⑬何も無い日々
その変化に俺達が気付くまで、少し時間が必要だった。一日に三回、朝昼夕方の警戒偵察を行っていたが、その三回が空振りに終わる日々が幾日か続き、やがて一週間が経過した。
防衛軍が使用する偵察ドローンは三種類有り、有人機に匹敵する索敵能力(だが機械なので度々飛竜種を見逃す事もある)を持った鈍足の大型ドローン、索敵能力は大型に劣るが小回りの効く利点を生かし、滞空時間の長さと共に重要な役割を担う中型ドローン、そして滞空時間は短いが大量に散布出来る小型ドローンの三種類である。
これらの警戒用ドローンを使い、防衛軍は人的不足を解消してきた。空戦が行える戦闘機で警戒偵察が行えない範囲も補え、更に昼夜を問わぬ機械ならではの滞空時間で、飛竜種を牽制出来たのだが……
【 該当空域・飛竜種は見当たりません 】
偵察結果が表示されたマッピング画面を眺めながら、俺と佐々木艦長、そして青燕や待機していた偵察部隊の数人が不審げな表情を浮かべる。
「おかしいだろ……もう一週間、会敵していないってのは」
「……過去に、例の無い状況ですね」
俺の訝しげな言葉に、同様のトーンで佐々木艦長が応じる。二人のやり取りに周囲からも同意の呟きが漏れる。
一年近く、飛竜種とやり合ってきた俺達だが、奴等が機械ではなく生物だからこそ、幾つかのパターンを元に作戦を立ててこれたのだ。
その幾つかの前例に【飛竜種は餌を求めて地上を目指す】事が有った。次元の門として機能している【黒点】を抜けて現れた飛竜種は、地上に向かって飛翔する。そして、餌になる生物を発見出来れば、それを捕食するのだが、つまり……現れれば、必ず地上を目指して到来するのだ。
本土に設置されたセンシング設備と、様々な光学機器で抜け目無く監視を続ける防空施設を重要施設周辺に配し、防衛軍は飛竜種に対応している。しかし、その防空施設からの返答も同じだった。
【 該当空域・飛竜種は見当たりません 】
海岸線に配置された観測所、そして大型ドローンを隈無く飛ばして警戒に当たっている電子化防衛システム師団も、やはり索敵に掛かる飛竜種は皆無だと返答してきたのだ。
「こんな事は、大陸でもあったのか?」
【……いえ、私が配属された部隊で、一週間以上会敵しなかった事は記憶に有りませんね】
青燕に尋ねてみたが、返ってきた答えは同じだった。
この際だ、ついでに三国にも聞いてみるとしよう。俺はそう思い、音声通信回線を介し、秘匿コード抜きで【鶴龍・改二】の三国を呼び出した。
【……ん、ああ……んん? あ、なんだ菊地か……くそっ、何だよ、何か用か?】
【……クソは余計だろ、俺だよ菊地だよ、悪かったな急に呼び出して】
暫く振りに聞く三国の声は眠そうだったが、俺はわざと空気を読まずにそのまま会話を続ける事にした。
【……はぁ。コッチはソッチよりパイロットの数が少ねぇんだよ。そのせいで休みも寝る時間も自由時間も……まあ、いいや】
俺が急に黙った事を気にし始めた佐々木艦長に、ハンドサインで通話中だと告げながら部屋の端に行き、会話を続ける。
【それで……何の用だよ、私の顔が拝みたくなったのか?】
相変わらず不機嫌そうな声だったが、気を取り直してくれたようでいつもの口調に戻った三国に、
【……いや、まあ……そのうちな。で、話なんだが……】
そう切り出した俺に、三国は多少落胆した様子で、
【何だよ……そんな事いちいち聞く為に通話してきたのかよ? つまんねぇ奴だな! ……ま、まあ……今度、面貸して貰えば……埋め合わせになっから、いいけどよ……】
と、柄にも無く歯切れの悪い口調でブツブツ呟いていたが、
【ああ、休みが合えばいつでも構わんが……何の買い出しだ】
【……えっ? あ、ああ……そそそそうだな! 買い物だぜっ!! 買い物な!! うんうん……で、何の話だっけ?】
取り留めの無い会話になりかねんな……本題に入るか。
【……ああ、それか。何だよ、つまんねぇ……確かにウチの空域もトカゲ共の姿は見当たらねぇぜ? それが何なんだよ】
俺の言葉につまらなそうに切り返す三国だが、俺の気分は更に沈んでいく。そりゃあ、戦闘が無くなる事は平和な事だ。だが……相手は飢えて腹を空かせた化物だ。俺達が来るな、と念じてハイそうですかと尻尾を巻くようなら……端から来やしない。
【飛竜種が来なくなるならいいが……問題は何の理由があって、来なくなったかだ】
【ああ? そんなつまんねぇモン気にしてどうなるんだっての……共喰いし尽くしてくたばっちまったからじゃねえか?】
深く考えないタイプの三国らしい明快な答えだが、そんな理由なら心配なんざしないんだよ……。
肝心な所だけ聞いて通話を切るつもりだったが、気が付けば次の休暇を付き合わされる羽目になり、上機嫌な三国に「約束を反古にしたらブチ回すからな?」と意味不明な恫喝をされながら通話を切った。
……飛竜種の居ない世界。そんなモノが実現するなら早くなって欲しいが、生憎と楽観主義者ではない。何もせずに連中が諦める筈は……有り得ん。
そんなモヤモヤとした気持ちを抱えながら、休日スケジュールの調節を組む俺は、暫く振りの自由時間を三国にぶん盗られちまうなぁと思ったもんだ。その時までは……。