⑫敵地
「あそこの集落は、私の郷里なの」
俺は走り出した荷車の上にファルムと並んで座り、流れていく景色を眺めていると、彼女が口を開いた。
「……【竜帝】に仕えるシルフィードは、その恩恵で自分が生まれた土地を領地として、与えられるわ……表向きはね」
「……表向きは、と言うのは随分と穏やかじゃないな。実際はそうじゃないのか」
俺の問いにファルムは寂しげに微笑んでから、静かに答える。
「自分の生まれた土地を領地にするとね……そこを人質にされたも同然なのよ。租税を正直に献上しないと罰せられ、領地を剥奪される。だから……隠れ里に血縁者を住まわせて、秘密にしてた訳」
「……だから、貴方が里に来たのも直ぐに判ったわ。一番最初に出会ったキャルは、私の姪よ。もっとも貴方が考えるより、彼女はずーっと年長だけど」
そこまで話しつつ、この先は私の正式な領地だから、貴方の姿は目立たない方が良いのと言い、手にした手綱を緩めて荷車の速度を落とした。
「……さ、ここから先は私の本当の領地よ。だから監視の眼も厳しくて……」
「互いに見張らせて内乱を防ぐ、って事か。【竜帝】ってのは身内を信用していないんだな」
荷車から降りて林の中に隠した俺達は、徒歩で白い壁に覆われた建物が並ぶ街に向かって歩き始めた。その道中で、再びファルムの話を聞く。
「信用ね……確かにそうよ。全ての元凶はシャランにあるわ。彼女は【竜帝】に、自分の郷里のシルヴィ達を引き連れて異界の人間を配下にする、って豪語したのよ。双方の真意はともかく、ね」
……また、シャランか。全く……良く出る名前だな。
ファルム曰く【竜帝】とシャランは賭けをしたらしい。現地人とシルヴィ達だけで飛竜種の侵攻を防げれば、賭けはシャランの勝ちになる。つまり……
「……くそっ! つまり、飛竜種共はシャランが率いたシルヴィ達を追って来たんじゃなくて、予め人間とシルヴィが結託するのを見越して、わざと飛竜種に襲わせたって事かよ……」
「……ご明察。シャランはきっと、シルヴィと人間の絆が深まるのを計算し、時期を見て侵攻するよう転移前に願い出ていたのかもね」
……信じていた筈の物が、ガラガラと音を立てて崩れていくような……そんな気分だ。亜紀は……彼女は、そんなくだらん計略の末に命を落としたのか? そんな理由で……街と共に焼き尽くされたのか。そんな理由じゃあ、亜紀も浮かばれんぞ……ふざけるな!!
……しかし、だからと言って今、怒りに狂って飛竜種を殺し回っても、何も解決しそうに無い。落ち着いて、対策を練るべきか……。
「……【竜帝】も憎いが、シャランの目論みを見抜けなかった俺達は……笑い種としか思えん……だが、シャランは賭けに勝って、何を得たと言うんだ」
「そうね……私達には到底手の届かない卓越した技術と、復讐に燃える数多の戦士を手に入れて……もし、シャランが【竜帝】の玉座を欲しがっているなら、答えは判るでしょ?」
「……最終戦争か……そう考えれば、全てが一致するな」
異世界からやって来たシルヴィ達、追い掛けてきた飛竜種……シルヴィ達を率いたシャラン。俺達、人間は一部分だけを見て、全てを悟ったように勘違いしていたが、現れた順番と意味を組み換えれば……
「そう、単純な逃避行と追撃の物語も……裏から見れば、全て仕組まれた茶番劇だったのよ」
ファルムにハッキリと断言され、冷めかけた俺の頭は再び怒りで熱くなる……彼女に対してではなく、俺達の世界と……その住人を手玉に取って弄んだシャランに対して、そして奴と共謀した【竜帝】への怒りで……。
「私はね、飛竜種の先遣隊として貴方達の世界に足を踏み入れたわ。最初の内は、シルヴィの逃亡先を調べる為に……でも、そこで眼にしたのは……私達の世界とは較べ物にならない程、豊かな物資に満ち溢れた環境と、そこで暮らすシルヴィ達だったわ。そして、カズンの放つ魔力を辿って、貴方に巡り会ったの」
そこまで話し終えたファルムは、街の入り口に到着すると俺に向かって念押しする。
「さて……ここからは何があっても絶対に自分から喋らないで。貴方は私が異世界で雇った護衛、って事にしておきましょう。だから、何か聞かれても無言のまま、私に振って頂戴。判ったかしら?」
俺は無言のまま頷き、彼女の斜め後ろに位置して歩き出した。
「……驚いたな。もう少し……こう、何と言うか……」
「ふふ、原始的だって仰有いたいんじゃない?」
俺の呟きに短く笑いながら、ファルムが眼を細めながら問い掛ける。
街に並ぶ建物の外観は西洋のやや歴史を帯びた町並みに近く、足元も平らに均された石畳で歩き易い。無論、行き交う人々の纏う衣服もみすぼらしさの欠片も無く、ファルムの集落で見たキャルやチャロ達のような格好等、一切見当たらない。建物の窓も綺麗なガラスが収まっていて、異世界を彷彿させるのは通りを歩く様々な見たこともない人種(シルヴィ達に混ざり不可思議な様相の者も居る)位だ。
「まあ、当然と言えば当然なのよ。噂では【竜帝】が様々な世界から持ち込んだ文化を広めたらしいから……」
ファルムの言葉を裏打ちするように、町並みの其処此処に見受けられる建築様式は、現代建築に近い構造もある。屋根から雨を流す銅製の雨樋が側溝に導かれるなんて、元居た環境の建造物にそっくりだ……。
「それに繋げるべき異世界も、既知の場所で無いと繋げようがないでしょう? これは憶測だけど……過去にこの世界と、貴方が居た世界とは何度か【次元門】を経由して、誰かが行き来した事があるかもしれないわね」
そんな説明を受けながら、俺はファルムの後ろに付いて行きながら街の風景に眼を奪われつつ、義体の作動可能時間を確認する。バッテリー残量は……四日が限度か。
「……で、何処に連れて行くつもりだ?」
先を歩くファルムと並び、小さな声で尋ねてみる。と、彼女から返ってきた答えは……俺の心境を読んでいたのかと疑いたくなるものだった。
「この街の外れに在る……飛竜種の《駐屯地》よ」




