第四章・新型モビルスーツを奪回せよ Ⅱ
Ⅱ
バイモアール基地に隣接されたカサンドラ訓練所。
その全貌を見渡せる小高い丘の上に、身を隠すようにして崖縁から様子を伺っている者達がいる。
搾取された最新鋭のモビルスーツ奪回するために潜入している特殊工作部隊である。
その一人が手にした双眼鏡の視界には、訓練所内で行き来する士官候補生達の動きを捉えていた。
水飲み場で顔を洗い、水を飲んでいる生徒がいる。
小脇に出席簿を抱えた教官が声を掛ける。
「アイクとジャンはどうした?」
体育教練に出なかった二人を探し回っている風であった。
「さあ……。どこかで昼寝してるんじゃないですか」
「またか、どうしようもない奴らだな」
「なんすかねえ。あのランドール提督の真似してるんじゃないすかね。提督も体育教練をよくサボっていたっていうじゃないすか」
「馬鹿もん! 提督は、学力も運動神経も人並みはずれた能力を持っていたんだぞ。ただそれを前面に出したくなくて、人知れず『能ある鷹は爪を隠す』をやっていたんだ。しかしトライトン提督や士官学校の先輩であるガードナー提督は、その内面から溢れる才能を見抜いてランドール提督を重要なるポストに抜擢したんだ。ランドール提督はその期待に応えた」
陶酔したような表情を浮かべて、ランドール提督を賞賛する教官だったが、
「あの……ランドール提督は敵側になったのでは……」
という生徒の言葉に、気を取り戻して軽く咳払いしながら、
「とにかく、二人を見かけたら私のところに来るように伝えろ」
罰が悪そうに立ち去る教官であった。
総督軍にとっては敵将となったとはいえ、英雄と称えられる数々の功績を打ち立てたランドール提督を真に敵視する者は、生徒はもちろんのこと教官の間でも誰一人としていなかったのである。
小高い丘の上。
特殊工作部隊のいる場所から少し離れた所に、空を覆いつくすように広々と枝を伸ばしている巨木がある。
木漏れ日が差し込むその根元で惰眠をむさぼっている二つの人影があった。
養成所の訓練生であるアイクとジャンであった。
大きな欠伸をして目を覚ますアイク、その動きにジャンも目を覚ました。
「こんなにいい天気の日に体育教練など野暮ってもんだな」
「格闘技でもあるまいし、全自動のプログラムが動かしてくれるんだ。体育教練などやっても無駄じゃないか」
青い空に流れる雲を目で追いながら、アイクがそう呟いたときだった。
「ほう……。たいした自信だな」
突然女性の声がしたかと思うと、仰いでいた空が黒い影で遮られた。
それは人の影だった。
明るい所に目が慣れていたせいと、逆光のせいでその素顔を確認できなかったが、その体格からしても女性に間違いない。
しかし、顔面に突きつけられたのは自動小銃の銃口。
「そのまま動くな。でないと頭に大きな穴が開くことになる」
身動きできなかった。
周囲で物音がしているところをみると、他にも数人いるようだ。
寝転がったままの状態で、身体を調べられている。
おそらくジャンも同じ境遇だろう。
「武器は持っていないようです」
「よし、縛って木の根元にくくり付けろ」
「了解!」
その人物が銃を降ろして後ずさりしたかと思うと、数人がかりで縛られた。
「立て!」
そして引っ立てられるように巨木の根っこにくくりつけられた。
何がなんだか判らないうちに……。
そんな感じだった。
「隊長、暗号文が入電しています」
下から上がってきた兵士が伝えてきた。
「判った、今行く。そいつらから目を離すな。監視を一人付けておけ」
「了解」
逃げられて特殊部隊の存在を、訓練所に連絡されて困る。任務完了までは縛っておくに限る。
隊長と呼ばれた女性士官は下へ降りていって、岩陰に設営されたテントに潜り込んだ。
隊長がテントに入ってくるのを見て、通信士が早速声を掛けた。
「あ、隊長。今、暗号文の解読を終えたところです」
と、通信士が暗号文を記したメモを手渡した。
暗号が入電したとのことで、各班の班長が集まってきていた。
暗号文を読み終えて、苦々しい表情で部下に伝える。
「面倒な任務が一つ増えたぞ」
「新しい任務ですか?」
そばにいた兵士が聞き返した。
「ああ、ミネルバからの依頼だ。トーチカを守っているエネルギーシールドを何とかしてくれとのことだ」
「ミネルバとは、空と陸からの両面からの共同作戦を行うはずでしたよね」
共同作戦とは、バイモアール基地を空からミネルバが奇襲を掛けて、敵が空に気を取られている隙に、地上から基地に潜入してモビルスーツを奪回するというものだった。
「何とかしてくれと言われても堅牢なトーチカを攻略するには、我々の装備では不可能かと思いますが」
「トーチカそのものではない、エネルギーシールドだ。電力の供給元を絶てば簡単に済むことだ」
「変電所でも爆破するのですか?」
「そんな危険な作戦はやらない。おい、変電所とトーチカを結ぶ電力線の記された基地の見取り図を出してくれ」
隊長が別の兵士に指示するのを聞いて納得していた。
「そうか、電力ケーブルですね。変電所などの施設に入るには危険が伴うが、山腹に埋設された電力ケーブルの切断なら、人知れず任務を果たせるというわけですね」
「ありました。基地内の電力ケーブルの埋設図です」
鞄から埋設図を取り出して机の上に広げられた。
図面には、無数の配線がトーチカのある山腹に至るまで、緻密な網の目状に引かれていて、素人には何が何だが見当がつかなかった。
「トーチカに連なるケーブルはどれだ。それも大容量高電圧のやつだ」
おそらく電気技術士官なのであろう、緻密な配線の中からエネルギーシールドに電力を供給するケーブルを探し当てた。
「あった。これです」
といいながら図面のケーブルに蛍光ペンで色を塗った。
「よし。爆発物処理班を召集だ。君も一緒にきてくれ」
電力ケーブルが埋設されている正確な位置を知るには、図面に詳しい電気技術士が同行した方が良いに決まっている。
「もちろんですよ」
快く承諾する技術士。
「指揮はわたしが執る!」
爆破の専門家とケーブルを掘り出す工兵要員が速やかに集められて、隊長の指揮の下に山腹へと移動をはじめた。
トーチカへと続く丘の中腹。
木々の茂みを掻き分けて特殊部隊が移動している。
「この辺りにケーブルが埋設されているはずです」
見取り図と位置情報機器と見比べながら、電気技術士が指差していた。
「よし。早速掘り起こそう」
隊長が指示すると、シャベルを持った兵士が、土を掘り起こしはじめた。
保守点検を考えるならば、道沿いに埋設するのが常道なのであろうが、軍事機密としてわざわざ道なき所に埋設されているのであろう。
その軍事機密である電力ケーブルの配線見取り図を、いとも容易く手に入れることのできた情報部の底力を知らされた。
「レイチェル・ウィング大佐か……」
パルチザン組織にとって死活を征するのは、正確な情報をいかに早く収集し、極秘裏に必要とする部署に的確に配信できるかである。
特殊部隊が任務を遂行するのに必要な情報が、見事なまでに揃っていた。
その情報能力を高く評価して、ランドール提督が送り込んできただけのことはあった。
近くを通る山道を登ってくる自動車のエンジン音が聞こえてきた。
「静かに! 身を隠せ」
穴掘りを中断して、茂みに隠れる兵士達。
「おい、止めろ!」
山道を登っていた四輪駆動車の助手席の兵士が制止した。
「どうした?」
運転手が尋ねる。
「今、茂みの中で何かが動いたんだ」
「見間違いじゃないのか? こんな山道、めったに通らないぞ。獣だろう」
「いや、人影だ。見てくる」
「気をつけろよ」
「判っている」
車を降りて、銃を構えて茂みに入っていく兵士。
茂みに身を隠して、近づく兵士を窺いながら、
「気づかれたみたいですよ」
と、銃を取り出していた。
「銃はいかん。ナイフを使え」
発砲すれば車に残った兵士に聞こえ、本部に連絡されてしまう。
作戦発動までは、特殊部隊の活動を知られては、すべてが失敗となる。
言うが早いが、隊長はナイフを手に取り、兵士の背後に回って急襲して見事に倒した。
「車にも一人残っていますよ」
誰かが車の方を指差す。
「まかせてください」
そう発言した兵士は、ナイフ投げの達人と呼ばれる人物だった。
特殊部隊なら最低一人くらいはいるものである。
達人はナイフを持つと、投てきの体勢を取り、車の方に向かって投げ放った。
放たれたナイフは真っ直ぐ突き進んで、車で待機していた兵士を倒した。
「お見事!」
何人かが手を叩いて賞賛した。
「誰か、車の方を片付けてくれ」
「わかりました」
一人が車に向かった。
車と倒れている兵士をその場に残しておいては、次に来る者に発見されてしまう。
「急ごう。作戦発動に間に合わなくなって、夕飯を食べる時間がなくなるぞ」
穴掘りを急がせる隊長であった。
「それは大変だ! 急ぎましょう」
賛同してシャベルを再び握る兵士達だった。
作戦を遂行するのも大切であるが、腹ごしらえはもっと大切である。