⑤二兎を追う菊地
「……菊地一尉、本気で言っているんですか」
俺より若い義体医師は、椅子に腰掛ける俺に向かってそう言うと、詳細な義体仕様データを画面上に表示させた。
「……ああ、勿論本気だとも。まず、空戦時に俯瞰視モードで操縦出来るのは、副電脳で義体と戦闘機をリンクさせて、外部情報を確認しながら機体操縦を無意識下で行える、だろ?」
俺がそう答えると、義体医師は確かにそうですが、と前置きしてから、
「……スペック的には可能、と言えます。菊地一尉の空戦特化義体と副電脳なら、一度に複数の戦闘機を別々に動かせます」
義体仕様データと照らし合わせ、同仕様の試験記録と比較し暫く考え込む。
「……但し、それは高速演算処理を独立して行える、完全義体化仕様の戦闘機に乗っていれば、の話ですよ」
再び口を開いた彼は、端末を操作して別の義体の仕様データを画面上に表示させてから、
「……陸戦特化仕様の義体で、同じ事を戦車で行えるかと聞かれても……前例が有りませんよ」
困惑した様子でデータと照らし合わせつつ、椅子の背凭れに身体を預けながら、俺の顔を見た。
「いつか、それを試してみたくてね」
そう答える俺の顔を、義体医師は困ったように見てから無言のまま、ディスプレイへと視線を外した。
義体医師の部屋を出て廊下を歩き出した俺の後ろから、基地勤務要員の衣服を着たファルムが近付いて来た。
「……毎回不思議に思うんだが、その服は何処から調達してくるんだ?」
「あら……折角驚かせようと思ったのに……!」
ファルムはそう言うと俺の横に並んで歩きながら、
「後ろに目が付いている事を、忘れていたわ」
そう言うと周囲に目配せし、少し声を潜めた。
「……話したい事が、あるの」
ファルムの提案を聞いた俺は、カズンと待ち合わせしている事を説明し、少しだけ返答を待って欲しいと言ってから基地の回線を使用し、カズンと連絡を取った。
【……うん、先に食堂に行ってる。イチイも後から来てね?】
【ああ……必ず行くから、待っててくれ】
手短に伝えて会話を終えると、ファルムは通路の壁に背中を預けて閉ざしていた眼を開けてから、
「……で、貴方自身はどう思う?」
さっき聞いた話の答えを再び尋ねてくる。俺はあくまでも一個人としてだが、と予め断ってから、
「……【竜帝】が、我々の技術と引き換えに元の世界に戻してやる、って条件を出してくる、か。確かに魅力的な話に聞こえるが……」
「ええ、それは確実よ。【竜帝】が今、一番欲しているのは……生まれ持った能力とは関係無く、誰でも貴方みたいに戦えるように出来る技術と……武器を手に入れる方法よ」
そう言うと、指先を俺の義体の表面に当てて滑らせながら、肘の辺りで止めた。
「……シルヴィは、確かに貴方達とは違い……成長と共に様々な能力を有するけれど、それすら持たぬ劣等種も居るのよ」
ファルムは指先で軽く肘を弾いてから、寂しげに俯く。
「……ねえ、キクチ……サラマンダーやワイバーンは……どうやって生み出されると思う?」
「さあ……それは……いや、まさか」
彼女の言葉を組み合わせた俺は、一つの可能性に気付き……言葉を失った。
「そうよ……サラマンダーやワイバーン……【劣竜種】と呼ばれる飛竜種は……能力に劣るシルヴィの、成れの果てなの」
今まで、そんな事は気にもしていなかったが、サラマンダーやワイバーンがどのように生み出され、どのようにして軍団に組み込まれて来たのか……考えただけで萎える話だ。
「シルヴィ達は、どんな相手とでも子を成せるけど……生まれてくるのは必ずシルヴィよ。でも、その性質の多くは相手の種族の影響を受けるわ」
「……つまり、本来のシルヴィに近い種族とならともかく、極端に劣るような者の子を産めば……」
「そう……言葉も理解出来ず、魔導の素質も持ち合わせない、哀れな落し子になるわ」
そうした者は全て、幼いうちに親から引き離されてワイバーンやサラマンダーとして、半ば強制的に転生させられるそうだ。
「……酷い話だな。どうせ相手を選べない状況の中で、武器を作るような軽い動機で道具のように……か」
「まあ、そう言うことよ。でも、それでも……この世界で死ねたならまだ、救われるの。ワイバーンやサラマンダーになったシルヴィ達は、他の世界で命を落とせば……その魂は肉体に閉じ込められたまま、そこに封じられるのよ。見た事あるでしょ? 石のように固まった劣竜種の死骸を……」
……あの、地下要塞を取り囲むような彫刻じみたサラマンダー達の亡骸全てが、輪廻の輪から外されたシルヴィだったのか。
「……キクチ、貴方に頼みたいの……【竜帝】を殺して欲しい。そして、この悲しい世界からシルヴィ達を解き放って欲しい……」
「ファルム、君は……一体何を考えているんだ」
彼女の願いを叶えてやりたいが、一体俺に何をしろと言うつもりなのか。出来るなら何でもしてやりたいが、やり方が判らない。そう思いながら聞き返そうとした俺の前に手を突き出し、言葉を遮ったファルムは、
「その時が来たら、私に付いてきて。詳しい事はその時に話すわ。そして【竜帝】を倒した後……」
そこで区切りながら、彼女は俄に信じられないような提案を、繰り出してきた。
「……貴方に、新しい【竜帝】になって欲しいの」




