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⑧敵の味方



 「……竜帝は、裏切り者のシルヴィ達と、それらに関わる者を……全力で潰しに掛かるわ」


 ファルムの言葉に思わず力が入り、掌がぎちっ、と鳴った。


 ……竜帝。俺は、その名前は知っている。大半の人間は知らない筈だ。(もっと)も俺だってファルムから伝え聞いた事があるから判るだけで、言葉を話さず捕虜に成らず、一方的に破壊と殺戮を繰り広げる飛竜種から情報を得られる事は無い。


 「ほう……そりゃあ大変だ。具体的に何をするつもりだい」


 (たかぶ)る気分を隠さず口に出してしまい、刺々しさ丸出しの声でファルムに質問する。


 「……お互い、考える事に変わりは無いわ。総力を挙げて徹底的に……叩き潰すだけ」


 俺の言葉に冷徹な眼差しのまま、彼女が言葉を投げ返し、煙管を灰皿に当ててから軽く一振りする。


 ……こんっ、と乾いた音が響き、直後に周囲から一切の音が消えた。


 「……御免なさい。私は……貴方の力に成れなかった……」


 自分達の周りが沈黙に包まれる中、耳に心地良く透き通るようなファルムの声だけが聞こえる。彼女が何かしたのだろうが、俺は敢えて尋ねなかった。


 「……気にするな、元は敵同士だったんだ。その心遣いには感謝しておくよ」


 「そうね……敵同士、だわ……でも、これだけは忘れないで……」


 彼女はそう言うと再び煙管の口元を咥え、緩やかに吸い込んだ後、沈黙を払うように灰皿に叩き付けた。



 「……私は、()()()()()()()守りたかったの」


 言葉と共に乾いた音で灰皿が鳴り、元通りに周囲の喧騒が甦るとファルムは立ち上がり、


 「……巨竜種(ヒュージ)害竜種(カラミティ)、いえ……それだけじゃないわ。ありとあらゆる種類を投入して、戦線を挽回するつもりだから……覚悟を決めた方がいいわ」


 それだけ言い残すと、煙草の煙と共に俺の前から姿を消した。



 「イチイ! どこに行ってたの?」


 談話室に併設された喫煙所から離れた俺は、カズンの声に振り向くと彼女がパタパタと駆け寄って来た。


 「ああ、ファルムと話していたんだ」


 正直に打ち明けると、少しの間だけ湿り気のある視線で俺を睨み付けていたが、


 「……仲間外れ、好きくない……」


 ややいじけた声でボソリと呟いてから、感情を抑えずに俺の腕に絡み付くと、


 「……でも、イチイが居ればいい!」


 パッと表情を輝かせて嬉しそうにぶら下がり、アハハと快活に笑ってくれた。




 【身体補強及び補完の為に必要と判断し、更に高次元演算処理の必要性が生じ】……


 【脳核を保護する最低限の機能のみに現行システムを改変】……


 【物量戦に対抗する為に大量破壊兵器の限定使用許可】……


 【制御可能な最大限の】……


 【必要な犠牲】……




 「……はあ、こんなもんか」


 俺は擬似空間上に羅列された申請書の山を片っ端から防衛軍本部に送り付け、コキコキと首関節を鳴らした。まあ、鳴っているのは関節のアブソーバが軋む音なだけで、実際に肩が凝っている訳じゃない。以前からの癖は、そう簡単には抜けないもんだ。


 部屋の中に置かれた机の上には、目に付く物なんて……亜紀と生身の俺が二人で並んだ写真、それと使い古しのネームプレート。写真は……余り見ない。見れば思い出してしまうんだが、捨てられなかった。ネームプレートは記念で置いてあるだけだ。今の身体は名札が無くても直ぐに判るだろうし、身体に埋め込まれたビーコンの信号でデジットの支払いから身分証明まで済んでしまう。便利だが……プライバシーって奴は何処に行ったんだろうか。


 【イチイ! ()()()()()()終わった?】


 そんな風に感傷に浸っていると、艦内通信(カズンの場合はコミュニケーション・アクセがビーコン代わりだ)で彼女の声が伝わり、今終わったと報せながら立ち上がり、扉を開けて部屋を出ようとして……


 ……振り返り、写真の中の亜紀の姿を、もう一度、目に焼き付けた。





 ……数日後。


 「オーライ! オーライ! ……よし、ストップ!」


 艦内の武器保管庫へと搬入された巨大なカーゴが、クレーンで吊るさながらゆっくりと移動し、俺の目の前に降ろされた。


 カーゴに取り付いた艦内要員が開放スイッチを操作するとゴン、という重々しい音と共に上部が開き、太いチェーンで繋がれた()()が少しづつ吊らされて持ち上がり、カーゴから取り出される。


 試験的に運び込まれた巨大な超高速対艦用ミサイル……巡航速度はマッハ5を遥かに凌ぐそれが、武器保管庫の中を僅かに揺れながら運ばれて据え付け台の上に鎮座した。


 「……まあ、こんな御時世だからな。保管されている数も随分と少なくなっちまったし……()()()()って奴で新たに製造される予定もなくなっちまった訳だし……」


 古参の弾薬担当士官が愛しげに呟きながら手を伸ばし、表面に貼り付けられた【信管装着済み】の札を撫でながら離れて行く。


 【相互協定】ってのは、飛竜種のお陰で互いを睨み合う暇が無くなった人類が、新たな大量破壊兵器の開発をストップさせようと決めた協定の一つだ。文字通りの意味だが、探せばまだ核と化学兵器以外(そんなものを使って紛争する狂った国は存在しないが)の大量破壊兵器は、僅かながら存在する。


 超高速対艦ミサイルもその一つで、搭載されたスクラムジェットエンジンを点火し最終加速速度はマッハ5を越える。純国産の開発は随分と前に終了し、僅かな数が使われる事も無く平時の倉庫の端に放置されていたのだが、あの巨大な飛竜種の横っ面に一発お見舞いしてやったら……そう思うだけで、何となく血が沸き立つような気分になる。


 (……まあ、射つにしても遥か彼方から射出する必要があるんだがな)


 十分な加速を得る為には、長大な加速距離が必要だ。射つにしても、相手の姿も見えない遥か彼方から発射しなければ使えないが……避けられるものなら、避けてみろ。



 俺の申請した【休眠兵器】は、国内のみならずアメリカやロシアからも搬入されて来たが、果たしてどれだけ活用出来るのか……その時になってみなけりゃ判らん。




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