第三章・狼達の挽歌 Ⅳ
Ⅳ 戦闘準備完了!
ミネルバ艦橋。
「敵艦、右舷の方向へ回り込みながら接近中!」
オペレーターが近況を報告する。
頷くように、ベンソン中尉が答える。
「さすがに正面きっての戦闘は避けるつもりのようです。どうやらこちらの原子レーザー砲を警戒しているものと思われます。先の戦闘のデータは敵全体に伝えられているでしょうからね」
「向こうの主砲は陽電子砲。大気中では減衰率がきわめて大きくて短射程。対して、こちらの原子レーザー砲は減衰率が小さく射程が長い上に高出力。主砲のことだけを議論するなら、まともに戦えば我々の勝利疑いなしってところなんだけど……」
「問題は、戦闘経験の少ない未熟な乗員ばかりということですか?」
「いくら最新の兵器を取り揃えたところで、それを扱うのは人間。百パーセント使いこなせなければ、無用の長物となるしかない。つまり勝てるものも勝てなくなるということ」
「ですよね。結局のところ、実戦で鍛えていくしかないというところですか……」
「経験者なら五分でできるところを、未熟者だと十分から十五分かかるでしょう。そこのところを十分に吟味して指令を早めに出してやらないとね」
「艦長も大変ですね。余計な気を使わないといけないのですから」
「そうね……」
と、大きなため息をつく二人だった。
危なげな航海に踏み出した、前途多難なミネルバの未来はあるのか……。
てな感じであろうか。
「側方射撃有効射程ポイント到達まで、およそ五分」
双方が正面決戦を避けて、互いに回り込むように行動しているために、主として舷側を攻撃できる兵器での戦いになる。
「CIWS{近接防御武器システム}を右舷に集中配備。ヒペリオン、RAM、防御システム全基展開!」
ミネルバの防空システムは、先述のヒペリオン{電磁飛翔体加速装置}と対をなす、RAM{Rolling Airframe Missile}がある。日本語に訳せば回転弾体ミサイル。その名の由来は、発射時に回転を与えられて飛翔することからきている。他のミサイルが4枚使用する操舵翼を、弾体の回転を利用して2枚で済ませており、20Gの旋回可能だ。
短距離 艦対空パッシブ・ レーダー・赤外線ホーミング・ミサイルのことで、艦船のレーダーとESM{電子戦支援システム}に連動し、赤外線シーカーと電波干渉計ロッドアンテナによって誘導される。電波干渉計ロッドアンテナによって、敵ミサイルのレーダー誘導電波を感知して飛行方向を決め、赤外線シーカーが敵ミサイルを感知すると、赤外線誘導に切り替わる。有効射程距離は通常のファランクス{近接防御システム}の六倍以上の9.6km。近接着発型の爆風破片弾頭を装備している。自律自走型の誘導兵器である。
「ステラ発射機、全基システム起動!」
射程800mから1400mという超短射程の迎撃用対空ミサイル。目前に迫った航空機を撃破するための最後の砦というところだが、高性能の【ヒペリオン】があるおかげで、日陰者扱いされている風潮がある。しかし、【ヒペリオン】に比べて百分の一以下の小電力で稼動でき、自前の緊急ディーゼル発電装置も設置されている。艦が損傷を受けて電力供給に支障をきたした状態になった時でも戦えるというのは、貴重な存在である。
これらは誘導ミサイルに対する迎撃・防御用の兵器だが、敵艦を直接攻撃する兵器も当然として存在する。
「4連装mk147装甲ボックス・ランチャー、全基システム起動!」
射程2400kmを誇る対地・対艦用巡航ミサイル、慣性アクティブレーダー搭載【トライアス】の発射装置である。遠方にある基地や艦を攻撃する兵器で、現状では距離が近すぎて役に立つか問題もあるが、兵器や兵員を遊ばせておくわけにはいかない。第一種戦闘配備では、すべての兵器を稼動させるのがセオリーである。
「mk39ーTrastorランチャー、全基システム起動!」
これはもう近接戦闘では必要不可欠、97kmという短射程の【トラスター】シースキミング巡航ミサイルの発射装置である。水上艦のみならず、潜水艦において魚雷発射管使用による水中発射、航空機搭載も可能なマルチな誘導ミサイルである。
「三連装135mm速射砲、兵員配置完了しました」
現代戦では攻守共に、ビーム兵器や誘導ミサイルによる戦闘が主力になってきてはいるが、旧来の砲弾を撃ち飛ばす大砲や機関砲も外すわけにはいかない。ビーム兵器も誘導ミサイルも、ミネルバが搭載している超伝導反磁界シールドによって無力化されてしまった。しかし物理攻撃である飛んでくる砲弾を防ぐ方法は、艦を急速転回などするしかない。なぜなら鉄の塊ともいうべき砲弾は、誘導電波を出さないし、発射時に与えられた慣性力のみで飛んでくるので、通常の迎撃ミサイルでは撃ち落せないからである。
さて、主砲のアーレスを除外すれば、レーザーキャノンとかいった光学兵器が装備されていないことに気づかされるだろう。これはミネルバの主たる戦闘空域が大気圏という場所柄によるものである。単刀直入に言えば、大気圏内は、空気密度が常に変化し、光は屈折・干渉という現象を起こすからである。戦闘が開始され、至る所で爆発炎上という事態が起こると、付近一帯が爆風などで暖められて、そこを通る光(レーザー光線)は屈折させられるし、硝煙も障害になって目標を正確に狙うことができない。一秒一刻を争そい、精密射撃の要求される戦闘には不向きというわけである。
「総員戦闘配備完了しました!」
「よろしい! 一対一の勝負のはじまりよ」