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⑬廃兵院にて



 【廃兵院】とは、従軍出来なくなった負傷兵や、身体欠損した兵士を社会復帰させる為の場所。確か、俺達の世界にも、遥か昔に存在していた。


 現代では補完義体が充実している為、首から下がそれなりに揃っていれば問題無い。だから過去の遺物程度の認識だが……この世界では当たり前のように存在しているのだろうか。





 疲弊したカズンを休ませる為、ドルチェと名乗る女性が所属する廃兵院に身を寄せた。こじんまりとした建物の中は八つ位の四人部屋が配置されていたが、驚く事に全ての患者がシルヴィだった。


 俺が最初に目を向けた部屋の中では、頭の半分が火傷で(ただ)れ、髪の無い黒ずんだ皮膚を晒したままの痛々しい姿の少女が、呆けたように窓の外を眺めていた。


 また他の部屋には、両腕の無い女性が背凭れ代わりの壁に肩を預けながら、ゆっくりと首を揺らして眠っている。


 きっと、この娘達は【飛竜種】に身を変えながら戦場を駆け抜け、そして……深い傷を負いつつ戻って来たのだろう。今はただ、過酷な戦場から離れ、静かに生きているだけだ。


 「みんな、戦場で深い傷を負い、命からがら戻って来たシルヴィ達です。【竜帝】はそうした者を見捨てる事無く、こちらに集めて住まわせているのですが……」


 そこで言葉を切ったドルチェは、唇をぎゅっと噛み締めてから、漸く口を開いた。


 「……でも、彼女達は戦場に行かなければ、いえ……【飛竜種】として戦場に向かわなければ、私達と同じような暮らしが出来た筈です」


 そこまで語ると、左右に首を振りながら、でも判っています……と、前置きし、


 「……シルヴィは、この国の戦力なんです。他にも様々な種族で兵士は構成されていますが、主力は空を舞い、熱や氷の息で敵を屠る【飛竜種】なのです……」


 そう言って、口を閉ざした。



 「……ドルチェさん。俺は、ファルムから……この国の【竜帝】を滅ぼして欲しいと頼まれた。ただ、そう簡単な事じゃないと理解はしている。それに……」


 俺がそう言いながら、頭に被ったケープを外して機械の頭を晒すと、その姿を見た彼女は、ハッと息を飲んだ。


 「……俺は、自分の身体を取り替えてでも、妻の仇を討つつもりで戦ってきた。こんな顔になったのも全て……【竜帝】が居てこそだと、思っている」


 近くに寄ってきたドルチェが背伸びしながら、恐々と手を伸ばし、俺の頬に触れる。彼女の指先は日々の看護でひび割れ、若い容姿に似合わぬ荒れた手だった。


 「……この兜は、脱げないのですか」


 「……ええ、脱げません。もし脱げば……たぶん死ぬかもしれない」


 そう説明してはみたが、全身義体も一般生活向け(シビリアン・タイプ)は有るのだから、少し誇張し過ぎたかもしれないが、嘘ではない……まあ、いいか。



 「……もし、私達にその技が使えたら、この廃兵院に居る者も、再び自由に動き回れるようになるでしょうか」


 気付けば並んで長椅子に腰掛けながら、ドルチェが俺に問い掛ける。


 「そうだな……通常の生活が出来る位の義体化なら、可能だと思う」


 そう答えると、彼女の表情は見る間に明るくなり、眼を輝かせながら嬉しそうに笑みを浮かべた。


 「……ああ! そんな事が……すごい! ……なんて素晴らしいの……」


 そう切れ切れに呟きながら顔を伏せたかと思うと、切れ長の眼から一粒、また一粒と涙を溢す。


 「……ごめんなさい……何でか判らないけど、嬉しくて……つい……」


 「……いや、いいさ。あんたが優しいヒトだって判るから、気にならんよ」


 安心させようと俺がそう言うと、指の縁で涙を拭きながら、


 「……ありがとう。フフ……カズンさんも、あなたのそういう所が好きなんでしょうね……」


 「……んっ!? い、いやそれは別に……俺は、あいつの保護者みたいなもんだから、たぶん……」


 しどろもどろになる俺を、優しげな眼差しでドルチェは眺めてから、そろそろお夕食の支度をしますね、と言いながら立ち上がった。


 「良ければ俺も手伝うが……」


 「いいえ、大丈夫です。いつもの事ですし、()()()は他にも居ますから」


 ドルチェがそう告げて長椅子から立ち上がり、カズンさんの様子を見てきてくださいと言って、廃兵院の奥へ向かって歩いて行った。


 ……介添人? 部屋は方々見てきたが、何処かにそんな奴が居た気配も何もなかったが……。




 「……ふあああぁ……イチイ、ここ、どこ?」


 俺がカズンが休んでいる部屋へ入ると、タイミング良く目覚めた彼女が伸びをしながら起き上がり、不思議そうに部屋を見回しながら尋ねてきた。


 「ここか? 【廃兵院】って所だ。お前を寝かせられる場所を探していたら、ここに行き当たったって訳さ」


 「ふぅ~ん。はいへーいん、ね……良く判んない」


 あっさり言い切るとベッドから足を下ろして立ち上がり、髪の毛を指先で漉きながら、


 「うぅ……髪が絡まる……お風呂入んないと、ダメかなぁ……」


 すっかり()()()な事を言うもののだから、黒髪の見た目も相まって、本当にカズンが異世界から来た存在なのかと思ってしまうが、そんな気分は彼女が放った言葉で打ち消された。


 「……ん、ここ、【飛竜種】がいる……」






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