルミナ・カミニオン少尉が進言する。
「それは元々専門職だったからですよ。それぞれ機関科、砲術科、航海科という具合ね」
「今回の補充は、全員パイロット候補生というわけですか。結構プライドの高いのが多いですから、衛生班に回されて便所掃除なんかやらされたら、それこそ不満爆発ですね」
「トイレ掃除だって立派な仕事ですよ。ランドール提督は懲罰として、よくトイレ掃除をやらせますけど、皆が嫌がるからではなく、本当は大切な仕事だからやらせているんだとおっしゃってました」
「へえ。そんな事もあるんですか。そういえば発令所ブロックの男子トイレは、部下にやらせないで、提督自らが掃除していると聞きました」
感心しきりのイルミナであった。最も発令所には男性はアレックスだけだからという事情もあるが。
名簿に署名をしてイルミナに渡すフランソワ。
「新型モビルスーツの位置が特定しました」
通信が報告し、正面スクリーンにポップアップで、位置情報が表示された。
「ただちに急行してください」
砂漠上空の外気温は四十度を超えていた。
新型モビルスーツはともかく、乗り込んでいたという三人の訓練生が気がかりだった。砂漠という過酷な環境で、水なしで放置されたら干からびてしまうだろう。
砂漠の真ん中。
モビルスーツによって日陰となっている地面に、力なく横たわっている三人の姿があった。口は渇ききり唇はひび割れている。日陰の場所でも、砂漠を吹き渡る熱風が、三人の体力を容赦なく奪っている。水分を求めてどこからともなく飛んでくる蝿が、目の周りに集っているが、追い払う気力もないようだ。
「俺達、死ぬのかな」
「喋らないほうがいいぞ。それよりサリー、生きているか?」
アイクが心配して尋ねる。
しかし、サリーは喋る気力もないのか、微かに右手が動いただけだった。
三人の命は、風前の灯だった。
薄れる意識の中で、ある言葉が浮かんだ。
『いざという時に、一番発揮するのは、体力だということが判っただろう』
特殊工作部隊の隊長の言葉だった。
「まったくだぜ……」
小さく呟くように声を出したのを最期に、意識を失うアイクだった。
上空にミネルバが到着した。
「新型モビルスーツ発見! 人影も見えます」
「大至急降下して、訓練生を救出して下さい」
航海長が警告する。
「一帯は流砂地帯が広がっています。砂の上を歩くときは、十分注意して下さい」
「流砂ですか……。砂上モービルを出して下さい。ミネルバは念のためにホバリング状態で着陸する」
砂の上に着陸したミネルバから、救助隊を乗せた砂上モービルが繰り出して、三人の共助に向かった。
現場に到着した救助隊は、早速三人の容態を確認して、ミネルバに無線で報告する。
「三人とも、まだ生きています」
『ただちに収容して下さい」
その場で、脱水症状を回復するための点滴が施されて、担架に乗せられて砂上モービルで、ミネルバへと搬送された。そして集中治療室に運ばれて、本格的な治療がはじめられた。
様子を見にきたフランソワに、医師は現状を説明した。
「三人とも命に別状はありませんが、女の子の方は心臓がかなり弱っており、回復までには相当の期間がかかりそうです」
「命に別状がないことは幸いです。十分な治療をしてやって下さい」
訓練生の容態を確認して一安心したフランソワは、艦橋に戻って新型モビルスーツの回収を命じた。
ミネルバを新型の上空に移動させて、大型クレーンを使って引き上げる作業が行われる。
燃料切れでなければ、パイロットを搭乗させれば、簡単に済むことなのであるが。
回収作業の責任者として、ナイジェル中尉とオーガス曹長が当たっていた。
二人は、この新型の搭乗予定者になっていたからだ。
ちなみにすでに回収されていたもう一機の方は、サブリナ中尉とハイネ上級曹長が搭乗することになっている。
「新型の回収、終わりました」
「よろしい。本部に暗号打電! 『新型モビルスーツとカサンドラ訓練生の収容を完了。次なる指令を乞う』以上だ」
作戦任務終了の後は、戦闘で消耗した燃料・弾薬の補給が予定されていたが、直前まで補給地点は知らされていなかった。
「本部より返信。『通信文を了解。次なる補給地点として、明晩19:00にムサラハン鉱山跡地に向かえ』以上です」
「航海長! ムサラハン鉱山跡地へ向かってください。補給予定時間は19:00です。その頃に丁度到着するように、多少の寄り道も構いません」
ここは敵勢力圏である。真っ直ぐ目的地に向かえば、敵に悟られて、待ち伏せされて補給艦が襲われる可能性がある。多少遠回りしても、寄り道しながら、最終的に予定時間に補給地へ向かうわけだ。
砂漠の上空を進むミネルバ。
その後を追うように、砂の中に潜むように動くものがあった。
それは砂の中を突き進むことのできる潜砂艦であった。
艦橋から潜望鏡が砂上に頭を出している。
「こんな砂漠の上空を飛んでいるなんて珍しいな」
「艦艇データにありません」
「おそらく新造戦艦なのだろう。そっちの方面で検索してみろ」
「あ、ありました。旧共和国同盟所属の新造戦艦ミネルバのようです」
正面スクリーンにミネルバの艦艇データがテロップで流れ出した。
「ミネルバということは、我々のご同輩というわけか」
「はい。メビウス部隊の旗艦という位置づけになっているようです」
「旗艦か……。なんぼのものか、少し遊んでやるとするか」
「またですか? 前回も遊びすぎて、撃沈させてしまったではありませんか」
「なあに証拠さえ残さなければ大丈夫だ」
「また、そんな事言って……」
「ようし。戦闘配備だ」
「しようがないですねえ。戦闘配備! トラスター発射管、一番から八番まで発射準備」
「一番発射用意。目標、上空を飛行する戦艦」
「目標セットオン。照準合いました」
「一番、発射!」
発射管から飛び出していくミサイル。