⑨水辺の闘い
(……不味いな……気付かれたか?)
飛竜種は決して愚鈍じゃない。人間は集まる習性がある、と言う事を理解し、わざとはぐれた者を襲わず監視し、隠れ場所まで誘導させる。そうした知力を備えた連中だ。
もし、滞空ドローンに気付いていたとして、今まで落とさなかったと言うのなら……泳がせる必要が無くなったから落とした、か?
(しかし……奴等はドローンを喰ったりしない。只の偶然だとは思うが)
何とでも言える偶然の結果なのか、ハッキリ判らないのなら現状を見守るしかない。下手に動けないし、連れも居る。ファルムはともかくカズンに魔導以外の戦う手段は無い。
装甲車には武器の類いは無い。せいぜい煙幕弾を飛ばすグレネード位だろう。しかし煙幕では時間稼ぎにしかならん……。
と、装甲車のカメラが上空を旋回しながら飛ぶ飛竜種を捉えた。見た目は……かなりの大物だな。
(……こちらが見えている様子は……無いな。なら、何故飛び去らん?)
大きな円を描きながら二回転、その飛竜種はゆっくりと高い空で何かを探すように飛んでいたが、やがて一際大きく羽ばたくと真っ直ぐ飛翔し、次第に遠ざかっていった。
【……やれやれ、やっと諦めたか。カズン、もう大丈夫だぞ】
カモフラージュシートを剥がしながら、車内無線を通して中に向かって声を掛けると、
【……飛竜種、逃げてった?】
カズンが応えながら天井のハッチを開け、顔を出す。
「ああ、もう居ない。それにしても何処に行ったんだ?」
俺は気になって飛び去った方角に視線を向け、望遠レンズの倍率を最大まで上げて視点を固定した。
……と、遥か先に地平線と交わるように濃い青色の湖面が見え、そこが目的地の湖だと判ったが……その上空にさっきの飛竜種が居るようだ。
しかし、湖に何の目的があって……そう思った瞬間、湖の水面から矢のように加速しながら上昇する別の飛竜種が現れ、待機していた飛竜種と激突した。
「おい、まさかあいつら……仲間割れでもしてるのか?」
俺は呟きながら車内のファルムに尋ねると、返ってきた答えは意外なものだった。
「あら、そんな事? 当然でしょ……飛竜種は共喰いするわ。信じられないと言うのなら、自分の眼で確かめてみれば?」
そう言うとシートに背中を預けながら腕を組み、挑発するような目付きで促した。
互いに牙を剥き、爪を立てながら激しく争う二頭の飛竜種は、速度を落として接近する装甲車に全く気付いていないようだった。
「……二人とも車外には出るな。一応、断熱カモフラージュシートを掛けてある。中に居れば見つからないだろう」
俺はカズンに言い含め(ファルムは薄笑いしながら余裕綽々だ)た後、車外へと出た。
二頭の激しい乱闘は地上に降下しても続き、地表に降り立った俺の身体に重々しい地響きが振動となって伝わってくる。
再び望遠レンズを使って遠距離で確認する。
二頭は身体の大きさ以外の違いは無いようだ。赤銅色の体表と山羊のような一対の角。そして肩から伸びる皮膜と筋肉、そして骨格で構成された力強い翼……飛竜種の中でも高い戦闘力を誇る【ヒュージ】と呼ばれる種類だ。一頭でも厄介な奴が二頭もか……。
俺の思惑を他所に、二頭は激しく戦っている。互いの身体に爪を立て、隙有らば牙を突き立てようと長い首を振りかざしながら、湖の波打ち際で絡み合うように激しくぶつかり合う度に、細かい鱗が剥がれ飛び散っていく。
その度に光る鱗が大気に舞い、花弁が漂うように煌めいて落ちていく様子がハッキリと見えるが、まだ互いに致命傷には至っていないようだ。体表から流血しているようにも見えない。
「……何故、ブレスを吐かないんだろうな」
【あら、知らなかったの? 飛竜種は至近距離で戦う時は時間が掛かるから吐いたりしないわ】
思わず俺がぼそりと呟くと、無線を通して聞き付けたファルムが答える。
……本当か? それは知らなかったな……それを利用すれば飛竜種との新しい戦術が……いや、無理か。肉薄しながら戦闘機がどう戦えばいいんだ?
そんな俺の思惑とは裏腹に、ファルムは当たり前の事だと言わんばかりに畳み掛ける。
【ブレスなんて、こちら側でしか使い途ないわ……単純な力と力のぶつかり合いの縄張り争いじゃ、爪と牙で充分だし、いくら離れた場所に届くと言っても、無限に飛ぶ訳でもないし……】
【成程な……じゃあ、どうしてブレスなんて無駄なモノを扱うんだ?】
【……ブレスって言うのは、飛竜種にとって身体から発する様々な毒素を吐き出す手段の一つなの】
【……毒素? 何だよそれ……】
気にはなったが、今は目の前の戦いの決着の方が大事だ。細かい事は後で聞くとするか。
そう思った瞬間、二頭の戦いに決着が付いた。挑み掛かった方の、身体の大きな飛竜種……ではなく、湖面から飛び出した小柄な飛竜種が、相手の隙を突いて素早く喉元に食らい付き、そのまま身体を宙に浮かせながら激しく回転し、半ば首を引きちぎりつつ倒してしまったのだ。
絶命し、首の傷痕から血を噴き出しながら倒れる片方の飛竜種だったが、生き残った方の飛竜種の取った行動は素早かった。
硬い鱗に覆われた身体に牙を立て、メキメキと表皮を引き裂くように肉を露出させた後、骨も筋も構わぬ勢いで食らい付いた。
【……仲間同士で、いつもああやって喰らい合っているのか?】
凄惨な食事風景をぼんやりと眺めながら、俺はファルムに尋ねた。
【……いえ、共喰いするのは違う群れや氏族を相手にする時だけよ。でも、向こうの世界では表立って殺し合いする事はないの……竜帝の監視の眼があるから。こちら側に来た時だけ、秘密裏に敵対する相手を殺すの】
そう言うと、ファルムは口を閉ざしてしまった。