⑥食材と俺
率直に言うと、俺は食事を必要としない。
……まあ、実際は脳に必要な分のブドウ糖と水分が補給出来れば、死にはしないだけ。精神的な充足感を得たかったら、栄養吸収用消化ポットのメンテナンス洗浄を覚悟で、通常食を食べても構わない。無論、通常食を模して作られた専用食も有るが、やはり本物には敵わない。
そんな俺が、わざわざ野外に出て食材を手に入れる理由は、ただ一つ。
……廃兵院の台所事情が絡んでいるからだ。
「……肉が尽きた?」
俺の問いに無言のままドルチェが頷く。
「はい……正確には振る舞える程の財貨が、ですけどね」
そう説明し、廃兵院の財政を話してくれた。
この国に自らの身を捧げ奉仕したシルヴィ達を、様々な形で救いの手が差し伸べられてきた。しかし、大きな国とて無限の財力を誇れる訳ではない。況してや現在は【異界からやって来た得体の知れぬ連中】との戦いが続き、結果的に軍事力が大きく防国に傾いている。
「……それが、国内に巣くう悪い連中を野放しにしちまってる、って事に繋がるのか」
「はい、残念ながら野盗が徒党を組むようになり、結果として物資の流れも滞り、ただでさえ戦争状態で疲弊している国力を揺るがしているのです」
皮肉な事だが、我々が頑張れば頑張る程、この国が乱れて、最も下層に位置する貧しい者や、ここに居るシルヴィ達の暮らしを脅かしてしまっているのか……。
「それと、寒くなる季節に向けて食料を求めて人里近くまで【巨大猪】が降りてきて、畑の作物を食い荒らしてしまうのも……」
「……ん? 何だいそりゃ」
ドルチェの話の中に聞き慣れないモノがあり、俺は思わず遮ってしまった。
「ええ、【ヘビーボア】とは牙の生えた猛々しい動物で、山の中で暮らしている間は落ちている木の実等を食べているんですが……山の幸が減ると群れを成して里へと……」
ボア、ねぇ。イノシシみたいなものか? イノシシ……食えるな。
「ドルチェさん。確か此処には【氷室庫】が有るんですよね」
「はい、それだけは国直轄だからでしょうね、高価な魔導を付与された氷室庫が昔から有りますが……それが、何か?」
遥か上空から地上を眺めると、山の緑は鳴りを潜め秋の紅葉の濃さに取って変わって見える。紅葉自体は美しいが、食料事情が絡むとなると……優雅な景色には見えてこなくなる。地下要塞の外も大して変わらんもんだ。
ヘビーボアがイノシシならば、狩猟の対象として肉が採れるかもしれない。監視用ドローンから送られてきた画像を取り込み、試しに姿を一目見ておこうとドローンの画像を解析してみたら……
「うわ……こりゃデカイな」
思わず俺が溢すと、俺の傍に居たカズンが、
「ヘビーボア? うん、たまに人間も食べられちゃうからね」
と、信じられない事を言い出す。
「い、イノシシが人を食うのか!? つくづく異世界って凄ぇなぁ……」
「ヘビーボアは何でも食べるからねぇ……山のサルとかだって平気で食べちゃうよ」
事も無げに言うカズンだが、イノシシは雑食だからなぁ……沢でカニとかも食べると聞くし、里に降りて作物を食うついでに……とか思うと急におっかなくなってきた。
「……イチイ、何で私の顔を見るのよ?」
「いや別に……」
冷ややかな目のカズンに詰め寄られ、俺は視線を外すが……ヘビーボアのイメージがどんどん膨らんで行く。コッチの狩人って命知らずだぁ……コレダの郊外で会った二人の狩人、凄い人には見えなかったが、考えたらヘビーボアみたいなのも狩ってるんだろ? 半端ないな異世界。
そんな訳で森の外周をドローンで監視しながら、目立つ群れの中から手頃な大きさのボアを探してみるが……
「実際に見ると……あんまり大きくないな」
子供のボアと母親らしき組み合わせが多く、聞いた話とは随分違う。巨大で獰猛な獣のイメージが、小さなウリボウ(仔イノシシ)と母イノシシの群ればかり見ていると俺の企みは小さく萎んでしまう。
「まあ、仕方ない……なるべく子供の着いてない奴を狙うか」
俺は着ていた服を脱いでカズンに渡し、この前手に入れたハンマーを担ぐと、声を掛ける。
「とりあえず、カズンは待機しててくれ」
「はーい。気をつけてねェ~」
ドルチェに借りてきた荷車に腰掛けるカズンの気軽な返事を背に受けながら、俺はボアの群れにゆっくりと近付いて行く。監視用ドローンの上空映像を眺めつつ、足音を忍ばせて、少しづつ群れに……
……かなり、近付いた。しかし、残念ながら群れは親子連ればかりが目立ち、狙い目の大きな奴は見当たらない。
(やれやれ……いっその事、親子でも何でも狩っちまおうか……)
半ば自棄になりながら、担いでいたハンマーを両手に持って獲物を選ぼうとした、その時。
「……ん?」
「……プゴッ♪」
俺の足元から嘶きが聞こえる。まさかと思って視線を下ろすと、
「ブキキッ!!」
……掌サイズのウリボウが居た。カワイイっちゃあカワイイが、問題は……
「ぶっきいいいぃーッ!!」
そう、母親ボアが居るって訳だ。ウリボウの声に反応した母ボアが、激しく嘶きながら俺に向かって突進してくる。
……まあ、そんなのは脅威にもならないんだが、問題は俺が群れのど真ん中に居る、って事だ。




