⑫物量戦
【ふおぉ……物凄い数……って、あれ全部引っ付けて飛んできたの!?】
三国が間の抜けた声で呟いた後、その光景に眼を奪われて息を飲んだ。
アメリカ軍の四発ジェット機、J-180は決して鈍足ではない。見てくれは輸送機のようだが、過去の四発機とは全く異なる設計思想で作られた、速度重視の機体だが……それでも正気の沙汰とは思えん。
立体陣形では、同士撃ちの危険があるからだろう。平面の四辺形に十二機の四発機が並んで飛んでいるのだが、その後方から飛竜種が群れ集いながら近付き、その中から次々とサラマンダーが最後尾に飛び掛かっていく。
が、圧倒的物量を誇るアメリカ軍らしい濃密な弾幕でサラマンダーを叩き落とす……そんな光景が繰り返されていた。
首を跳ね上げて威嚇し、首を真っ直ぐ伸ばしてから垂直直下で真っ逆さまで突進し、サラマンダーが飛来する。
すると、十二機の巨大な四発機から一斉に短い射撃煙が棚引き、その直ぐ後に修正を終えたのか射線が背後の景色を霞ませながら猛烈な銃撃を浴びせる。
各機の上方に設置された二連装チェーンガンが火を吹き、かなりの距離で標的と化したサラマンダーをズタズタに引き裂き、赤黒い肉塊へと瞬時に変えていく。しかし、小柄で機敏な飛竜種のサラマンダーは、怖れを知らず一匹、また一匹と加速しながら飛び掛かっていく。
【……こちら、旭本防衛軍航空隊所属、久屋二尉です……援護します】
【……旭本? ああ、済まない……こちらはアメリカ軍太平洋方面軍所属、フェイス・ノーマン大尉だ。……細かい事は生きて本土に着いたら話すが、今は……くそっ!! ハワイ沖までは捕まらなかったんだが、越えた瞬間で大群に鉢合わせしちまったんだ!】
二機の通話を聞き流しながら、俺は疑問に思う。アメリカ本土から、真っ直ぐ飛んできたって言うのか? だったら最高速度が亜音速域のサラマンダーに捕捉されても……いや、小柄なサラマンダーは、高高度まで到達するのに時間が掛かる筈だ。
俺がそう思った瞬間、全体無線に戦場とは無縁な、涼やかな女性の声が割り込んで来た。
【……ノーマン大尉、落ち着いて陣形を崩さなければ問題有りません。旭本防衛軍の護衛と合流出来たのなら、余計な心配は無用です】
丁寧な口調とは裏腹に、ぴしゃりと突き放つような語気でそう言うと、こちらに対して労うように、
【旭本防衛軍の皆様、出迎えご苦労様です。私はシャラン……皆様から《シルヴィの束ね主》と呼ばれる者です】
そう自己紹介する。だが、その声はカズンと同じコミュニケーション・アクセを介して発している筈なのに、俺の脳裡に刻み込まれたファルムの声と瓜二つだった。
【……密集間隔が……神掛かってるなぁ~】
感嘆しながら、アメリカ軍機編隊の上方に向かって翼を翻し呟く三国だったが、久屋二尉が冷ややかに、
【ああ、あれはドローンだ……たぶん、中心の一機以外はA.I.が操縦してる】
そう告げると、三国が呆れたように溜め息を吐き、何か言おうとしたが、その言葉は突如、上空から放たれた熱線で貫かれたアメリカ軍機の爆発音に掻き消された。
【直上っ!? 太陽に入っていやがる……あれじゃA.I.のカメラが追従出来んぞ!!】
久屋二尉の言葉通り、ビジュアル補整を掛けた俺の眼には、一頭の飛竜種がハッキリと見えたが……肉眼では確認出来ないのだろう。彼の乗機が上昇する気配は無い。
【……俺が炙り出してやる……カズン、モグモグタイムは終了して狩りの時間だぞ】
【……イチイ、カズン、りょーかい!】
【紫電】とは違う一般機のコイツで、どこまでやれるか判らんが……何とかなるだろう。
【……久屋二尉、独走するつもりは無いが、後続を待っていたらお客さんが全滅しちまいそうだ】
俺はやや加速に難の有る借り物の機体に活を入れ、リンク範囲最大まで義体との同期を上げる。
操縦桿に添えた手がグンッ、と抵抗感を受け、リンクされた機体を直接操る感触を得た瞬間、手足を介した二次的な操縦とは全く違うダイレクトな機動と共に、機体が一気に上昇する。
【紫電】と比べて数は少ないとは言えど、各所に設置されたセンサーが機体に受ける風の僅かな変化も逃さず伝達してくれる。俺はその情報を副電脳任せで処理しながら、最適な飛翔角度を選択しフラップを複雑に動かしながら太陽目掛けて加速した。
【……カズン、見えるか?】
【……見えない、でも……大きな奴が居る】
魔力を感じ取っているのか、眼を瞑ったまま呟きながら、カズンが見えない相手に向かって氷の粒を放ち、その塊が白い航跡を引きながら真っ直ぐ飛んでいく。
ほんの僅かな時間が経過した直後、太陽の中から一頭の飛竜種が堪え切れなくなったように飛び出し、飛来する氷塊を避けながら錐揉み旋回し、こちらに向かって降下してくる。
【……チキンレースか? やってやろうじゃねえか……】
俺は相手の狙いを汲み、挑発に敢えて乗る。向こうの狙いは、衝突を避けて翻った所を狙ってブレスで狙撃するつもりだろう……但し、それは間違いだ。
翼を折り畳み、身体を泳ぐようにくねらせながら落下してくる飛竜種と、可変翼を後方に畳み込み、ジェットエンジンを最大限に噴きながら上昇する、俺とカズンを乗せた戦闘機……
その双方が一本のレール上に載ったように、お互い譲らず真っ直ぐ引き付け合い、接近する。
と、文字通り眼前に迫った戦闘機の機首の直前で、眼を見開きながら翼を広げてブレーキを掛けた相手目掛け、二十ミリバルカン砲が火を噴く。
吸い込まれるように砲弾が頭部に集中し、あっと言う間も無く消し飛ぶ。そして仰け反った身体が仰向けになった瞬間、ギリギリの場所を機体が通り抜けて行った。
【……気が狂ってる……菊地一尉は正気なのか】
詰まった物が出たかのように呟く久屋二尉に、三国がここぞとばかりに言い返した。
【あれで通常営業だぞ? いつもあんな調子だけどなぁ~】
……失礼な奴だな、まるで頭が変な奴みたいな扱いじゃねえか。全く……