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⑩【使役者】



 同類の死骸に跨がりながら、血肉を貪る飛竜種を観察していた俺は、これ以上の収穫は無さそうだと判断し、撤退するつもりでカモフラージュシートを掛けたまま、装甲車を走らせる為に車内へと戻った。


 「……予定変更で悪いが、とりあえず基地へ戻ろう。湖にはまた来ればいいだろう」


 運転席に座った俺がカズンに話し掛けると、後部座席のドアが開き、ファルムが車外へと出てしまった。


 「おい、戻るぞ!! なんで降りちまうんだよ」


 「……少し、世間話をしにいくの」


 おいおいっ!! 冗談だろ……くそ……追うか。


 俺は仕方なく装甲車を起動し、ファルムの後を追う。まだヒュージとの距離はあったが、ファルムの歩く速度は速かった。気付けば装甲車の速度が乗り始める前にヒュージとファルムは向き合っていた。


 「……イチイ、ファルム、向こうの偉いヒト。きっと、ヒュージと知り合いだよ」


 カズンの呟きにふと我に返った瞬間、自分の行動に疑問を感じた。良く考えてみれば、相手は人の成りはしていても【皇竜種】なのだ。何を思って行動を共にしているのかは知らないが、歴とした敵側の存在じゃないか……。俺はどうして、後を追ったりしたんだ?


 装甲車とヒュージの距離が詰まり、最早引き返すには遅くなったその時、ファルムがこちらに向かって引き返し始める。


 俺は状況を確認する為、ドアを開けて身を乗り出すと、ファルムは俺に向かって手招きしながら呼び掛けて来た。


 「……心配要らないわ。レゾンはあなたを食べたりしないから」


 「レゾン? それがあいつの名前なのか」


 俺が装甲車から降りるとヒュージが首を曲げ、こちらの姿を見つめながら翼を畳み、姿勢を低くして大きく息を吐いた。


 「ええ、レゾンはあなたの事を【使役者】だと思ってるわ。だから、襲ったりしないから安心して」


 【使役者】がどんな意味があるのかは判らないが、ファルムの言葉を信じて彼女の傍に歩み寄ると、レゾンと呼ばれた飛竜種は、ファルムに向かって頭を近付けて、何か囁いたように見える。


 その後、元の高さまで首を戻した飛竜種は、俺に襲い掛かるでもなく、確かに大人しく眺めているだけだ。


 「……レゾンにはキクチの事を、私がこちら側の世界で身を守る為に現地調達した用心棒(ボディーガード)だって説明したの」


 「……そりゃ、光栄だな。それにしても、あんたらはどうやって会話してるんだ」


 俺が見ている限り、ファルム自身は喋ったりしていない。しかし、レゾンの方はさっきも、彼等の言語らしき何かを発音していたように思えるが。


 「どう説明したものかしら……そうね、今はヒトの姿だから判り難いでしょうが、彼女とはシルヴィと同じような言葉で話しているわ」


 「……彼女? レゾンって女なのか!?」


 目の前の巨大な飛竜種の性別を聞いて、俺は思わず問い返してしまった。いや、別に雌雄がどうだとかはともかく……今まで勝手に、戦いに臨む奴は雄だと思い込んでいたんだが。


 「ええ。私達【飛竜種】は基本的に雌だけよ。シルヴィもそうだけど、違う種族と交われれば子は産めるから、同じ種族の異性は必要無いの」


 ……何てこった……雌ばかりじゃあ、まるで蜂や蟻みたいだな。いや、待てよ? 違う種族と、って言ったよな?


 「今更だが……シルヴィも【飛竜種】も、女や雌しか居ないって事は……」


 俺が言い淀むと、ファルムはさも当然のように口を開いた。


 「……私達の世界には、男は居ないわ。【竜帝】を除いては、ね……」


 彼女がそう言った瞬間、レゾンが首を上げ、勢い良く翼を広げると大きく羽ばたいて身を宙へと浮かべた。


 「……じゃあ、シルヴィ達はともかく、【飛竜種】はどうやって数を増やしてきたんだ」


 そのまま飛翔して空へと舞い上がったレゾンを見上げつつ、俺は再びファルムに尋ねる。


 「……私達の世界は、様々な世界と繋がっているわ。あなた達以外の世界……機械が発達していない世界や、私達以上に原初的で、何もかも未発達な世界とも」


 頭上で旋回していたレゾンが一際強く羽ばたいて上昇すると、気流を捉えたのかあっという間に見えなくなった。



 俺達の世界にやって来た、シルヴィと【飛竜種】。飢えた彼女達と飛竜種は、片や共に暮らし、明るい世界で輝きを取り戻し、片方は都市に襲い掛かり殺戮を繰り広げ、数え切れない死と絶望を振り撒いた。


 ならば、どうして飛竜種達は平穏に訪れる事が出来なかったのか? シルヴィ達と同じように俺達の世界に現れる事は出来なかったのか?


 そう思いながらファルムに尋ねようとしたその時、装甲車の扉を開けてカズンが大きな声で叫んだ。


 「イチイッ!! ()()()()がピーピー言ってる!!」


 ……無線機? ああ……今は範囲の広い無線機じゃないと連絡つかないか。いつも義体の通信機能を仲介出来る無線付きの航空機や、施設のネット環境の下に居るせいで、電波が届き難い環境の範囲ってのが判り難いな。


 俺は装甲車に戻ると、無線機の端子を手で直接触れて簡易接続し、呼び出し元を辿ると……防衛軍本部?


 【……遅くなって申し訳ありません、こちら菊地一尉です。応答願います】


 即答出来なかった事を詫びながら返答すると、オペレーターらしき女性の声がノイズ混じりに聞こえる。


 【……、ぐに基地に戻りな…い……緊急……クランブ……】


 ……基地に戻れ? 緊急……スクランブル!?


 「謹慎扱いはどうなってるんだよ!! カズン、基地に戻るぞ!!」


 装甲車に飛び乗ると同時に急加速させ、激しく六輪を滑らせながら回頭すると、悪路の凸凹に構わず真っ直ぐ基地へと向けて最高速度で走らせる。


 キャーキャーと騒ぎながら上下左右に揺れているカズンが、キチンとシートベルトを締めている事に感心していると、視界の隅に居た筈のファルムが煙のように姿を消していた。


 

 

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