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⑤目覚めたら別の身体



 義体化手術、と聞いて普通はどんな連想をするだろう。


 沢山の管を付けられたり、痛みに耐えながら次々と切り離される自分の肉体に別れを感じたり……まあ、予備知識が無ければ、そんなものだ。


 そもそも、人間が人間である為に必要な「臓器」は何か。


 脳、生殖器、後は……何だ? 肉体を機械に置き換えた時、それは人間としての存在を否定する事にはならないだろう。義手や義眼(現在の技術では実際の視力を補える)は当然として、内臓や骨格とて人間性を損なう事にはならない。では、今の俺は……果たしてどれだけ人間として自らを証明出来るのか。


 ……しかし今、手元に……いや違うな、()()()に残されているのは1.5キロの脳髄と、僅かなリンパ節。たったこれだけが、今現在の俺の証かと思えば……随分と小さく軽くなったものだ。



 呆気ない程、簡略化された同意書の束にサインを済ませ、全身麻酔の後に施された義体化手術が終わった後、俺はそんな事をつらつらと考えていた。何せ全身麻酔が効き始めたと思ったら、即座に意識を取り戻し、こうして退屈しのぎに余計な考え事をしているのだ。実感も何もないのだから、仕方ない。夜寝て朝目覚めたら【巨大な虫】になった奴が主人公の小説が昔有ったらしいが、今の俺も大して違いはないだろう。





 「……はい、お疲れ様でした。身体に違和感はありませんか?」


 義体化手術担当の医務技官がモニターを見ながら尋ねてくる。


 「いや、特に……ああ、一ヶ所だけ奇妙な感じがする」


 俺は施術用のストレッチャーに横たわったまま、天井を眺めながら答えた。


 「……眼が、良くなり過ぎて、天井の凹凸が人の顔みたいに見える」


 医務技官がちらりと天井を眺めながら、気のせいですよと素っ気なく言った。冗談の通じない奴だな。


 「暫くの間は拒絶反応を抑える為に点滴を入れますが、予め投与されたナノマシンが定着すれば、直ぐ外せます。本来有るべき神経反応をナノマシンで打ち消せれば、至って普通に暮らせますからご心配なく」


 「専用の流動食とかは必要ないのか?」


 緩やかに手を握り締めたり放したりしながら、何とはなしに聞いてみると、必要ないです、とまた同じような反応。俺は思わず溜め息を洩らした。


 「今日はゆっくり横になって居てください。明日から義体と脳のシンクロ率を上げるリハビリを始めますが、それも余り必要ないかもしれません」


 そりゃありがたい、と呟くと彼はそれはそうでしょう、と前置きしてから、


 「菊地一尉は義体との適合率が極めて高いんです。時々現れるんですよ、過去に義体化されていたみたいに馴染み易い方がね」


 そう締め括り、俺の身体からケーブルで繋がれた端子を次々と外し、また来ますからそれまではくれぐれも安静に……、と釘を刺してから部屋を出ていった。




 【……イチイ! カズン、来た!】


 彼が出て行った後は話し相手も居ない為、特にする事も無いので枕元のモニターを操作し、退屈しのぎで娯楽動画を眺めていると、基地の作業用服を着たカズンが部屋へとやって来た。


 「やあ、一週間ぶりだな……少し背が伸びたか?」


 【……伸びた? ……判らない】


 背が伸びた、と言う言葉の意味が判らないのか、自分の身長が伸びたか判らないのか判然としないまま、カズンは俺のベッドの脇に置かれた椅子に腰掛け、足をぶらぶらさせながら室内を眺めてから切り出した。


 【カズン……サラマンド、倒す……イチイ、助ける……先、良かった?】


 たどたどしく喋りながら、椅子の上で膝を揃えて両腕で抱き、自分の膝頭に顔を押し付けて、俺の顔を見る。


 「いや、あれで良かったんだよ。下手に俺を助けようとしてアイツの好きにさせていたら……仲良く二人とも殺されていただろう」


 ベッドに横たわりながら俺が答えると、小首を傾けてホッとしたような表情になり、


 【……イチイ、優しい。カズン、判らない、多い。イチイ、教える、カズン……嬉しい】


 そう言うと爪先をひこひこと左右別々に動かしながら、もう一度だけ、カズン、嬉しい……と繰り返した。


 「……俺は確かに負傷……いや、サラマンダーに殺されかけた。だが……今はこうして生きている。だから、次は奴等に好き勝手なんか絶対に、させん」


 俺はカズンに安心させたくてそう言うと、右手を上げて一瞬考えてから、掌をカズンの頭にそっと載せ、


 「だから……ありがとう。あの時、助けてくれなけりゃあ、今頃は奴の腹の中だった」


 そう言いながら、カズンの絹のような柔らかい髪の毛を撫でてやる。義体化された俺の掌がカズンの頭を撫でる度に、さらさらと銀色の髪が揺れ動き、華奢な肩に掛かる。


 【……ありがとう、嬉しい、カズン、同じ……】


 眼を瞑りながら頭を撫でられていたカズンは、そう言うと目を細めてにこりと笑い、でも! と少しだけ大きな声で言いながら、


 【イチイ! からだ、大丈夫? サラマンド、イチイ、身体、すごい叩いた!!】


 ……今までの経緯を知らないのか、まるで俺が死にかけていたかのように手でペタペタと肩や腕を触ってから、


 【……? イチイ、からだ、かたい……?】


 やっと義体化された事を確認し、目を丸くしながら信じられない、と言わんばかりの表情になった……やれやれ、気付くのが遅かないか?





 

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