②円柱の騎士
その光景は見慣れぬ者からすれば、異様の一言に尽きるだろう。
広大な草原の傍らに高く伸びる石柱が立ち並ぶ中、夥しい数のサラマンダーやワイバーンの群れが犇めき合い、一触即発の気配を漂わせながら互いに威嚇し牽制を繰り返している。だが、本気の殺し合いには発展しそうにない。なぜならば、直ぐ傍に控える大きな身体の青い鱗の飛竜種が睨みを利かせ、時折威嚇するように地を踏み鳴らしていたからだ。
そうして数本の隣り合って立つ石柱の上に、二人のシルヴィが各々の場所を占有して立っている。無論、よじ登る為の足掛かり一つ無い場所に、甲冑を身に付けた二人が如何にして辿り着く事が出来たのだろうか。
しかし、その二人のシルヴィは兜を小脇に抱えたまま、眼下の光景に眼を配りつつ言葉を交わしていたのだった。
「……で、陛下はまだ……穴ぐらに隠れた連中を討つつもりは無いのだな」
全身を紅い甲冑に包み、燃えるような赤い髪を一つに纏めたシルヴィが口を開くと、もう一方の深緑色の甲冑を着たシルヴィが、短く切り詰めた髪の毛先を風に靡かせながら答える。
「そうだ。陛下の意向は連中をひきずり出し……我々がまだ見出だしていない卓越した技術を、手に入れる……その為にはまず、相手の出方を窺えと仰有っているのだ」
その声にフン、と吐息で応じつつ赤い髪のシルヴィは物足りないと言わんばかりに石柱の床を荒々しく踵で蹴りつけてから、口を開いた。
「……城に立て籠るようならば、手勢を束ねて攻め落とせば良い。だが、相手は縦穴の奥で間抜けな侵入者を悉く殺し尽くせる矢弾を放つ筒を構えて待ち伏せているのだ!! 卑怯者相手に容赦など煎らぬと言うに……湖から水でも何でも流し込んで根絶やしにすれば、事足りる……」
悔しそうに呟くと、額の飾りに流れる炎を模した猛々しい兜を被り、肩に備わった手摺のような把手を掴むと軽く身を屈め、内側から迸る力を抑え込むように身体を細かく震わせる。その瞬間、ぶるりと背中から半透明の薄膜を備えた大きな翼が伸び、薄い煙と共に長く太い尻尾がずるずると腰元から蠢きながら生え、甲冑を鱗に覆われた肌へと変えながら膨張し続け、大きな飛竜種へと姿を変えた。
【……大きな円盤に乗った連中も野放しのまま、我々はただ指を咥えて見ている事のみ……この不甲斐無さを、如何にして宥めれば良いと言うのか……】
真っ赤な鱗の飛竜種へと変身したシルヴィは、人とは明らかに違う声帯で低く唸るような声を発し、縦に長い瞳孔を狭めながら傍らのシルヴィへと首を向ける。
「急く気持ちは判らんでも無いが、我等【シルヴの騎士】が陛下の意に反し、愚かな真似を晒す事は出来ん。牽制の意味を含めて連中の機械仕掛けの使い魔を叩き落とし、奴等の眼耳を潰して機会を待つしか、なかろうな……」
深緑色の甲冑を着たシルヴィはそう返答してから、手を挙げて地上に待機する飛竜種へ合図する。その動きを認めた飛竜種が鋭い牙の並ぶ口を開き、猛々しく咆哮を上げながら翼を広げて羽ばたいて、地上から空に向かって跳ね上がるように飛び立つ。直ぐにその後から矮竜種のサラマンダーやワイバーン達が続き、空を覆うような勢いで広がりながら追従していく。
「空を飛ぶ者は全て叩き落とせっ!! 我々の領地を許可無く動き回る奴等は、情け容赦を与えず葬り去れっ!!」
彼女の叫びに応じるように上空を旋回しながら雄叫びを上げ、青い鱗の飛竜種は配下のサラマンダーやワイバーンを従えながらグングンと加速し、やがて空の彼方へと消えていった。
……時を同じくするその頃、単独で空を駆るファルムの姿が在った。彼女はいつもの妖艶な姿とは似ても似つかぬ竜の身体へと変化し、緩やかに伸びた一対の角の先から白い雲を引く程の速さで空を飛びつつ、夕焼けに染まった地平線に向かって飛び続けていた。
(……キクチ達は、既に地上へ向かったかしら)
菊地一尉を見送った彼女はその後、自らの集落に戻り居住地の場所を移すよう指示を出してから街に戻り、山積みに溜まっていた統治に関する煩雑な執務に没頭した。
彼女は地位を維持しながら自由に動き回れる事への代償として、一切の政治的な活動を一人で行っていた。同様の地位に在るシルフィード達の大半は、彼女と違い面倒な政事は他者に委ね、勝手気儘に振る舞っている。しかし、それは自分の手の内を他人に託すも同然であり、ファルムにとっては【愚かの極み】でしかなかった。
そうして領事館で丸一日費やし全ての執務を終えたファルムは、館の管理を司る老練な執事に「暫し離れるがいつもと同じ手筈通り」とだけ伝え、留守を託すと館を後にしたのだ。
そうして我が身の自由を確保したファルムは、人目を憚りながら街を出ると、遮る物の無い大空へと飛び立った。
だが、ワイバーンやサラマンダーといった矮竜種は言うに及ばす、更には強壮な飛竜種と比較しても重厚な体躯を誇り、しかし航空力学的見地からすれば飛行に適しているとは言い難い姿である。だが、一度空へと飛び立てば、彼女より速く飛べる飛竜種は皆無である。
突如、林の真ん中から空へと舞い上がったファルムはそのまま宙で停まり、僅かな時間が過ぎると同時に階段を駆け上がるような速さで上昇し、あっという間に雲を抜けて茜色に染まる雲海を切り裂くように飛んでいった。




