⑨シャラン再び
非番と言っても【飛龍・改二】から降りなければいつも変わらない。部屋を掃除するか、放置していた何かをするだけだ。
今日はカズンの買い物に付き合わされている。勿論艦内の購買部ではなく、ネットを介して日用品その他を選ぶだけなんだが……これがまた、やたら長いのだ。
「……イチイ、これは?」
「うん、似合うんじゃないか……」
黄色いワンピースを選択し、訊ねてきたので正直に答えてやると……
「……でも、カズン……こっち、好き」
……と、同じデザインの赤い方を見ながら呟いている。亜紀もそうだったが、きっと最初から赤いワンピースの方が欲しかったんだろう。意味は判らんが妙な誘導を経由して同意して貰いたいらしい。女性特有の承認欲求だろうな。
「……イチイ、退屈?」
「いや……退屈ではないさ」
開封したビスケットの袋から一枚取り出し、サクサクと齧りながら俺の顔色を窺うカズンだが、実は……俺の方はと言えば副電脳を介して、同じく非番の吉岡先任士官と将棋をしていたのだ。バレたらどうするって? そんなヘマはしやしないさ……ただ、ちょっと不味い戦況だが。
(……菊地、諦めて王を差し出せ。もう詰みも近いぞ)
(冗談言わんでくださいよ。まだまだ状況はひっくり返せますって……)
(ヘボ将棋のくせに……ほれ、これで王手だ)
(なっ!? や、今のはちょっと……)
(……だから、ヘボ将棋だと言っているんだ)
吉岡先任士官の鋭い飛車で、俺の王将が窮地に立たされた! いや、こうなったら最終奥義を……あれ、副電脳にアクセス出来ん。
(バカな奴だな……お前の副電脳にはブロックコードに【将棋】が入っているんだよ。サボり防止でな……【ソリティア】もだがな)
何てこった!! これじゃ高校時代のPCと同じじゃないか!? 最新鋭機器のクセに……変な所で官給品らしさを出してくれるなよ……。
俺の王将が盤上から消え去るのと、カズンが嬉しそうに【会計ボタン】を押したのは、ほぼ同じタイミングだった。
「……俺に? 一体何処の誰なんだ」
がっかりと肩を落とす俺の副電脳に遠距離通話の通知が入り、心当りもないまま通話を開始すると、
【……そちらとの時差は問題ないかしら? お久し振り、シャランよ】
……大物からの電話だった。
【……はい、問題有りません。それでどのようなご用件で】
【突然で申し訳ないわね。こちらも取り急ぎの案件だから……この通話の傍受対策レベルは?】
唐突に訊ねられ、俺は防聴プログラムを立ち上げて最大限まで上げながら、
【……そちらの要求を満たせるかは判りませんが、今出来る最大レベルの暗号化です。専用解析プログラムに三時間程度耐えられます】
添付された要項を眺めながら説明すると、シャランは言葉を区切り、
【そう……なら、良いでしょう。では……】
【……お伝えします。あなたとシルヴィのカズンを、こちらの監視下に置きたいのですが】
……そう来たか。前にシルヴィの検体を提出しろと通達してきたが、とうとうカズンの変化に……ん?
【あの、カズンと自分、ですか?】
【ええ、キクチ・ナオヤ……あなたも管理対象です】
冗談だろ? 俺は只の全身義体の戦闘機乗りで、シルヴィ達とは違う……違う筈だ。
直ぐに反論したかったが、心の奥底に沈んだ様々な思いが浮かび上がり、言葉に詰まる。
【レーダーに映らず、機械の眼も欺く飛竜種を感じ取り、対等に渡り合える全身義体は貴方しか存在しません。研究対象として協力を……】
【……断ります】
そんな俺を見透かすように言葉を重ねるシャランだったが、最後の研究対象と言う単語に俺は反発した。
【俺は、戦う為に全身義体化したんだ。研究がしたけりゃそっちで勝手にやってくれ。構っている暇なんか無い】
そう突っ返して相手の反応を待たずに回線を切り、座っていた椅子の背凭れに身体を預けた。
「……イチイ、どうかした?」
無言で通話を終えた俺の様子を気遣い、カズンが訊ねる。心配する彼女の頭に手を載せて宥めるように撫でてやりながら、
「ああ、何でもない。煩い外野が構って来たから、追い返してやっただけだ」
安心させようと返答したが、カズンはジッと俺の顔を暫く見詰めてから、
「……ホント?」
小さく聞き返してくる。勘の良さは大したもんだと誉めてやりたいが、はぐらかしたくて言葉を濁してるんだから、少しは判って貰いたいもんだ。
クシャクシャと頭を手荒に撫でて、カズンの髪の毛を乱暴に混ぜ回しながら誤魔化すと、
「やーっ!! イチイ、やめてよ~! カズン、ちっちゃいコドモじゃない~!!」
頭を庇うように身を仰け反らせて悶え始めたので、少しだけ勢いを削ぎながら髪の毛をワシャワシャにしてやった。
「きゃ~!! イチイ、やめてぇ~♪」
言葉とは裏腹に笑いながら、嬉しそうに眼を瞑って頭を振り回すカズン。少し長い髪の毛が宙を舞う度に、女性特有の花と柑橘類を混ぜたような香りが漂い、自分の底に眠らせていた筈の何かが反応する。
……待て。
ハッ、と我に返って手を止めた俺の視線と、カズンの見上げる視線が絡み合う。
「いや……済まん。調子に乗り過ぎた」
「……イチイの、バカ……」
彼女の拗ねたような表情と言葉に昇っていた頭の血が下がるような気がし、昂っていた気持ちが落ち着いていく。
それから妙な空気になった部屋の中で二人、黙って並んだまま椅子に座っていたが、居たたまれなくなった俺の方が立ち上がり、部屋に戻るから何か有ったら報せてくれ、とだけ言い残し、ドアノブを回してカズンの部屋を出た。
「……イチイ、おこてる?」
俺の背中越しのカズンの呟きに、
「……怒ったりする訳無いだろ、心配いらんさ」
そう返して、ドアを閉めた。




