第三章・狼達の挽歌 Ⅱ
Ⅱ 超伝導磁気浮上航行システム
通常の航空機は、ジェットエンジンの推力によって前進する際に、飛行翼の上下に掛かる気圧差によって、浮上する揚力を発生させて大気圏を航行することができる。前進することによって浮上することのできる航空機であるが、当然空気のない宇宙空間では飛行翼は意味をなさず、推進剤に空気中の酸素を利用するために宇宙を航行することはできない。
エンジンの噴射方向を下に向けて垂直上昇できるVーTOL機もあるが、質量を浮かせるためには甚だしい燃料を消費してしまい、大型の空中戦艦などにはとうてい利用できなかった。
やはり大気圏内では飛行翼は必要不可欠であった。
では、飛行翼のない機動戦艦ミネルバはどうやって浮上航行するのか?
その答えが、超伝導におけるマイスナー効果を利用した、超伝導磁力浮上航行システムである。
科学実験などで、極超低温にした超伝導体の上に浮かぶ磁石の映像をご覧になった人も多いと思う。
超伝導体を極超低温にすると電気抵抗が0になると同時に、完全反磁性「マイスナー効果」となって、外部の磁場をはじいてしまう現象が起きる。これによって磁石の磁力線が反発されて浮いてしまうのである。
これを大掛かりにして、艦体の浮上システムに応用したものが、機動戦艦ミネルバに搭載された超伝導磁気浮上航行システムである。
ただし一定以上の磁場がかかるとマイスナー効果が突然消失してしまう現象が起きる。これを防ぐために、ニオブ(Nb)、バナジウム(V)を素材とした第二種超伝導体が、そしてさらに第三種超伝導体へと開発研究され、強磁場の中でもマイスナー効果を持続できるように最新鋭戦艦用としてミネルバに搭載された。
方位磁針が常に南北を指し示すことでも判るとおりに、地球には地磁気という惑星全体をカバーする巨大な磁力線があり、この磁力線に沿って浮上航行できるように超伝導体を組めば、飛行翼なくしても自由に大気圏を航行できるというわけである。もっとも高速移動のための通常のジェットエンジンもちゃんと搭載している。
唯一の欠点としては地磁気をその浮上のエネルギーとしているために、地磁気のない宇宙空間ではまったくの無用の長物と化してしまうことである。
そんな最新鋭の設備を搭載した機動戦艦ミネルバを設計したのが、フリード・ケイスン技術士官であることは言うまでもないが、それらのシステムの根幹を支えるのは、絶対零度に近い極超低温状態にある物質、その特異性を利用する科学の究極の姿であることを忘れてはいけない。
●電気抵抗値が0となる超伝導とマイスナー効果。
●絶対零度になっても固化せずに液体状態を示す零点振動{ヘリウム4など}と、粘性が0になる超流動現象。
●原子が指向性・可干渉性を持つBEC{ボーズ・アインシュタイン効果}及び原子レーザー。……などなど。
最新科学及び宇宙理論の真髄には、極超低温状態における物質の科学をいかにして極めるかに掛かっているといえる。
ミネルバ艦橋。
「敵戦艦さらに接近中!」
パネルスクリーン上のレーダー解析図上の光点が、ミネルバの現在地点を示す中心点へと急速接近しつつあった。
「迎え撃ちます。全艦、第一種戦闘配備!」
「第一種戦闘配備」
「艦首を敵艦に向けよ。面舵一杯」
「Starboard! 面舵一杯!」
艦体を傾けながら、敵艦に向かうミネルバだった。
連邦軍の驚きはそれだけではなかった。
「こ、これは!」
レーダー管制オペレーターが声を上げた。
「どうした!」
「レーダーから、敵艦が消えました」
「なんだと!」
「しかし、こちらの重力加速度感知器には敵艦の反応があります」
「どういうことだ?」
「わかりませんが、敵艦はなおもこちらに接近中です」
艦橋内にざわめきが広がる。
まるで姿なき魔物がひたひたと迫り来るといった概念に捉われつつあった。
レーダーが機能しなければ、敵艦の位置や速度が測れないから、すべての誘導兵器が使用不能という状況に陥ってしまっているということだ。
このままでは、敵艦からの一方的な攻撃を受けるのみである。
「敵艦周辺一体に特異的地磁気変動が見られます」
「特異的地磁気変動だと?」
「はい。磁力線計測器によると、敵艦の周囲一体に磁場がまったく感知できません」
その報告を受けて、しばらく考えていた副官が答えた。
「どうやら敵艦の周囲には、磁場を完全に遮蔽する反磁界フィールドが張られているものと思われます」
「反磁界フィールドだと?」
艦長の疑問に、副官が詳しく説明を加える。
「超伝導によるマイスナー効果ですよ。敵艦の周囲には、磁界が完全に0の空間が作り出されているのです。レーダー波は、磁界と電界が交互に繰り返されながら伝播する電磁波の一種です。その片方の磁界を完全に遮断すれば電磁波は伝わらない。つまりレーダーは役に立たないということです。
しかし重力までは遮断することはできませんから重力加速度計には感知されるわけです。あの戦艦は超伝導によるマイスナー効果によって完全反磁性を引き起こして、地磁気に対しての反発力を利用した最新鋭の超伝導反磁性浮上システムを搭載しているものと思われます。その反磁性の範囲を艦体をすっぽり包むように拡げてバリアー効果をも発揮させているのです」
「反磁界フィールドか……」
副官の長い説明はさらに続く。
「陽電子砲の正体は荷電粒子です。荷電粒子が磁界によって曲げられてしまうのは周知の事実です。リング状に設置されたサイクロトロンやシンクロトロンなどで荷電粒子を加速させる原理に使われていますし、地球が地磁気によって太陽からの荷電粒子{太陽風}から守られ、バンアレン帯を形成している事も良く知られています。
さらに、光が通過する空間において物性が変わった場合など、温度差による蜃気楼や光の水面反射などの現象が起きます。そのことを踏まえて、ミネルバの状況を考えてみましょう。磁界が完全に0であるということは、逆に言えば無限に近い強磁界が存在するのと同じ効果が発生するのです。
フレミングの法則でも知られる通りに、電界のあるところ必ず磁界も発生しますが、その対偶命題として磁界がなければ電界も存在しえないと考えるのが数学の真理であり至極自然です。電界とはすなわち電荷の流れによって生じるところから、荷電粒子を完全遮断できるほどのバリアー効果となって現れるのです」
長い長い説明は終わったようだ。
「なるほど……などと関心している場合じゃない!」
「しかし、こちらから粒子砲攻撃ができないということは、向こう側も粒子砲を撃てないということです。それに反磁界フィールドを張るには莫大な電力が必要でしょう、そういつまでも持つはずがありません。少しは気休めになるでしょう」
「気休めになるか! 向こうもそれを承知で接近してくるということは、それなりの方策を持っているからに違いない。第一、反磁界フィールドのスウィッチを持っているのは相手だ。粒子砲の発射準備をしておいて、フィールドを切ると同時に発射することができるのだからな」
「粒子砲が使えないとなれば艦載機とミサイル攻撃しかありませんね」
「ちきしょう! 空戦式機動装甲機{モビルスーツ}が使えればな……」
「確かに、粒子砲が使えない以上、モビルスーツによる格闘戦しかありませんが、あいにくと我が軍が搾取した同盟軍のモビルスーツのOSの書き換え作業と動作確認に、パイロットが使役されちゃいましたからね。機体はあるがパイロットがいなけりゃ動かせません」
「とにかく、敵艦がいつフィールドを解除して粒子砲を撃ってくるかわからん。射線上に入らないようにして、砲雷撃戦で戦う!」
「砲雷撃戦用意!」