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②食堂とカズン



 カズンを伴いながら、俺は基地内の食堂へとやって来た。航空基地とは言え、地下に埋設された施設特有の低い天井と窓の無い構造以外は、手狭さとは無縁の空間が確保されている。


 廊下に面した広い開口部の脇に設置されている端末に腕の認識タグを押し付けて、食堂に入る。ここはビュッフェ形式だから面倒な会計も行列も無い。ただ、基地の外はまだ配給制の避難地区もあるので、少しだけ良心が痛むのが難点だが。


 「……あ、こちらに居ましたか」


 背後から声を掛けられ振り向くと、さっき戦隊長の執務室で顔を合わせた女性士官が小走りで近付いてきた。


 「まだカズンさんは基地の認証タグを付けていないので、菊地一尉のタグで探させて貰いました……これ、カズンさんに渡さなきゃいけないので……」


 そう言いながら立ち止まり、手に持った小さな箱を開けてカズンの方へと向きながら、


 「はい、貴女の【コミュニケーション・アクセ】。わざわざ航空隊の空輸機で届けてくれたらしいわよ?」


 指先に青い光を放つ宝石のような【コミュニケーション・アクセ】をぶら下げて、ちょっといいかな? と一声掛けてから、カズンの細い首筋と綺麗に整ったうなじの生え際に手を回して暫し、


 「……っと、これでよし。う~ん、スゴく似合ってる! やっぱ可愛いは正義よね!!」


 満足げな笑顔になった後、直ぐ脇に居る俺の顔を見て頬を赤らめながら、や!? あ、いや……で、では!! と言いながら敬礼し、失礼します! と言って立ち去った。


 「……なんなんだ、ありゃ……それはそうと、説明書とか何か無いと使い方が……」

 【……判ります、これ、すぐ。言葉、話せる】


 名も知らぬ女性士官の後ろ姿を見送りながら、使い方を知りたくて独り言を言った瞬間、背中越しに【コミュニケーション・アクセ】から音声が聞こえ、振り向いた。


 【イチイ、心配ない。カズン、話せる……】


 どうやら【コミュニケーション・アクセ】は装着者の脳波と……俺には判らない魔力みたいな何かを感知し、勝手に翻訳する装置らしい。そんな事が選定通知書に記載されていたな。


 【カズン、話せる……これから、イチイ、お話……する】


 【コミュニケーション・アクセ】から巧みに合成されたカズンの言葉が脳裏に響く。驚く事に今は頭の中の空戦管制デバイスを介して、実際に話をしているように聞こえるように変換されていた。


 「それが……君の声か?」


 とても人工的な音声とは思えない、生の声と区別の付かない声に聞き返すとカズンはコクコクと頷きながら、


 【カズン、声、同じ。カズン、沢山、お話出来る……沢山、沢山……】


 繰り返しそう言うと、くしゃりと顔を歪ませて、突然がばりと俺の身体に抱き着きながら、


 【お話、お話……したかった……カズン、言葉、話したかった……】


 何度もそう言い、感極まったように泣きながら顔を俺の腰に押し付けてくるのだ……が、ちょ、ちょっと待ってくれ!!


 「わ、判った判った!! そうか、判ったから……その、ここで泣かれても困るんだよ……」


 広い食堂に居合わせた全員の視線を嫌と言う程浴びつつ、俺はカズンを泣き止ませようと四苦八苦した。


 「な、今はとにかく(めし)にしよう! 落ち着いて、ゆっくり食べて……な?」


 背の低いカズンの肩に手を載せて、言い聞かせるように早口で捲し立てると、


 【……めし? ……ご飯? ご飯!! カズン、ご飯、する!!】


 さっきまで泣いていたのが嘘のようにパッと笑みを溢し、キラキラと明るい輝きを放ちながら、俺の手を引き食堂の中へと入っていった。やれやれ……やっと笑ってくれた……よかった。


 ……いや待て、俺は何故……カズンが笑っただけで、どうしてこんな気持ちになるんだ……?


 俺は手を引かれながら、自分の心の内を読み切れず、戸惑った。たかが小娘一人に何故、こうも気持ちが動かされるのだろう。ついさっき知り合った、親子に近い位に年の離れた見た目の相手に……。




 【イチイ!! これ、全部……ご飯!?】


 先に立って進んでいたカズンが立ち止まり、ビュッフェスタンドの手前で指先を組み、何かに祈るような姿のまま俺の方へと振り向きながら訊ねる。


 「ああ、ビュッフェ、って言ってな……時間が不規則な勤務に対応出来るよう、予め作り置きしてあるものを並べてあるんだ」


 カバーを載せた円形の保温ポッドに様々な料理があったり、冷温器の中に分けられた野菜が小鉢に入っていたり……そんな当たり前の光景を前に、カズンはキョロキョロと視線を動かし、落ち着かなげに身体を揺らしながら立っていたが、


 【……カズン……どうしたらいいか、判らない……】


 悲しげな表情になり、ぽろりと一粒、涙を溢した。


 「あー、判った、判ったよ……何なんだよ、全く……」


 俺は悪いと思いながら投げやりに言いつつ、カズンの前に立ち、手に取った皿へと鶏肉の唐揚げ、ミニハンバーグ、肉じゃが、ナポリタンと適当に載せていき、ついでに小鉢のサラダも取ると、


 「……こうして好きなものを好きなだけ取ったら、席に持っていって、食べればいいんだ……判るか?」


 そう言って丸いテーブルの上に皿を置き、カズンに席に着くよう促してから、


 「今、フォークとスプーンを持ってくるから、少し待っていてくれ」


 そう告げて席から離れ、カトラリーセットを持つついでにコップに水を注いでから手に取り、席へと戻った。


 ……だが、たったそれだけの時間だったのに、待っていたカズンは……




  【……ご飯、ご飯……でも、フォーク、スプーン……無い……食べちゃ……ダメ……】


 まるで待機訓練中の軍用犬のように一点(目の前のご飯だが)を注視し、ぶつぶつと口の中で繰り返しながら、必死に食欲と戦っていた。いや、まあ……全面的に敗色濃厚だが。


 口の端からヨダレが出かかりながらも、必死に飢餓に抗う姿は真剣そのもの……ただ、その見た目とのギャップが、物凄く有り過ぎる。気の毒になり、さっさと食べさせようと手に持ったコップを彼女の脇に置き、


 「お待たせ……ほら、フォークとスプーン……」


 そう言いながらカトラリーセットを差し出した瞬間、


 【……フォーク、スプーン……? ………………いただきますッ!!】


 ガバッと顔を上げて反応し、素早く両手でフォークとスプーンを掴むや否や、はしゅっと唐揚げ三個に次々とフォークを突き刺して一気に口へと運び、むしゃりと全て口の中に押し込むと同時に肉じゃがをスプーンで器用に掬い、唐揚げ全てをもぐもぐごくんと飲み込んで肉じゃがを即座に開いた口へと投入。空いたフォークが煌めきを放ちながら差し上げられて真っ直ぐナポリタンへと急降下、そしてクルクル回しながら全て巻き取るとわしっと口へ運び、まぐまぐ噛み締めながら目標を(あやま)たずミニハンバーグをスプーンに載せ、ナポリタンをあっという間に消えた口の中へと滑り込ませる!!


 ……と、目で追っていた俺の事などお構い無しでモグモグと噛み締め噛み締め、感極まったように目を瞑りながら幸せそうに微笑みつつ、溜め息ともつかぬ吐息と共に一言……


 【ほわああああぁ……美味しい……♪】


 ……いやいやいやいや、そうじゃないそうじゃないだろ!? 何だよ今の!! て言うかサラダ以外全部一瞬で無くなったぞ!! 全部!! 一口でかよ!?


 驚愕する俺を尻目に、カズンがサクッとサラダにフォークを突き刺し、いちにのさん、と言わんばかりの軽快なリズムでわしわしと食べ、これまた一瞬で小鉢は空になった。あっという間だ。あっという間……一分、掛かってない。


 【イチイ!! 全部、スゴく、美味しい!!】


 食べ終わったカズンはそう言うと、キラキラと輝かんばかりの笑顔を浮かべながら席を立ち、


 【イチイ! 次、カズン、選ぶ!!】


 キャッキャと弾むようにスキップしながら並べられた料理に向かい、皿を持ってトングを掴み、嬉しそうに迷いながら次々と料理を山盛りに載せていった。




 ……因みに、カズンはその後、食堂に向かう際は()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そりゃそうだ……一人でやって来たカズンのせいで、基地のビュッフェが全料理を再補充する事になったのだから。



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