⑭それも【飛竜種】
「……ここ、【飛竜種】が、いる……」
カズンの言葉に、俺は直ぐ反応し即応態勢を取る。
……少し、気を緩ませ過ぎたか。ここは敵地。もしかすれば、何処かから侵入者を見つけた【飛竜種】が、足音を忍ばせながら飛び掛かる準備をしているかもしれない。
そう思いながら部屋の入り口まで進み、用心深く扉を少しだけ開けて廊下を見回すが、怪しい者は見当たらない。
何も居ない、と結論付けようとしたその時、視界の隅に動く影を見つけ、焦点を合わせる。
(……飛竜種っ!! ……だが、何だありゃあ……)
俺はその影が見間違えようの無い【飛竜種】だと気付くが、どうにも身体のサイズが違い過ぎる。
四つ足で歩くそれは大体人間と変わらず、おまけに身体中をフサフサとした毛で覆われている。その顔は紛れもない爬虫類と言えるが、目の大きさといい、緊張感の無い黒い鼻っ面といい、どこか犬のような印象だ。
その犬もどきは、俺の顔を見るなりトトトッと駆け寄ると、これまた犬のように匂いをクンクンと嗅いだかと思ったら、
「……バフッ!」
と気の抜けた鼻息を鳴らし、何事もなかったように廊下を駆けていった……緊張して損したぞ。
「ええ、この子達は廃兵院に不可欠ですよ」
頭の角の上に載せられたお盆を器用に運ぶ後ろ姿を、ドルチェが眼を向けながら答える。
彼女曰く、あの飛竜種は単に【リュウ】と呼ばれ、見た目に似合わぬ賢さと大人しい気質で彼女を手助けしていると言う。
「ご覧のように頭に載せて物を運んだり、前肢で様々な物を動かしたり……裏庭の洗濯物を集めてくれたりで、大助かりなんです」
テーブルの反対側まで進み、お盆ごと皿に盛った料理を運ぶと傍らに居たシルヴィが受け取り、彼女が頭を撫でてやると眼を細めながら嬉しそうに顔を擦り付け、バフッと鼻を鳴らした。
「……ドルチェさん、この子達……って事は、他にも居るのか」
横に座るカズンが、いつもよりゆっくりとパンを口に運び、モフモフと静かに噛み締める姿を見て一安心しつつ、尋ねてみる。
「はい。此処には三頭居るんですが……」
そこまで答えながら少し言い淀んだ後、彼女の元に戻って来たリュウの頭を撫でてから、告げた。
「……一番怪我の酷いシルヴィに付き添って、彼女の傍から離れようとしないんです」
自分の力だけで食事の摂れる、シルヴィ達と朝食を終えたカズンと俺は、話に出てきた重症のシルヴィを見舞う為、彼女の部屋に行った。
部屋に近付くと、廊下に繋がる扉が開け放たれ、一頭のリュウが番をするように、顔を部屋に向けて大人しく座っていた。
「悪いが、お見舞いに来たんだ。中に通しちゃくれないか」
俺は言葉が通じるとは思っていなかったが、そう言いながらリュウの鼻先に手を差し出してみる。
さっき見たリュウより一回り大きなそいつは、さも当然のように指先の匂いを嗅ぎ、バフッと鼻を鳴らすとすんなり身体を脇に避け、中へ通してくれた。
「リュウ、すごくお利口。でも、カズンはリュウ見たことないな」
カズンはそう言うと、リュウの頭を撫でてやりながら俺の後に続く。
殺風景だがキチンと整頓された部屋の真ん中にベッドが置かれ、その上に重篤そうなシルヴィが横になっていた。そしてベッドに寄り添うように、一番身体の大きいリュウが身を横たえ、首を伸ばして彼女の様子を見守っていた。
「……銃創じゃないな。火傷と、掻き爪か……」
戦闘に参加したシルヴィと聞いて、我々と戦い傷付いたのかと思いながら見舞いに来た俺は、彼女の怪我を手短に観察し、少し安堵した。しかし、一目見て状態は思わしくないと、素人の自分が見ても判った。
露出した肌に深く刻まれ、癒え切っていない生々しい傷。平行に並んだそれは飛竜種の爪痕だと、容易に見て取れる。そして頭部全体を覆い尽くす無惨な火傷。余程強い火を長時間浴びせられて負ったそれが、彼女の命を削り取り、死の直前まで追い込む原因になったのだろう。
浅く呼吸する息は苦しそうで、何も映さない眼は濁ったまま見開かれ、天井に向けられたまま微動だにしない。
気が付くと俺は反射的に腰のポーチを開き、中から注射針の付けられたアンプルを取り出すと無言のままカバーを取り、細く傷だらけの腕を手に取ると静脈を探って針を押し当てて、そっと射し込んだ。
「……っ! ……あ、ああぁ……」
針先を抜いて直ぐ、彼女が小さく呻き声を上げる。傍らに居たリュウが抗議するようにバヒュッ、と鼻息を吹いたが、まもなく傷だらけのシルヴィの強張った声帯から安堵の息が漏れ、呼吸が落ち着くと同時に何か呟いた。
(……いたみ、なくしてくれて……ありがとう……)
やっと聞き取れるような囁き声に、俺は少しだけ罪悪感を抱きながら、
「……ああ、治した訳じゃないが、暫く楽になる。少し、寝た方がいい」
そう伝えると、小さく息を吐いてから彼女は眼を閉じて静かに、ありがとうと呟いた。
「……そうですか。お手間を取らせて申し訳ありません」
「いや、あれは痛みは取るが使い過ぎると……死んでしまう薬だ。弱った身体には毒かもしれない」
その後ドルチェに詳細を説明すると、傷深いシルヴィの事を話してくれた。
「彼女は、元【シルヴィの騎士】でした。でも……あの傷を負う原因になったのは、仲間同士の争いだそうで……彼女から詳しい話は、教えて貰えなかったの」
ドルチェはそう言うと悲しそうな表情で窓の外を眺めてから、
「……この国は過酷です。敵と対峙するだけでなく、身内同士でも争いは絶えず、シルヴィ達は生きる為に……いえ、時には自らの立場を確保する為に殺し合っています」
「それは、俺の居た世界でも変わらなかったが……今は……」
俺は、飛竜種との戦いが切っ掛けで同士討ちは止めた、と出かかった言葉を飲み込んだ。果たして、本当にそうなんだろうか。元の世界の全ての環境から、殺し合いは無くなったのか、俺は知らないのだ。
と、ドルチェが被っていた白い帽子を脱ぐと、長く尖った耳が現れる。今まで帽子を脱いだ姿を見ていなかったので、彼女はてっきり普通の人間だと思っていたが……
「……私は、シルヴィではありません。人間からは【森人種】と呼ばれている種族です。でも、何百年も前に、国を【竜帝】に滅せられて以降、被支配層として生きてきました。ファルム様とはその頃からの知り合いです」
「……えっ!?」
「……何か、変な事を言いました?」
俺はドルチェの顔をまじまじと見ながら、何百年も、という言葉の意味を求めて何か言いかけたが、やっぱりやめた。
……俺の常識は当てにならんのはともかく、彼女やファルムは一体幾つなんだよ……。




