⑩土着のシルヴィ
(撃墜されて三時間経ったか……まあ、カズンが怒り狂ってないといいが)
俺はそんな事を考えながら、義体に纏わり付くちびシルヴィの頭を撫で回してから、空を見上げてみる。雲一つない青空が広がり、時折鳥が羽ばたいて飛んでいく景色は平和そのものだ。勿論、救援機の姿は見当たらない。
機体と共に持ち帰る筈のデータ記録も失ったが、地下要塞の情報はある程度副電脳に記録してある。帰還さえ出来れば今後の方針を決める為に必要な情報なんだが……帰れなければ意味はない。
それにしても俺にくっついて離れようとしないチビは、まるで無邪気な猫のようにじゃれついてくる。だが、その身体は細く華奢で、乱暴に扱うと折れてしまいそうだ。
片手の先に両手で掴まらせ、プラプラと振り回すだけでも楽しいらしく、キャッキャッと喜び叫ぶから面白くなってくる。ただ、昔よく「小さい子は関節が外れやすい」と言われたのを思い出し、どう持てば安全かと考えて、手が止まる。するとチビがこちらの顔を見上げながら話し掛けてきた。
【ジャミヤミ! ……ブーフ、ブーフ!!】
うむぅ……たまに口を開けば、全く翻訳されない意味不明な言葉しか話さない。コイツの喋っているのは、本当にカズン達と同じ言葉なんだろうか?
【キクチ! チャロ! チャロ!!】
……ただ、俺の事は菊地なんだと理解出来たのか、手を引いたり背中を押そうとする時に名前を呼びながらキャッキャと楽しそうに笑う。その屈託無い笑顔を見ていると、この場所が敵地だと言う事を忘れてしまいそうになる。
と、後ろに誰か立っているのが見え(後頭部にも視野カメラが有る)、それが最初に会ったシルヴィだと気付く。
【チャロ! キクチ、イゴカナイ】
……ネット環境から離れると、コミュニケーション・アクセの通訳機能は彼女らの強い訛りに対応出来ず、完全には翻訳しない。しかし、繰り返される単語を聞いている内に、目の前のチビの名前がチャロらしい事も判ってきた。
【キャル、キクチ、ブーフ!】
【……ブーフ……キクチ、イクナクナイ……】
どうやら、チャロは俺をブーフ(何の意味だか判らん)に誘っていて、彼女はそれに気乗りしないようだ。
「……キャル?」
俺は何となく彼女を指差しながら、そう発音してみると……ハッとした表情になり、
【……キャル、キャル……】
俺の真似からか、自分を指差しながら繰り返している。この娘は、キャルって名前なのか。やれやれ、名前だけでも判れば上出来だが……コミュニケーション・アクセを持たないシルヴィとの会話ってのは、随分と大変なんだな。
【……キクチ、ブーフ、ブーフ……イクナク?】
と、キャルがこちらの顔色を窺いながら、ブーフを繰り返す。何となく判ったような気がしてきたので、
「……ブーフは、食べるって意味か?」
そう話しながら口元に手を当てて顎を開け閉めすると、キャルは嬉しそうに微笑みながら、
【ブーフ! キクチ、ブーフ!】
そうだと言わんばかりの仕草で俺の真似をし、俺の手を引いて住居へと連れて行こうとする。
「あー、判った判ったって……でも、俺は別に食わんでも直ぐには……まあ、いいか」
まだ義体稼動用バッテリーも残量は問題ないし、生体維持用の栄養分も減っていない。最近は通常食を摂取せずに義体用の栄養パックを採るようにしていたのが幸いするとは、思ってもいなかったが。
手を引かれるまま住居らしき屋根の下に入ると……いや、これは縦穴式住居に近いな。細い丸太を組み合わせた屋根の梁が地面に直接差し込まれ、杭で固定されている。その下は掘られて窪み、真ん中に囲炉裏のような石が置かれて灰が溜まっている。
【キクチ、ブーフ……イルフン】
……そう言いながらキャルは石組みの真ん中に丸い鍋を載せ、小屋の隅に積まれた薪を灰の上に置くと、手を擦り合わせながら鋭い目付きで睨み、
【……マド……ッ!!】
……おっ!? 火が点いた!!
突然薪から立ち上った煙に俺が驚くと、はにかみながら鍋の中に穀物の粒をサラサラと入れ、蓋代わりの木皿を載せた。
「いや……やっぱりシルヴィは誰でも魔導が使えるんだなぁ」
感嘆しながら彼女の所作を眺めていると、俺の言葉に反応したキャルの声が、やっと翻訳され始めたのか意味を成してくる。
【キクチ、マド……ツカウ?】
そう問われて、突き上げた手先を顔の前で左右に振ると、キャルは何故かホッとした表情になった。俺が魔導を使えない事でどうと言うんだろうか?
そうこうしているうちに、鍋の隙間から湯気が立ち始め、キャルが蓋を開けて木匙で中身をかき回した。
……ドロッとした中身に、キャルは特に何も加えずそのまま椀に掬い入れて、俺に手渡した。ほかほかと湯気が昇る椀からは、火の通った穀物特有の香ばしい薫りは……薄い。
共に差し出された木匙で掬い、一口だけ含む。
……味は、無い。いや、有るには有るんだが、米や小麦みたいな炭水化物みたいな甘味に繋がる要素が薄くて……感じは大豆のオカラに近いか。これは、空腹を紛らわせる程度の食べ物だ……。さっきキャルがイルフンと言っていたし、確かカズンが過去に「イルフンばかり食べてた」と言ってたのは、これの事なのか。
二口目を躊躇していると、いつの間にかチャロが俺の横にやって来て、物欲しげな眼差しで手元の椀を眺めていた。
「……チャロ、食うか?」
何気無く木匙に載せて差し出してみると、キャルと俺の顔を交互に見て暫くした後、不意に泣き出してしまった。
【びいいいぃ~!! チャロ、イルガンガイ!!】
また判らない言葉で喚きつつ、首を振って泣き続けるものだから、俺は両手に木匙と椀を持ったままオロオロしてしまう……。
【……チャロ、ブーフ……イクナク】
キャルがしゃがみながらチャロに語りながら、俺の手から椀と木匙を受け取って差し出すと、
【……キクチ……チャロ、ブーフ?】
チャロは両手に木匙と椀を持ったまま、俺に聞いてくる。
「ああ、チャロがブーフしていいよ」
言葉と身振りを交えながらチャロに伝えると、
【アイ! チャロ、ブーフ!!】
待ってましたとばかりに元気良く答え、木匙で掬って口へと運び始めた。身体の小さなチャロが美味しそうに食べる姿を眺めていると、視線の先に居たキャルと目が合ったので、
「気にしなくていいよ、俺は腹は空いてなかったからな」
そう告げると困ったように眉を下げたキャルは、仕方なさそうに苦笑いしてから何か言おうとしたが、小屋の中にやって来た人物の言葉に遮られた。
「……撃墜された異界人が居ると聞いてやってきたけど、まさかあなただったとはね……」
白いドレスに身を包んだ、黒髪のファルムはそう言いながら小屋の入り口から中へと踏み入ると、俺に向かって近付いて来た。




