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⑧謹慎中の旅



 巨大な地下要塞とはいえ、全ての物を完全自給している訳ではない。戦闘機の部品を造る為には材料が必要で、当たり前だが様々な物資もその都度、運搬しなければならない。


 地上車両を使って運ぶ方法は、間違いなく飛竜種の標的になり有効ではない。武装車両でカバーしながら進む方法もあるが、機敏に動けない鈍足なトレーラーは狙いを定めやすい的でしかないし、レーダー誘導出来ない飛竜種に対空機銃で弾幕を張りながら走り続けるのは……自殺行為だ。弾切れした瞬間に焼き殺される。



 その為、地下要塞への物資運搬は地下鉄道が用いられている。単調なトンネルだけの景色にだけ眼を瞑れば……人も安全に移動出来る訳だ。


 つまり……こうやってハンドルを握りながら、地上車両を運転すると言う事は……自殺行為そのものなんだが。





 「あぅあぅあぅあぅ~ううううぅ~!!」


 紺色のブレザーとチェック柄のスカート姿のカズンが荒れた道の振動に合わせながら、楽しそうに声を発している。デコボコ道だろうと優秀なショックアブソーバで難なく走る六輪車両だ。大きなブロックタイヤは泥道でもスタックする心配は無い。


 「あ あ ぁ あ あ あ う ぅ …… !!」


 後ろの席から、サイズ以外はそっくりな服装のファルムの(なまめ)かしい声が同じ様に響く。ついでに振動の度に豊かな胸元が揺れ動く。全くもってけしからん……運転に集中出来ん。


 どうして危険を犯してまで車を運転しているのか、と言うと……話の発端は単純で、水遊びを兼ねて地下貯水池(小さな湖並みの大きさだが)へカズンを連れて行った時、何気無く俺が「本物の湖はもっと大きい」と言ってしまい、それに触発されたカズンのみならずファルムまで巻き込み、最終的に【地上車両】を借りて外出する運びとなった。


 ……許可を取るのに俺がどれだけ骨を折ったか、二人は全く理解していない。実に腹立たしい。


 ……しかし、まあ……ずーっと地下要塞に居ても飽きるのは確かだ。それは否定せん。



 ※※※※※※※※※※



 地上に出る為と車両を借り受ける為に午前中の時間を費やし、午後一時を回った頃、俺とカズン、そしてファルムの三人でエレベータに乗り、地上を目指して移動する。


 地上の出入口まで掩体壕の中をエレベータに乗ったまま移動すると、出入口の遮蔽用シャッターがスライドしながら徐々に開き、久々に見る春の柔らかな陽射しが三人を包み込んだ。


 「……これに乗る? ふ~ん……シデンと違うなぁ……」


 出入口の脇のバンカー内に駐車されていた武骨な金属の箱を前に、カズンが呟く。見慣れた【紫電】と比較すれば遥かに小さな車体だが、それでも背丈のある俺より大きい。高い車高の為、カズンが乗り込むのに苦労しそうだったので、座席のドアを開けて彼女を後ろから抱え、ヒョイと持ち上げてシートへ乗せてやる。


 「わふっ!? イチイ、カズン、荷物じゃない!!」


 親切のつもりで手助けしたが、彼女は不満げに言うと腕組みしながら、シートの背凭(せもた)れに身を沈めた。


 ……と、背後のファルム(後方視界カメラは伊達じゃない)が物欲しそうな表情で眺めていたので、


 「なんだ、君も乗せて貰いたいのか?」


 そう言って水を向けると、俯いて一瞬だけ恥じらいの仕草を見せてから、小躍りするように俺の首筋へと抱き着き、


 「……はしたないと、嘲笑わなければ……お願いします」


 そう遠慮がちに言ったのだが……堅い口調と嬉しそうな表情が全く合っていない。口角上がりっぱなしのまま満足げにシートに座るファルムにシートベルトを締めてやると、少しだけ不安げに……これは何? と呟いた。


 「それは……まあ、()()()みたいなものさ。余程の事が無い限り、必要じゃないんだが……暫く我慢してくれ」


 安心させる為に言い含めると、前の座席のカズンが、


 「シートベルト、着けないとイチイ、怒る!」


 と、まぜっ返し、聞き付けたファルムは表情を強張らせた。別に怒りゃしないが……何が有るか判らんから慎重に行くのさ。





 久し振りに運転する装甲ビークルは遠隔操作でも易々と走り、一番近くに在る天然の湖に向かって、未舗装の大地を六輪タイヤで捉えながら着実に進んでいく。


 飛竜種が襲来して以来、国土を覆う道路の大部分は荒れたまま補修されずに放置された。地上を走っていた鉄道網も例外ではなく、同じ様に駅舎や整備場に扉を開け放たれたまま停められていた。


 「イチイ、あの箱、何?」


 カズンが、なだらかな丘陵地の真ん中に停まったままの電車を指差しながら、俺に訊ねる。


 「あれは【電車】って言って……飛竜種がやって来るまでは人を乗せて運んでたんだ。今は……動かされていない」


 「ふ~ん、そう……」


 飛竜種の襲来で乗り捨てられたのか、扉を開けたまま、二両の電車が線路の途中にぽつんと取り残されている。


 「あれは……この箱のように誰かが動かしていたの?」


 後ろからファルムが俺に聞いてくる。運転に集中する必要の無い俺は身体を捻って後ろに向きながら、


 「いや……無人運転さ。駅って場所に停まり、そこで客を乗せて次の駅に行って、降りる客は……ん?」


 と、そこで(ファルムに乗車料金をどう説明すればいい?)と考え込み、言葉が止まってしまった。


 ファルムが果たして通貨の概念を知っているのか、と悩んでいる内に車両が脳波を検知し、危険回避の為に停止した。


 別に居眠り運転していた訳じゃないが……と思いながら車両を動かそうとした瞬間、滞空型ドローンが発する警報が鳴り響く。勿論、全身義体の俺にだけ聞こえる音でカズンとファルムには聞こえない。


 飛竜種共はレーダーには映らない。しかし、質量を伴う物体で有る限り、光を遮り大気を押し分ける。そうした大気中の変化をドローンで感知し、随時監視しているのだが……気付かれたか?


 俺は即座にエンジンを停め、二人に絶対に外に出るなと言いながら車外に出る。まだ視界に飛竜種は見えず、今なら間に合う筈と思いながら荷室を開けて、遮熱仕様のカモフラージュシートを引っ張り出し、車体の四隅にフックを掛けて包み込んだ。


 (……来たか?)


 今までとは違う警報が飛竜種の接近を伝えたが、シートを外さなければ車内には戻れぬ為、俺は車体の下に潜り込んだ。


 【……イチイ、大丈夫?】


 車内に備えられたレシーバーを通してカズンの声が聞こえ、安心させる為に応えてやる。


 【心配するな、動かない限り……大丈夫だ】


 その言葉に込めた気持ちが伝わったのか、小さな吐息が聞こえた瞬間、全幅五メートルの大型滞空ドローンに巨大な質量を持った物体が衝突し、紙飛行機のように軽々と叩き落とした。





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