序章・別れの時
序章 別れの時
宇宙空間に浮かぶ共和国同盟軍タルシエン要塞。
周辺を取り囲むようして数万隻の艦艇がひしめき合っていた。
百年以上に渡って続く隣国バーナード星系連邦との戦争において、航行不能な銀河の渦状腕の間隙に掛かる航行可能領域タルシエンの橋を守る防衛拠点となっている。
要塞内には一億数千万人の軍人とその家族などの軍属が暮らし、艦艇を建造・修理できる造船ドックなどの軍事施設はもとより、人が生きるために必要な水と空気を循環精製する生命維持環境衛生プラントや食物生産プラントなど、もちろん人々が日常的に暮らす生活居住区などすべてに渡って行き届いた施設を有していた。いわば小さくとも都市国家のような様相を呈していた。
この要塞の若き最高司令官がアレックス・ランドール少将である。要塞周辺にある三つの最前線防衛基地シャイニング、カラカス、クリーグをも含めた、アル・サフリエニ方面軍司令官でもある。
バーナード星系連邦が建造、タルシエンの橋の片側に設置していたものを、巧妙なる電撃潜入作戦によって要塞システムを乗っ取り、第十七艦隊をもって要塞奪取に成功した。
要塞司令官オフィス。
司令官椅子に腰掛けたランドールが、とある命令書を配下の総参謀長パトリシア・ウィンザー大佐に渡していた。
「君の手から、この命令書をフランソワに渡してくれ。事態は急を要している、すみやかに彼女を説得して、トランターへ向かわせたまえ」
「判りました」
パトリシアは、命令書を受け取ると、敬礼してオフィスを後にした。
ふうっ!
と、思わずため息をつくパトリシア。
かねてより内定していた、フランソワ・クレール大尉の、第八占領機甲部隊旗艦「ミネルバ」への転属が決定されたのである。
バーナード星系連邦のスティール・メイスン少将率いる八十万隻の侵攻作戦部隊の絶対防衛圏への出現がその契機となった。
自分を姉のように慕っているフランソワに、この命令書に書かれている通りに、遠い宇宙の彼方トランター本星へ単身向かわせることは心が痛んだ。
「泣くかしら……」
しかし軍人にとって命令は絶対である。
心を鬼にして伝えなければならなかった。
自分の部屋の前に立つ。
同室のフランソワは非番だから、中にいるはずである。
深呼吸してから中へ入るパトリシア。
「あ、お帰りなさい」
いつもの明るい表情で出迎えるフランソワ。
「お茶でもいれましょうか?」
これから打ち明ける内容には、そぐわない雰囲気だった。
意を決して、言葉を掛けるパトリシア。
「おりいっての話があるわ」
「おりいってのお話しってなんですか」
「単刀直入にいうわ」
「はい」
「あなたには、最終護送船団の指揮官としてトランターに行ってもらい、その後レイチェル大佐のメビウス部隊に合流してもらいます」
「転属! ……ですか?」
「大尉になったあなたに対する佐官昇進試験の一環と考えてください」
「そんな……あたしは昇進のことよりもお姉さまと一緒にいられる方がいいです」
「これは命令です。あなたも軍人なら従いなさい」
「でも……」
「それに永遠に分かれるわけじゃないんだし、無事試験に合格して少佐に昇進すれば、作戦参謀として迎える用意があります」
「それ、本当ですね」
「もちろんよ。その時は一緒に提督を盛りたてていきましょう」
「わかりました。先輩の言うこと信じます」
「ありがとう」
といってパトリシアは命令書を取り出して朗読した。
「命令書。フランソワ・クレール大尉。貴官に対して第八占領機甲部隊{メビウス}所属、機動戦艦ミネルバ艦長としての任務を与える」
「はっ。フランソワ・クレール。メビウス部隊ミネルバ艦長の任務に就きます」
「命令書に署名して、七時間後に出航する護送船団の指揮艦ニュートリアルでトランターに向かってください」
命令書を差し出すパトリシア。
「わかりました」
それを受け取って署名して命令書控えを戻すフランソワ。