⑦ご褒美
女子ってモンは、種族が違っても大して変わらんらしい。シルヴィ達もご多分に漏れず甘いものには目が無い。ついでにキラキラしていれば御の字なんだろう。
そんな訳で食堂へとやって来た俺とカズン、そしてエニグマに……
「はああぁ……カロリー、スゴそうねぇ……」
何故か波瑠が居る。ついでに腕捲りしつつ、目の前の【飛龍パフェ】を眺めながら何か言っている。何故に君が此処に居る。
「……パフェ……まるで山みたいね」
ついでにファルムも居た。お前はいつからココに居たんだ? 周りの連中も全く怪しんですらいない。波瑠に至っては「え? 前から乗ってたけど?」と当然のように言い放ったぞ。絶対にコイツに騙されている筈なのに怪しむ様子もない。
……まあ、それは別に構わないんだが、食堂の連中もまとめて四個のオーダーは前代未聞だったらしく、材料が足りるかと慌てながら在庫確認に奔走していたようだ。
「……さて、それじゃ……いただきます!!」
【ええ……溶けないうちにいただきましょう!】
カズンとエニグマが横に並びながら、直径三十センチはありそうなグラスに盛り付けられた山盛りの甘味へと、スプーンを差し込んだ。
【飛龍パフェ】とは、度重なる戦闘で疲弊したシルヴィ達(実質二人だけだが)を労う目的で考案された、高カロリー高脂質且つ高糖質な殺人メニューだ。
まず、下地になるクリームは純度の高い生クリームを使用し、舌触りとくちどけの滑らかさを追求……と、そんな風に壁に貼られたポスターに書かれている。
そして【飛龍パフェ】の名前の由来となる大きなホットケーキ(飛龍・改ニは円盤形の空中要塞だ)が鎮座し、その上にはハチミツとバターがこれでもかと掛けられ、しっとりとした甘さとコクをプラス。
更にふんだんに盛り付けられたホイップクリームが美しく纏わされ、アクセントにビターテイストなチョコクリームが……いや、それだけじゃない。バナナにパイナップル、ついでにマンゴーとイチゴそれにキウイフルーツ……いや何なんだよ、これ。凶悪な組み合わせとしか言えんなぁ。
……と、忘れちゃいかんが、ホットケーキの上にはプリンとソフトクリームが積み上げられ、その高さは頂上のサクランボを含めれば三十センチ……全体はバスケットボールとほぼ同じだ。狂気の沙汰としか思えん。
「……うわぁ……これはかなり……ヘビーねぇ」
「美味しいわぁ~♪ うんうん、間違いない! やっぱりここは美味しいモノばかりねぇ~!」
流石の波瑠もたじろぐ巨大さだが、果敢に挑んでホットケーキを切り崩している。対するファルムはどこから調達してきたのか、パイロットスーツのジッパーを開けて赤いタンクトップ姿を晒しながら、頬に手を当てつつ一口毎、嬉しそうに呟いている。
「……チョコ、クリーム……おぃひぃ!」
【……沁みますわ……甘さが突き抜けています!】
カズンとエニグマの二人は、全く変わらん速度を維持しながらサクサクとスプーンで切り崩しつつ、口に運んでパフェの形を平らに変えている……って、ホットケーキは何処に行ったんだ? 食べ始めて三分も経ってないぞ!?
……やがて、両手で洗面器のようなグラスを掲げ、溶けかけた様々なクリームを直接吸い込みながら、一番最初にカズンが食べ終わった。所要時間……六分四十七秒ッ!? おかしいぞ絶対!!
【……カズンさん、ちゃんと味わって召し上がらないと……作ってくださった皆さんに失礼ですよ?】
指先で摘まんだウェハースをサクサクと齧りながら、エニグマがカズンを窘めるが、君もあんまり変わらない時間で完食しているんだよ。
「はあぁ……やっぱり甘いものの後は……カフィに限るわ♪」
ファルムは満足げなため息と共に、空になった器を眺めながら食後のコーヒーを満喫している。その巨大な器さえ無ければ、見た目と相まって優雅なひととき、って感じなんだが……。
「う~ん、これは……今夜は何も食べなくてよさそうね……」
一人だけ取り残された波瑠も漸く完食を果たし、ちょっぴり膨らんだお腹の辺りを心配げに眺めている。ま、元が細い方だから取り越し苦労なんだが。
「……丁度、一万か? 一個、二千五百…うへぇ……」
しかし、エグい金額に狼狽えつつ、会計を済ませた俺は【小隊会議費】として計上する覚悟を決めた。これは大切な会議だったんだ、うんうん、そうなんだ……きっと。
「……で、何なんだよ、改まって話だなんて」
俺はファルムに小声で(前に一緒に煙草を喫した所、覚えてる?)と告げられ、多少の回り道をしながら喫煙所に到着し、先に着いて待っていた彼女に問い掛けた。
「……改まって、と言う訳じゃないけれど……まあ、お掛けになって」
しなやかな指先で指し示された椅子に腰掛けると、ファルムは対面に置かれたストールに腰を預け、細い煙草入れから見覚えのある煙管を取り出した。
煙草入れから一摘まみ、黒い煙草を手に取って火皿に押し込み、指先を近付けると仄かな煙が立ち昇り、やがて甘く芳ばしい香りが辺りに漂う。
口元へと唇を近付けて一口吸い、やがてゆっくりと糸のように細く煙を吐き出してから、再び一口吸い込んだ。
「……心配要らないわ、これは只の煙草よ……」
俺の心中を察したのか、寂しげに微笑みながら煙管 をくるりと回し、
「お疑いなら、一口いかが?」
まるで試すように差し出してくれたが、
「……お気持ちは嬉しいが、航空仕様の義体の時は煙草が吸えなくてね……」
俺は外殻を僅かに開き、内口を突き出して指先で指し示す。その様子を黙って眺めていたファルムが、唐突に身体を前に傾けて俺へと近寄る。
不意を突かれて身を固めたまま、彼女の真意を図ろうとしていた俺の口に唇を重ねたファルムが、肺に溜め込んだ煙を吹き込んできた。
「……っ!?」
「……あら、宜しくなかったのかしら?」
俺の狼狽えように悪戯っぽく微笑みながら、ファルムは口許を手で覆い隠しながら目尻を下げた。
「……残念ながら、無酸素状態もボンベ無しで活動出来るんでね。煙だろうと何も影響は無いさ……まあ、香りは良かったが」
「そうだったの……でも、次は香り以外をご馳走して差し上げてよ?」
俺の反応など全く意に介さず、ゆっくりと身体を離しながら優美な目許を楽しげに揺らげ、そして真っ直ぐ俺の方を見詰めてから、
「……それはともかく、竜帝はお遊びの時間は終わりにするそうよ。私個人の思惑なんて、全く関係無く……ね」
そう言うと再び煙管の口元を咥え、静かに煙を吸い込みながら、ほう……と吐き出し、
「……全軍を挙げて、裏切り者のシルヴィと……それらに与する愚鈍な連中を……血祭りにするつもりよ」
俯きながら、苦々しく呟いた。