⑩転換点
非番明けの次の日。
【……機体及びパイロットと乗務員の両名共に、異常無し】
俺とカズンは警戒飛行の為【紫電】に乗り、雲上を飛んで行く。
【……了解。観測された飛竜種は現在、雲下に抜けた模様……引き続き周辺空域の警戒に当たってください】
【飛龍・改ニ】との通信が終わると、機内は風を切って進む音だけになり、沈黙に包まれる。
昨日のシャランとの一件以降、防衛軍本部から叱責が来るのかと待ち構えていたが、何の連絡もなかった。どうやらシャランの独走だったようで一安心だが……それから、どうもカズンとギクシャクしている。
「……なあ、腹は空いてないか」
俺の方から声を掛けてみるが、カズンは上の空だ……返事は無い。
きっと時間が解決してくれる。以前の俺なら、そう思っただろう。だが、亜紀を喪った今は……そう思わない。次の機会がある保証は、何処にも無いのだから。
「カズン、俺は……」
そう切り出した瞬間、カズンが大きな声で叫んだ。
「……イチイッ!! ひりゅうしゅ、来る!!」
声を聞くや否や、脊髄反射に等しい速さで機体を横に向け、一切確認せずにアクセルを全開にする。
……、……ッ!! ……強大な横Gで首が捻れ曲がるのも構わず……その場を、離脱……させる。
と、ついさっきまで機体があった空間を、斜め下方から白銀の閃光が貫き、白い霞みを帯びながら消えていく。油断していたつもりは無かったが……カズンが居なかったら、直撃していた。
瞬時に俯瞰視モードへ以降し、空域全体を偵察ドローンを介してスキャンする。
……居た。
遥か下方、白く輝く波の反射が一点だけ小さく滲んで見える。その滲みが揺らいだかと思うとグングンと上昇し、やがて力強く羽ばたきながら更に加速する飛竜種が姿を現した。
「速いな……単騎か?」
「判んない……ずーっと、後、付いて来てた」
俺の呟きにカズンが反応する。俺の思惑だけが独走していたのなら、彼女には何の罪も無い。情けない話だな。
随伴する他の飛竜種は居ないようだ。余程自分に自信があるのか……孤独が好きなのか。どちらでも良い、落とせば済む話だ。
機体とリンクしながら姿勢制御のみで九十度まで機首を立てる。羽ばたきで飛翔する奴らの弱点は、連続して上昇出来ない所だ。急上昇する俺達を追おうとするが、少しづつ引き離される。
翼端から機体、そして再び翼端へと陽光の煌めきが伝い、ピタリと止まる。
その瞬間、機体を反転させて真っ逆さまに急降下していく【紫電】の機首と、再び上昇しようとする飛竜種の視線が交差する。
落下に合わせて強大な加速力を追加させながら、ぎしっと機体が軋む音と同時に身体がシートにめり込んだ。
先を制した【紫電】の三十ミリガトリングガンが火を噴き、破滅の奔流を飛竜種目掛けて叩き込み、ブレスを吐かせる暇を与えず葬り去る。
「イチイッ!! また来た!!」
カズンの叫びと共に視界の端からサラマンダーが飛び出し、次々と空域全体に拡散していく。
「飽和状態にでもするつもりか? 残弾はまだ平気だが……まあ、いいか」
次第に数を増やすサラマンダーを眺めながら、機体を捻り込ませて方向転換し、急降下して加速する前のサラマンダーを捕捉。カズンが魔導を使う前にガトリングガンを発射して撃墜する。
「……カズン、温存しておけ。援護が来るまで踏ん張らんと、死ぬぞ」
俺の声にカズンはこくんと頷き、
「カズン、温存する……とっときのビスケット、後で食べる」
……いや、そういう意味じゃないんだがな……だが、お陰で肩の力が抜けた。力み過ぎも良くないからな。
俺が親指を立てながらカズンに向かって振ると、返答代わりにニカッと笑って親指を立てた。
さて、お楽しみの時間の始まりだ。
ルールは簡単。俺達とサラマンダーのどちらかが死に絶えるまで鬼ごっこをする。それ以外は無い。
【……こちら《紫電》……サラマンダーの群と遭遇した……数は不明……支援を求む】
俺は間に合わないと思いながら防衛本部に支援要請をし、返事を待たずに無線を切った。【飛龍・改二】所属以外で一番早く辿り着けるのは【鶴龍・改二】の三国機位か。それ以外は防衛外縁部の警戒空域から離れた場所の地上基地だけだ。
さて、仕切り直しだ。
機体を反転させながら直近のサラマンダーに機首を向け、牽制を兼ねて一連射する。運良く射線と予測位置が重なってサラマンダーに直撃し、頭を吹き飛ばされて墜ちて行った。
「カズン、合図したらいつでも放てるよう待機しとけ」
「カズン、判った」
彼女の同意を確認しながら左右にロールし、後方から迫るサラマンダーを引き付けながら緩転回、そして急転回を繰り返す。幾度も反転をすると同じ場所に戻りかねないが、構っている場合じゃない。
次から次へと進路を阻もうとサラマンダー達が押し寄せる。翼端ギリギリで避けながら振り切る手前で速度を抑え、油断して射線範囲に飛び込んでくるサラマンダーを後続の隙を突いて射ち、撃墜成果に構わず新たな獲物を探し、更に加速する。
何回も何回も射撃を繰り返す内に、ガトリングガンのクールタイム(銃身の過熱を冷やして歪みを戻さないと銃弾が発射されない)が表示され、近接攻撃の手段を絶たれてしまう。
「……カズン、頼むぞ」
「任せて……イチイ」
クールタイムが終わるまでは、カズンの魔導だけが頼りだ。果たして生き残れるのだろうか……。




