③強行発進
その機体は確かに格納庫の片隅に有った。何時でも動かせるように動力供給パイプが接続されたまま、しかしカバーの上に埃をうっすらと被ったまま、佇むように放置されていた。
「……操作盤は……これか?」
俺は大きなカバーの下に潜り込み、パネルを見つけるとメモに書かれたパスワードを入力してみる。
【 ※※※※※※※※※※※※※※※RT35 】
最後の数字を入力し、エンターを押す。
鈍い駆動音が鳴り始め、待機状態から即応状態に移行した事を画面を通じて理解した後、緑色のカバーが外せるようにロープを解いた。
「……すげぇ、本物の陸戦兵器って感じだな……」
三国が感嘆しながら機体の表面に手を触れて、突き出した105ミリ滑空ライフルの砲身の中を覗き込む。
【20式全身義体化兵士専用強化骨格】と銘打たれた四足歩行戦車タイプの兵装は、防衛軍所有の兵器の中でも異端の部類と言える。まず、乗り込める乗員を全身義体化兵士に限定した為、機内に操縦盤が存在しない。全ての操作はフライバイワイヤー(電子制御操縦)方式で行い、操縦する兵士の為の空間は、シリンダー状の装甲筒内のみ。そして、この巨大な四足歩行戦車を運搬する飛行キャリアも、内部に乗り込んだまま操縦出来る。反面、生身の兵士はどちらも操縦出来ないのだ。
「……さ、流石にこの狭さは……キツいな」
俺が背部に取り付けられたハッチを開けて中を覗いてみたが……これ、どうやって出るんだよ? 真っ直ぐ空いた穴の中に、足からすっぽり収まるのはいいが……あ、そうか。ハッチの横にワイヤーが有るから、出る時はそれを掴んで引っ張られて出る仕様か? ……故障したら、機体と心中するしかないのかよ……。
「菊地! キャリアには乗れる場所が有るみてぇだけど、乗ってても平気なのか?」
「ああ、そこに居てくれ……たぶん整備兵か随伴歩兵が乗り込むスペースがある筈だからな」
【キクチ!! 早く行こう! イデア飽きた!!】
三国との会話にイデアが割り込む。ちゃんと乗り込めたのか確認する為に、キャリア内の機内カメラを起動させると、手狭な空間に三人が……って、三国は何処に行った?
「おおお! これ、旋回銃座じゃねーか? すげぇ!!」
「……お前は遠足前の小学生か? もう少し落ち着いてろよ……」
カメラで探すと、キャリア後部の二連装機銃操作盤に座って興奮気味に操作する三国が居た。はしゃぐ姿に苦笑しながら計器をチェックし、格納庫の中を接地タイヤのみで進ませる。
【……管制官、離陸許可乞う。こちらは試験大隊所属・菊原一尉……】
【……っ? 試験大隊……!? ……あ、ああ……今ハッチを開ける……暫し待機せよ】
うーん、所属詐称に無許可貸し出しか……チクリと良心が痛むが、緊急事態だ。まあ、良かろう?
そのまま滑走路に向かう通路を進み、大型エレベータの中に進入してキャリアを停止させる。無線の向こう側で随伴機が居ないとか色々騒々しいが、知ったことか。
「イチイ! これ、後ろに置いといていい?」
カズンがいつの間に運び込んだのか、やたら膨らんだ背嚢を持ち上げてカメラに向かってアピールしてくる。
【おいキクチ!! ……お前の分もあるぞ、し、心配すんな?】
あー、お優しい事で……イデアも似たようなカバンをグイグイとカメラに押し付けながら、珍しく真顔でご申告。四足歩行戦車に乗ったままの俺は食えんがな。
「イデア、ありがとうな」
気持ちだけ受け取る事にしてカメラ越しに答えてやると、ビクッと身体を浮かせてからふおっ!? と妙な声を出してカメラの視界から姿を消した。……相変わらず変な奴だな。
ガタンという振動と共にエレベータ天井の回転赤色燈が回り始め、ゆっくりとキャリアが上昇していく。その間もカズンとイデアの二人はモシャモシャと何かを口にして、燃料補給に余念が無い。
僅かな震動を伴いながら地上発着口にエレベータが到着し、掩体壕の内部をキャリアに進ませて外に出た。
「菊地、外の様子はどうだ?」
「今見てみる……異常無しって所か? 上空に敵影も見当たらん」
キャリアや四足歩行戦車の監視カメラをぐるぐると回し、四方を見回してみるが飛竜種の姿は無いようだ。但し、空に揚がってからの保証は無いだろう。
【……管制官、こちらビッグバード……離陸する】
【……ビッグバード、離陸を許可する……随伴機は出せないぞ、それでも構わないか】
【……管制官、お気遣い有り難う……しかし、行かなきゃならんので、失礼します……】
暫しの沈黙の後、別の管制官が無線で答える。
【……ビッグバード搭乗員及び、シルヴィのお二方、武運長久を祈る……それとガトーショコラは先に食べた方がいいですよ、溶けるのがはやいですからね】
……何だよ、お前ら管制官から差し入れ貰ってたのかよ!? こっちの偽装も最初からバレてたんじゃねぇか……。
「あのなぁ……二人とも物を貰ったら報告しろよ……あー、管制官へ……二人を代表して感謝する。こいつら甘いモノには目が無いから喜んでいる」
俺が管制官に礼を言うと、向こうもクスクスと笑いながら、
【……いや、こちらこそ失礼した……シルヴィさん方に十分なおもてなしも出来ず、申し訳なかった……基地管制官を代表してお詫びさせてもらう……】
【……カズンさんとイデアさんの好みは判らなかったので、お勧めスィート詰め合わせって感じにしてあります……いっぺんに食べたら勿体ないですからね?】
男女それぞれの管制官二人の言葉に、俺は感謝すると同時に気を引き締めた。地下要塞も何時まで安全なのか、判らない状況だ……それに【飛龍・改二】が目指す空域に定置しているか、まだ判らん。
俺は手を振る代わりに旋回銃座をぐるぐると回しながら、管制官に別れを告げた。
【……ビッグバード、離陸する】
キャリアの機体下部ノズルを点火し、草原の只中からキャリアを浮上させて徐々に高度を上げ、甲高い噴射音を発して空へと飛び立った。




