⑧山の恵み
全身義体になるまでは、特に好き嫌いは無かった。肉だろうと魚だろうと、分け隔てした事は無い。
しかし、成人して職に就いてからはトラックで仕事をするようになり、自動運転で走る車に乗って様々な場所で色々なモノを食べた。
但し、料理はさほどしなかった。そりゃそうだ、料理なんて自分で作らなくても店に行けば食えるんだからな。ついでに言えば、結婚する前も、結婚してからも料理はしなかったんだが。
……だが、そんな暢気な時代は唐突に終わりを告げた。【飛竜種】が異界の門を抜けてやって来てからは、都市機能は壊滅しシェルターで生きるか戦うか、の二択になったのだ。
シェルター内では安全は確保されているが、もし飛竜種が踏み込んでくれば……死ぬ。
シェルター外では戦わない者は生きられない。飛竜種に命乞いは通用しない。外で生きたい者は、戦わなければ生きていけない。
だから、俺は料理は出来なかった。と言うよりも覚える暇がなかった。
……当然だが、狩ったイノシシを解体なんて一度もした事はないぞ?
「……さて、次は……っと」
廃兵院の大きなドアの上に載せたヘビーボアは、丁寧に部位分けし終わり次の作業へ入る。
ドアの上に俎板を載せて、湯煎した内臓や余った部位の肉、多過ぎて削り取った脂肪の層を纏めて包丁で叩き、赤身と脂肪、内臓を混ぜて挽肉を作る。
後は低温の状態を維持して撹拌……って、だから表面温度が低い義体はこの為にあるんじゃないっつーの……まったく。さてと……こねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこね……。
……全身義体って、便利だな。あっという間にピンク色の良く混ざった肉になっちまった。挽肉混ぜ機能付き、今ならお買い得……ってな。
「これで足りますか?」
「うん、たぶん足りるんじゃないかな」
ドルチェの差し出す塩と香辛料を預かり、匂いを嗅いで含有成分を分析……って、いやだから全身義体の使い途と全然違うんだが? 戦場を駆ける為に備わった機能を料理に使うのは……
(うーん、やっぱり同じ成分じゃないか。ま、別にそれっぽければ良かろう)
コショウやナツメグは無いと思っていたから、気にしやしない。ただ、記憶の味と全く違う出来になるのは嫌だな。
「……こんなものか。よし、悪いが手伝ってくれ」
「はーい! さ、やろー!!」
【うん! 楽しみ~♪】
【私、作った事ないから……上手く出来るかな?】
ドア板の周りにカズンとシルヴィ達が集まり、予め洗っておいたボアの小腸を筒に差し込み、たくし上げていく。そうして小腸の中に一度水を少し入れて、小腸を膨らませてから筒に挽肉を押し込んでいって……。
小一時間程費やして、あらかた腸詰めになった。ボアが大きかったからソーセージと言うよりもフランクフルトって感じだ。
後は捻って手頃な長さに纏めてから、鍋に沸かした湯の中に入れて煮込む。着色料抜きだから真っ白に仕上がったフランクフルト達……ヤバい、旨そうじゃないか?
「……うん! プリっとしてお肉の味がしっかりしてるよ~♪」
……カズンがフライングしやがった。
【……はあ、これは凄く美味しいです……皮の歯応えも堪りませんっ!!】
マルカート、お前もか? 二人の食べっぷりに感化されたのか、手伝ってくれていたシルヴィ達も次第にヘビーボアのフランクフルトを試食し始め、
【これは美味しいです! 腸詰めなんて久し振り過ぎて味を忘れてました……】
【もう一本食べてもいいかな……】
口々に称賛しながら、山のように積まれた出来立てのフランクフルトに舌鼓を打っている。ま、まだまだ有るからいいか……。
しかし、旨そうに食べるな……どうせ充電に戻らなきゃならなかったんだ、一本位食っても何とかなるだろう!
そう思うと、今まで我慢していた食欲に抗えなくなり、一本手に取り、外殻を開いて内口を出し、噛み締める。
パキッ、という皮の音と共に挽肉と油脂、そして色々な部位の食感と香辛料、更に塩の風味が一気に押し寄せる。
ぐにっ、としたヘビーボアの皮の感触は、噛めば噛むほど柔らかく、そしてまろやかな味の含みを与え、単調になりがちな挽肉に変化を加える。
獣臭さが強いかと覚悟していたが、丁重に部位を切り分けたお陰で余計な臭みは無い。血抜きも森の中で済ませたせいで後の切り分けは楽だったが、血を利用したソーセージは作れなかった。ま、香辛料が無いから製造は難しかっただろうが。
……それにしても、この味は食べた事のない感じだ。既製品のソーセージなんて、何らかの畜肉以外のたんぱく質が混ざっているのが当たり前だから、ヘビーボアだけのシンプルなフランクフルトが新鮮なのかもしれないが……いや、それにしたって旨過ぎじゃないか?
……あ、そうだ。ドルチェに言って用意して貰った香辛料に、ハーブに似た葉が幾つか混ぜられたのもあったな。それをフランクフルトに入れたら……旨そうじゃないか?
いや、それも良いがチーズを入れても悪くない。ここのチーズは青カビ系のやや強目の奴だったから、逆に塩味を薄くして……
【……カズンさん、キクチさんソーセージ食べたまま動かないんですが……】
「さあ……美味し過ぎて固まっちゃったかな?」




