⑥新しい身体、新しい機体
「……うむ、威圧感が凄いな。まあ、これから段々と義体化も増えていくのだろうが」
基地師団長はそう言うと、俺に新しい配属先が決まった、と言いながらタブレットを手渡した。
「……何です、この【飛龍・改二】と言う名前は」
俺は手元のタブレットを開きながら、表示された文面に気になる単語を発見し、尋ねてみる。
「そこが新しい配属先、空中要塞【飛龍・改二】……と、言われても何だか判らんだろうな」
生真面目な隊長にしては珍しく楽しげに微笑みながら、その名前が意味する詳細を説明してくれた。
【飛龍・改二】とは、宇宙空間で建造された巨大な空母であり、基地機能を備える飛翔体としては世界有数の大きさを誇るそうだ。しかも、既に二号機の【呑龍・改二】も建造済みだと言うから驚かされる。いつの間にそんなものを造っていたのやら……。
因みに、新しい機体も【飛龍・改二】に搭載されているそうだ。つまり……
「……と、言う事は、自分とカズンで宇宙まで行くのですか?」
俺は考えもしなかった宇宙滞在に胸踊らせたのだが、
「何を言ってるんだ? 【飛龍・改二】は亜宇宙までしか揚がらん。大気圏内だぞ」
あっさりと否定された。何だよ、期待させやがって……。
柄にもなく落胆したが、何時までもくだらない事を考えている暇もない。さっさと要らない服は捨てるなりして、荷造りを済ませて異動先へと向かわなければいけない。
……いや、幾つかの衣服は亜紀が選んだ物だ。形見の類いの少ない彼女が、残してくれた……思い出の品々、か。
部屋に戻った俺はそう考えて廃棄ボックスから離れ、亜紀の事を思い出しながら、当分の間は袖を通す事の無い服をバッグに押し込み、部屋を出た。
【イチイ!! カズン、お引っ越し?】
新しい赴任先に向かう便は、当然だが通常の輸送機ではない。高高度まで飛行出来るエンジンを搭載した四発のジェット輸送機だった。その巨大な機体が着陸する姿を見守りながら、カズンが俺に尋ねる。
「ああ、来て早々だが、カズンも新しい場所に移動するんだ」
二機の護衛戦闘機が着陸し、直ぐに飛び立てるようエンジンを点けたまま滑走路の端で待機する中、俺とカズンは離陸する輸送機へと向かおうとしたのだが……
「カズンちゃん!! これ、機内で食べて!!」
「私が焼いたのよ、このビスケット!」
「凄く高い所らしいから温かくしてね、風邪ひかないでね!」
一体何処で聞き付けたのか、基地の女性士官達がカズンを取り囲み、手にした様々な贈り物を次々と渡しては涙混じりの別れを告げていく。俺には無いのか?
「カズンちゃん!! これ、機内で食べてくれ!!」
「俺が焼いたパンだぜ! 絶対に忘れないでくれよな!!」
「菊地の野郎が何かやらかしたら直ぐに教えてくれよな!!」
……更に暑苦しい基地の野郎共が、わさわさと現れてはカズンに次々と贈り物を渡し、涙の別れを告げていく……何だよ、俺の扱い酷くないか? まあ、警備兵が居るお陰で手すら握れないのは、流石に可哀想だが。
【皆さん! ありがとう! です!!】
嬉しそうに笑いながら、後ろを振り向いては跳ねながら手を振るカズンの前を、彼女が貰った贈り物の山を抱えて歩く俺……輸送機までの距離は有るが、こんな時は義体化してよかったと思う……いや違うぞ、そうじゃない……こんな時の為に義体化した訳じゃないぞ?
「カズン、先に乗ってくれ。こいつを隔離貨物室に納めにゃならん」
幾つかの気圧変化に対応し切れない贈り物(密閉された袋入りの物は穴を開けないと爆発しかねん)を選別しながら、カズンに先に席に着くよう促すと、
【イチイ、これ、食べたい!】
早速気になっていたらしい焼き菓子の箱を指差しながら、俺に向かって手を差し出した。
「あー、判った判った……いっぺんに食うなよ? 機内食は出ないからな」
俺が何となく言うと、カズンは不思議そうな顔をする。あ、機内食なんて民間機に乗った事の無いカズンには無縁だったか。
【カズン、全部、食べるよ?】
……と、そんな思惑に関係無く、しれっと恐ろしい事を言う。おいおい、そんな軽い量じゃないんだが……。
【イチイ!! あれ、ひりゅー?】
……口の端にビスケットの粉をつけたまま、次第に近付く巨大な楕円形の【飛龍・改二】を見つけたカズンが、小さな窓から身体を離して尋ねてくる。カズンが貰った贈り物は、半分程残った。いや、逆に言えば……残り半分は隔離貨物室の中だ。取りに行けなかっただけだ。
《……もうじき飛龍・改二に到着する。この機では着艦出来んから二人は移動用カーゴで乗り移って貰うので、準備してくれ》
俺達以外には客の居ない機内に、機長の声がスピーカー越しに響く。移動用カーゴ……ってのは、あの箱の事か……いや、まさか……ワイヤーを渡して、って訳か? 何てこった……荷物扱いかよ?
諦めて武骨一辺倒なカーゴの中に、カズンと二人で乗り込むと、簡素なベンチが一脚有り、座ると同時に機長室からやって来た副操縦士が俺達の荷物を運び込み、無言のまま扉を閉めて立ち去った。
それから少し待つと俺とカズン、そして二人分の荷物を載せたカーゴが後部ハッチ前へと動かされる気配があり、開閉を報せるブザーの音を鳴らしながらハッチが開いたようだ。
中からは見えないが、後部ハッチからワイヤーを流し、そのワイヤーに繋がれたドローンを介して【飛龍・改二】のゲートに流されるらしいが……失敗したらどうなるか、とか考えたくもないな……。
《……ワイヤー、係留完了。では、よい空の旅を》
機長のジョークを聞き流しながら、俺とカズンは【飛龍・改二】へと運ばれていった。まあ、少し揺れたが……怖くはなかった。
係留ワイヤーの端まで到達した衝撃で、箱の中のカズンと軽く身体がぶつかる。
【……ついた?】
小柄なカズンを抱き留めるように支えた俺に、彼女は怖がる様子も見せずに尋ねる。
「ああ、どうやら無事に着いたらしいが……これ、中から開けられるのか?」
答えてみたものの、考えてみたら開いた瞬間、まだ収納されていなかったとしたら……ワイヤレスバンジーだ。地面に墜落するまで発狂しかねん。
《……申し訳ないが、開封するまで待機していてください。カーゴを固定したら出られますから》
不意に聞き覚えの無い声がカーゴ内に響き、通信用スピーカーが装備されている事に気がついた。まあ、それはそうだな……。
暫し待つと、ガチャンと扉が開き、向こう側から【飛龍・改二】の艦内作業員らしき若い男が顔を覗かせた。
「……うおっ!? あ、失礼しました……ええと、菊地一尉とカズンさんですよね。自分は【飛龍・改二】乗務士官の竹中であります。艦内を案内しますので、手荷物だけを持ったら着いてきてください」
俺の姿に驚いた彼だったが、チラッとカズンの方を見て表情を変えながら外に出るよう促した。うん、正直な奴だな。
「……先程は失礼しました。いや、全身義体の方に会うのも、シルヴィさんに会うのも初めてなもんで……」
「気にしなくていいさ、俺も義体化して日が浅いからな……毎朝、顔を洗おうとして驚いてる」
「……えっ? あ、ああ……そうなんですか」
……こいつ、カズンの顔ばかり見て人の話なんて聞いてないな……正直な奴だな。