①シルヴィのカズン
旧作を加筆訂正した過程で、足りなかった部分を補いながら投稿しています。
「冗談……じゃない」
俺が呟くと、地元出身の武田航空戦隊長は書類の束から資料を取り出し、読みながらでいいから聞けと前置きしてから、
「……事態は、常に流動的だ。君が考えているような仇討ちも結構だが、我々は常に結果を最優先にしている。個人の思惑は、必要無い」
そう言い捨てて、詳細を説明した。
つまり、今まで搭乗していた単座式の戦闘機ではなく、複座式の戦闘機に【シルヴィ】と一緒に乗れ、と言う事か。
……冗談じゃない。刺し違えてでも奴等、飛竜種を落としたい俺から見れば、余計な荷物……それも決して道連れには出来ないお客を乗せて飛べ、というのだ。厄介の種でしかない。
だが、既に書類選考は終わり、各大隊から実験的にマッチング選定を始める段取りになっていて、その矛先は俺へと向けられていた。
……冗談じゃない。と、いくら俺が駄々を捏ねても、目の前の戦隊長は許さないだろう。嫌なら地上勤務。選択させるつもりは最初から無いのだ。
「……判りました。で、その相手は……」
諦めた俺が仕方なく尋ねると、戦隊長渋りつつサインした書類を受け取りながらマイクのスイッチを入れ、部屋の中に案内しろ、と何処かに連絡する。
少し経ってから部屋の扉が開くと、地上要員の女性士官がほっそりとした一人の少女を室内へと連れて来て、敬礼すると部屋の外へと出ていった。
基地の中でも時折見掛ける、地味なカーキ色の作業服に身を包んだ彼女が、その【シルヴィ】だと一目で判った。室内に静かな沈黙が流れる中、俺はその少女、【シルヴィ】を眺めてみる。
銀色の長い髪を肩の下まで伸ばし、見た感じの年齢は……十代前半にも見えるが、【シルヴィ】達の外見と実年齢がどれだけ合致しているのか、見当も付かない。噂では異なる世界からやって来るまでの過酷な食料事情で、発育不良の状態だと聞いたことがある。もしかすると……俺より年上かもしれないが。
「あー、うん。この子が【シルヴィ】のカズンだ。んで、君が担当する【シルヴィ】だが……」
戦隊長が珍しく地元訛りで言い淀んでから、少し間を空けて口を開いた。
「【コミュニケーション・アクセ】がまだ未到着でな。届き次第、一緒に飛んでくれ」
……何だ、それは。俺が知らない単語に戸惑っていると、戦隊長が補足してくれる。
「あー、【コミュニケーション・アクセ】と言うのは……彼女達【シルヴィ】が我々と文字通りのコミュニケーションを行う為に必要な会話補助器具だ。それが無いと会話もままならん……まあ、身振り手振りで最低限の意志疎通は出来るかもしれんが、空戦時は不可能だろう」
そう言われてカズンを見ると、少しだけ首を傾けて口を開いたが、その言葉は全く理解出来なかった。強いて例えるならば、単調な鈴の音に近い抑揚を欠いた声だった。見た目と同じ、可憐な声だろうが、何を言っているのかさっぱり判らなかった。
「……まあ、いいさ。暫く付き合いますが、正直言って気が乗りません。では失礼します」
俺はカズンに背を向けたまま、戦隊長に敬礼をして部屋から出ようとしたが、カズンに服の端を掴まれて止められた。
「……何だ、何か言いたいことがあるのか」
俺は出来るだけカズンの方を向かないまま尋ねると、カズンはぴょこんと頭を下げてから囁くような小さな声で、
「……カズン」
とだけ言った。それだけは、ハッキリと判った。
「……菊地一尉だ。一尉でいい」
俺はそれだけ言うと、彼女が付いてくるか気にかけぬまま部屋から出た。
……が、廊下に出るなりドスンと背中に衝撃を受けた俺は、たたらを踏んで何とか踏み留まり、何事かと振り向くと、慌てて飛び出してきたのか、下から見上げるカズンと目が合った。
思わず怒鳴りかけて口を開いたものの、カズンの訴えるような視線に思い留まり、
「……どうかしたのか?」
と、さっきよりは気持ち言葉を和らげて尋ねてみる。初対面の異性に感情を剥き出しにして接するのも、流石に大人気ない。
……しかし、カズンは言葉を知らない。いや、正確には我々の言語が発音出来ないのだろう。もどかしげに眉を寄せながら口をパクパク開け閉めしていたのだが、
……きゅりゅりゅりゅりゅう……
唐突に彼女の細いお腹から甲高い音が鳴り響き、俺は全てを察した。
長く流れるような美しい髪の間から覗く真っ赤な顔を両手で隠し、ふるふると頭を振って悶えるカズンの頭に手を置こうとし、いや失礼に当たるかと思い直してから、
「……食堂に案内してやるから、着いてこい」
とだけ言い、先に立って廊下を歩き出した。
【シルヴィ】達は、飛竜種と共にこの世界にやって来た。最初は【シルヴィ】達が【異世界】との境目から、そしてその後を追うようにして飛竜種共が現れた。
数にして三千人余りの【シルヴィ】達。その容姿は美麗にして瀟洒……だとは聞いていたが、実際に目にするのはカズンが初めてだ。まあ、年下好みな連中なら騒ぐ外見なんだろうが、俺は気にも留めない。
(……まだ、義兄さんは……姉さんの事を悔やんでいるの?)
脳裏に義妹の波瑠の声が響く。悔やんでいるかって? 当たり前だろう。あんな……判れ方をして、悔やむなと言う方が酷だ。遺骨さえ見つけられなかったのだから。