⑦カズンとの初飛行
全身義体のパイロットにとって、飛行機を操縦するのは簡単だ。
《……着座したら直ぐにマニューバ・コントロールシステムをリンクさせてください。身体制御と同期して操縦出来ます》
据え付けられたタラップを登り、キャノピーを開けた複座式戦闘機の操縦席に身体を滑り込ませてシートへと座る。型式名称・NFX-02【ドラゴンスレイヤー・Ⅱ】。制式名称《脊髄反射対応型長距離複座戦闘機改弐》。……略称・DS-Ⅱ。長過ぎる名前だが、操縦に神経を尖らせる必要は無い。ただ、掌を操縦桿に添えるだけ。
《そう、そうして操縦桿を握って接触すれば、機体とのリンクを維持出来ます》
管制官の説明を受けながら、もし飛行中に手を離したらどうなる、と尋ねてみる。
《……リンクが切れて、機体のマニューバ・コントロールシステムが自動航行を開始します。パイロットが操縦不能に……気絶した時は速やかに帰投する訳です》
……もし空戦で死亡しても、機体と死体は帰って来れるのか。便利で有難いな、全く。
【イチイ! これ、どう締める!?】
後部座席のカズンがヘルメットの顎ヒモに悪戦苦闘し、顔を真っ赤にしながら頭を揺らしている。俺は後方の死角を補うカメラアイで確認し、折り畳まれた腕の副関節を伸ばして顎ヒモを掴み、リリースボタンを押してロックを解除してやる。
「……ほら、取れたぞ。これをここに差し込めば……な?」
【……すごい! イチイ、器用!】
いや、カズンが不器用なだけだろう。と、心の中で苦笑いしながら腕を元に戻して、
「それじゃ、準備はいいか? ちゃんとトイレに行ったか?」
【カズン、子供、違う!!】
滅多に口にしない冗談を言うと、カズンもムキになって怒るものだから、管制官を始め、DS-Ⅱの初飛行に携わる面々に聞かれて笑われてしまった。
《菊地一尉、カズンさんは立派な淑女です。それに共に命を預け合う間柄ですから、言葉を選んで接してください》
しかし、軽口も性別が違えば受け取り方も変わる。年下の女性管制官に釘を刺され、俺は了解、とだけ手短に答えた。
だが、やり取りを【コミュニケーション・アクセ】を介して聞いていたのだろう、カズンが割って入るように、
【カズン、イチイ、気にしてない! イチイ、悪い、無い!】
と自分の意思をハッキリと示し、その場を取りなそうとするものだから、ますます俺の立場が揺らいでしまう。
しかし、何時までも遊んでいられない。俺は意識を切り替え、管制官に伝える。
「……試験飛行を開始する……パーソナルネーム【紫電】発進準備完了……管制官、許可を」
《……了解しました。発進カタパルト準備……ゲートオープン》
ゴウン、と低く駆動モーターが唸りを上げてゲートを開く。視界に眩い高高度の光が差し込み、瞬時に視野カメラが光度に合わせて調節をし、一瞬暗さを感じてから鮮明に見えるようになる。
カタパルトに載せられた【紫電】のスロットルを開け、燃料を燃焼させてアイドリングを維持。カズンの様子を窺うと、気配に気付いたのか拳を突き出して、
【カズン、用意、出来た】
そう言いながら、ニコリと笑う。基礎的な事はともかく、複座式戦闘機は体験済みらしい。見た目に反し、頼もしい。
「……菊地一尉、カズン搭乗員、共に異常無し。出るぞ……」
管制官に宣言し、【紫電】をアイドリング状態から回転数を上昇させながら、カタパルト上を射出器で……加……速ッ!!
発進カタパルトから勢い良く飛び出した【紫電】は、機首を下に向けながら過給機を介してタービンを回し、落下速度を上回る加速を得て飛翔状態に移行させる。
《……菊地一尉、マニューバ・コントロールシステムを……》
管制官が無線で俺にリンクを維持するよう指示を出すが、そんな些細な事は……一切霧散した。
視界一杯に広がる大空の只中を、俺はカズンを背中に載せて、全身に冷たい大気を切り裂きながら飛んでいた。これが……戦闘機との一体感か……。
俺の義体に対する感覚は存在せず、【紫電】全体に展開する様々なセンサー類からのダイレクトな情報を身体感覚に変換され、頭を前に向けて飛翔していく。
意識を前方に向けるだけで機体が加速し、身体を傾ければ方向を変えていける。そう言えば【紫電】は翼の表面を膨張させて気流を制御させる事も可能らしい。そうした微細な機動制御が無意識下で行われ、身体感覚とリンクされた操縦に繋がるのか……
【イチイ! 何か飛んでる!】
カズンの声に意識を集中し、偵察用ドローンの広域監視システムにリンク。即座に飛行区域内の移動物を検索すると、目標のダミードローンを発見した。いや、レーダーに映らないステルス仕様のドローンをどうやって見つけたんだ、カズンは……?
【カズン、風、見える。風、薄い、濃い、マダラ、何か居る】
……気流の乱れを察知するのは判るが、ドローンが飛んでいたのは何キロも先だぞ? キャノピーの裏側にカズンの顔が映り込んで見えるが、眉を寄せながらオープンフェイスヘルメットの下の表情は、真剣そのもので当てずっぽうに言っている様子は無い。
「よし、そっちに行くぞ……カズン、加速に備えろ」
【イチイ! カズン、大丈夫!】
頼もしい言葉に背中を押され、俺はアフターバーナーを点火し、ダミードローンが滞空している区域へと機体を傾ける。加速を開始すると義体全身がギシリと軋み、シートクッションへとめり込む……カズンは平気なのか?
【イチイ! 飛行機、速い♪】
カズンはキャノピー越しの雲の動きに視線を移し、俺に向かって楽しげに話し掛ける。後で聞いたのだが、シルヴィ達は重力負荷や酸素欠乏の影響を殆ど受けないらしい。魔導を行使する際の副産物だとか説明されたが、全身義体の俺と大差無いのか。凄いものだ……。
と、カズンの状況を確認した直後に、長い翼を広げながら滞空するダミードローンを目視。瞬時に射撃範囲へと接近する。
「標的を確認……応射し離脱する」
ダミードローンを義体の視野に表示された照準中心に捉え、30mmガトリングガンを連射する。
……ガーーーーッ、という独特の振動を伴いながら、毎分二千発の膨大な弾丸が発射される。機体後方に発砲煙、そして下方に真鍮の薬莢をばら撒きながらダミードローンの翼と本体に弾丸を集中させて、被弾し破片を散らしながら落下するのを確認。
「目標破壊……機体及び乗員に異常無し。帰投する」
俺は戦果を報告し、カズンに帰るぞ、と言いながら【飛龍・改二】に向かって機首を向けた。




