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④予期せぬ会敵



 「くそっ……何でセンサーが反応しないんだ!?」


 俺はカズンの前に立ちながらホルスターに戻していたハンドガンを抜き、安全装置を外しつつ意識を集中し防衛システム端末にアクセスする。


 【レッドアラートッ!! 掩体壕出入口にサラマンダーが居やがる!! 直ぐにチェーンガンで射て!!】


 《……サラマンダーですか? こちらのセンサーには何も反応していませんが……》


 A.I.搭載の防衛システム端末が俺の言葉に反応し、オペレーターの役割を担いながら瞬時に複数のカメラアイを操作。目標を探知しようと上空や地表に向けてレンズを向けているようだが……肝心のサラマンダーを見つけられない。変温動物の特徴を持った飛竜種は時折、レーダーはおろか光学機器ですら認識出来なくなる事がある。詳細は不明だが……こんな時に勘弁してくれ……!!


 そんな心中に反するように、少し離れた場所でサラマンダーがバフッ、と鼻から白い息を吹きながら首を伸ばして頭を振り、俺とカズンの姿を確認すると手足を縮めて跳躍の態勢を取るが……させるか!!


 ……ダダダダダッ!! と射撃管制プログラムを介して手の中のハンドガンを一弾倉全て連射し、発射した全ての銃弾が顔面に直撃する。超音速で飛ぶ空戦時にも使うのだから、立ち止まって射てば外す事は無い。


 着弾と同時に激しく発光する閃光弾で牽制し、空の弾倉を捨てて新しい弾倉を装填しながら、俺は背後のカズンに早く掩体壕まで走れ、と言うつもりで振り向いたが……その瞬間、強烈な衝撃と共に身体が宙を舞い、激しくバウンドしながら地面に落ち、掩体壕の入り口まで転がった。




 (……あ、あああぁ……)


 ……声が出ない。喉の奥から熱い物が込み上げてきて、気付けば血の塊を嘔吐した。咳き込みながら顔を上げようとしたが、肩から背中にかけて猛烈な痛みを感じ、眼を潰されたサラマンダーの長い尻尾の一撃が直撃し、骨も肉も纏めて砕かれたのだと理解した。


 自分の血の中に横たわりながら、カズンの姿を見ようとするが、内臓にもダメージが有ったのか、身体が自由に動かない。


 ああ、このまま……死ぬのか。いや、死ぬなら……せめて……カズンだけでも、逃がさねば……


 そう願いながら、苦労しつつ何とか寝返り出来たその時、視界の隅にカズンの姿を認められた。だが、逃げて欲しいと思う俺の心とは裏腹に、彼女はゆっくり近付くサラマンダーと向き合ったのだ。


 【……カズン! イチイ、みんな……守る!!】


 銀色の髪をふわりと舞わせながら、カズンはそう呟くと右手首を左手で掴んで頭上に掲げ、ゆっくりと下ろしながら前へと突き出す。


 と、同時に目眩ましから回復したサラマンダーが頭を振りながら態勢を立て直し、ギリギリと音がしそうな程に肋骨を限界まで膨らませ、一気に吐き出して咆哮しようとしたその時!!


 【……サラマンド……倒すッ!!】


 叫び声と共にカズンの周囲の大気が冷却され、白い水蒸気になると同時にサラマンダー目掛けて突進していく。その白い旋風を当てられたサラマンダーは一瞬だけ動きを止めたが、再び膨らませた肋骨を絞り切るようにしながら口を開く。しかし、その口で発せられる筈の叫び声は、大気を震わせる事は無かった。


 ……ギチリッ、と巨大な氷塊が軋むような音が響き、真っ白く霜が付いた胸部に細かい皺のようなヒビが走る。と、思った瞬間、あっという間に霜に覆われたサラマンダーの首が途中からぼきりと折れ、そのまま身体を横倒しにして崩れ伏した。


 俺はサラマンダーの脅威が去ったと悟り、ふっと気が弛むと同時に全身を猛烈な痛みが駆け巡り、声にならない叫びを喉から絞り出した。


 【……イチイ! 生きてる!? ……よかった……】


 俺の異常に気付いたカズンが駆け寄ると、その背後の掩体壕から基地の兵士達が地上に現れ、負傷した俺の身体を運ぶ為、ストレッチャーに載せた。俺は彼等が様々な計器やカテーテルを刺しながら傷の様子を確認するのを見ているうちに、鎮痛剤が効いてきたのか少しづつ意識が薄らいでいく。そんな様子を傍らで見ていたカズンだったが、俺が一命を取り留めた事を理解し、ホッとした表情になった。



 俺は思わぬ機会にカズンの実力を確かめられたが、それでも肝心な事が気になり、意識が完全に途切れる前に苦心しながら聞いてみた。


 「……なあ、カズン……今の奴、何回位出来るんだ?」


 半身を傾けながらサラマンダーの死体を凝視していたカズンが、俺の問いに気付くと歩きながら下唇の辺りに人差し指を当てながら中空を凝視し、ブツブツと何か呟いた後、


 【……判らない! でも、沢山、ムリ!!】


 何故か元気よくハッキリと宣言した。一回以上、沢山未満かよ……やれやれ。頼りになるのか判らんが……本当に使えるってのだけは確かなようだ。しかし、こんな状況で確認する羽目になるとは……思わなかった。


 やがて、俺の意識はだんだん希薄になり……心拍数を示す確かな音を聴きながら……眠った。







 それから俺とカズンは別々に隔離され、飛竜種から未知の病原体に感染させられていないか等、徹底的に検査されたのだが……カズンの担当になった女性士官達の喜びようと言ったら……



 【イチイ! イチイ!! カズン……何かされる!?】

 「いやあぁ~ん! スゴい!! スベスベよスベスベ!!」

 「モッチモチよ! ホッペもモチモチ!!」


 ……隣の病室で何してんだよ、全く……。





 俺は【脊髄損傷・頸椎挫傷・肋骨骨折・内出血】の瀕死の状態だったが、有難い事に複製臓器の空きが有り、丸ごと交換出来たお陰で丸一日の手術と六日間の免疫対処治療だけで済んだ。半世紀前なら死んで当然だったが、科学の進歩は日進月歩と言った所だろう。



 「……で、カズンちゃんとは上手くやれそうなの?」


 約一週間の集中治療室暮らしを経て、一般病棟へと移った俺は、新たに医務官として赴任してきた義妹の波瑠(はる)に尋ねられ、問題は無いさと答えた。


 「ふーん、それならいいけど……」


 姉とは違うスレンダーな肢体を白衣に包み、波瑠は医務室の低い椅子の上で腰掛けたまま足を組み直した。


 髪も短目で俺と大して背丈も変わらぬ彼女は、保母だった姉とは違い医師としてエリートコースを歩む筈だったが、飛竜種の襲来と共に人生を大きく転換させられた。今は様々な軍隊に派遣されては短期の心療内科医として携わっている。


 「なあ、波瑠……俺は変わったか?」


 電子カルテに書き込みながらタッチペンを回していた波瑠に、俺は尋ねてみる。


 「……義兄さんが? うーん、そうね……別に変わってないと思うけど」


 波瑠はそう答えると、回していたタッチペンで再びカルテに何か書き込み、パタンと電子カルテを閉じた。


 「……ただ、前より殺気立ってはいないわね。前は……もっと、険しい顔をしていたかも」


 正直な返答に苦笑いしつつ、俺は心に決めていた肝心な事を切り出した。




 「……前に聞いた【戦闘機仕様全身義体】ってのは、志願制だったよな?」


 その質問に穏やかだった波瑠の表情は強張り、落ち着いた雰囲気が消え失せると同時に事務的な冷たい声で、


 「……義兄さん、本気なのね……じゃあ、止めても聞かないか」


 とだけ言い、電子カルテを再び広げ、大きく一つ、溜め息を吐いた。




 




 

 

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