⑪再び空へ
「菊地一尉!! さっさと上がれっ!!」
基地に戻った俺とカズンは、掩体壕から引き出されて滑走路に待機する複座戦闘機(地下要塞保有の一般機)を宛がわれ、ブリーフィング抜きで出発するよう促された。
「一体何事なんですか! ……って、これで何処に行けって言うんだよ……」
「細かい事は後で教えてやる! 全所属の【LARP】隊員はシルヴィを伴って太平洋上で待機だ!!」
緊急発進に対応する為、数人の地上要員がラダーを機体に掛けながらキャノピーを開け、着座位置に着いた俺に遅れて後部座席に登ろうとするカズンを、軽々と持ち上げてシートへと乗せ、別の地上要員の一人が直ぐに手にしたヘルメットを彼女の頭に被せてくれる。
幸い、俺は航空用義体のままだったので換装抜きで乗り込めるのは良いが、ブレザー姿のカズンの場違い感が半端無いぞ……。
「イチイ~! 私の荷物、こっちのお家に置いたまんま……」
着替える間も無かったカズンがそう言うと、キャノピーを閉めようとしていた地上要員の後ろから小振りなリュックが差し出され、彼女の膝の上に載せられる。
【カズンさん、悪いが非常食セットだけで辛抱してください! 残りの荷物は後から必ず届けます!】
俺と違って通信機器を介さないとカズンと会話出来ない地上要員の一人が、彼女を安心させるように語り掛けながら肩をポンと軽く叩き、手を振ってからキャノピーを閉めた。
【……とにかく揚がります。菊地一尉、カズンの両者に異常無し……発進許可を願います……】
【……管制塔、了解。滑走路に異常無し……菊地機の発進を許可します】
久し振りの一般機に少し躊躇したが、基本操縦は頭の中に記録されている。義体に登録された機体コードと一致した瞬間、義体の手足が自動制御でスロットル開度を調節し、適切な角度を維持し滑走路と平行するよう機体を進ませていく。
発進速度に到達させる為、スロットルを開ける……直ぐにギシッ、と身体がシートに押し付けられ、キャノピー越しの風景が一気に後方へと流れていく。
滑走路の端が視界に見えた瞬間、フワリと機首が浮き上がり、俺とカズンは地上から解き放たれた。
太平洋上……随分とアバウトな説明だな。一体何が待っているのか判らないまま、俺とカズンを乗せた戦闘機は機速を上げて雲の隙間に向かって急上昇していった。
【……詳細を教えてくれる筈じゃなかったんですか?】
俺は取り敢えず状況を確認する為、謹慎先の地下要塞と無線で尋ねてみたが……返って来た答えは不明瞭そのものだった。
【……こちらも確認中だが、各隊に所属しているLARP隊員は速やかに対応せよ、の一辺倒でな……菊地一尉が謹慎中だと伝えても、本部は処遇に構わず太平洋上の合流地点の座標に急行せよ、と繰り返すだけなんだ……】
対応してくれた士官も困惑しているようだ。そりゃそうだろう……預かっていた謹慎中の俺を、訳も聞かされぬままに放り出せと言われたんだからな。
後部座席のカズンは、リュックから少しづつ非常食のカロリー補給バーを取り出しては、サクサクと噛み締めて胃の中に納めていく。彼女も不穏な気配を悟ってか、空に揚がってからは一言も喋っていない。
本土から太平洋上の指定された合流地点は、目標になるような島陰も見当たらない洋上のど真ん中だが……他のLARP隊の連中は先に到着しているのだろうか。
【……こちら、第六方面軍所属、久屋二尉だ……一番乗りには先を越されたみたいだな】
突如、無線を介して後続のLARP隊員が到着を告げると同時に、二機のDSⅡが轟音を響かせながら旋回し、後尾に付く。
【あー、こちらは第二方面軍所属……菊地一尉、一体何が起こるんですか】
俺は上位の相手だと知り、多少へりくだって尋ねると、向こうも余り知らないようだった。
【ああ……俺達も詳しくは聞かされていない。ただ、アメリカから特別機が到着したら護衛しろ、とだけ命じられてな……】
【特別機? こんな時期に一体誰が……】
【さあな……少なくとも大統領じゃない事は確かだぜ】
先頭を飛ぶこちらの後方に位置しながら、久屋二尉が気安い態度で返答する。後方視野カメラで見てみると後部座席には彼のパートナーのシルヴィが座り、四方に眼を向けながら警戒している。勿論、こちらのカズンは栄養補給中だ。
【おい、菊地!! 何時戻ったんだよ!!】
……あー、うるさい奴等が来ちまったな。三国一尉の声と共に彼女の愛機が上空から捻り込みながら、隊列に加わる。
【第三方面、三国 里津一尉!! ……で、何で雁首並べておままごとしてんの?】
相変わらず口の悪い奴だな……しかし口振りから見て俺達と大差無いのだろう。このまま三十二機が揃うまでワゴン・ホイール(上空待機の円状陣形)で待つのはいいが……燃料次第か?
【……お、やっとお客さんが来たか……ん? おいおい、冗談だろ……!?】
久屋二尉の僚機、浅賀一尉が目敏く見つけ、共有化する為に画像を送ってくれたが……
切り抜かれたように視野の隅に現れたのは、アメリカ軍ご自慢の大型四発ジェット機……J-180の編隊と、その後方に雲霞のように広がる、飛竜種の大群だった。