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⑯訪問者

 


 「まあ、立ち話なんて疲れるだろう、場所を移さないか」


 俺は立ち上がり、話し合いの場をラウンジから少し離れた談話室へと促す。


 「そうですわね……ここでは落ち着いて話も出来ませんわね。よいでしょう。エスコートして頂けます?」


 絹の手袋をスッ、と外しながら俺に向かってしなやかな指先を差し出すファルム。その姿は実に堂に入ったもので、一瞬気後れしそうになってしまうが、気を取り直しその指先を掴み、


 「仰々しいな……まぁ、客人を招いたのはこちらだろうからな。俺でよければ……だが」


 立ち上がりながら、彼女の脇に立って先へと進む。さて、ここからが正念場、って所か……。





 「……驚いたな……。菊地一尉の言った通りだぜ……。」


 【……当たり前だ。こちらは俯瞰視モードを入れっぱなしでモニターし続けてるんだ。釣り針に掛かった魚を逃したら大馬鹿者だ】


 俺はファルムと対峙しつつ、、機内無線で会話しながら歩いていた。


 会話の相手は要塞機の通信担当要員のチーフ。平時は監視カメラ画像の解析と言いながら覗き見紛いを繰り返すどうしようもない奴だが、やはり餅は餅屋だ。


 ファルムの来訪には驚いたが、単身踏み込んでくるのには、何らかの理由が有る筈だ。もし、相手が要塞内に異界の門でも開こうものなら……甚大な被害は免れない。しかし、それが出来るなら先に行われているだろう。ならば……ファルムの意図を知る必要が有る。



 それはさておき、俺が事情を説明して監視カメラから赤外線装置、果ては温度感知や重力センサーまで総動員して事態に備えろ、と忠告しておいたのが効を奏したか、彼が異常に目を光らせていたお陰でこうしてモニタリングに成功したのだ。


 【……やはり、空気中の質量までは誤魔化せなかった、て訳か?】


 「あぁ……最初は全く気付かなかったが、あんたのタバコの煙で空調センサーが動き出した所までは普通だったのに、突然清浄器が停止した辺りから精度を最大まで上げた結果がこれさ……」


 ファルムが現れた瞬間、俯瞰視モードに切り替える。すると俺の周りに漂っていたタバコの煙が一瞬虚空へと吸い込まれ、その周辺だけが《空気・クリーン化終了》の表示を示す青い状態になった。その空間の情報を固定して周囲との相違点を解析させ、そこに大気より大きな質量を持った()()が居ることを監視装置に強制的に認識させた。


 その結果、その地点と他との相違点に【正体不明(アンクノウン)】のタグを付けることが出来たのだ。


 「今のところ、不確かな存在がそこに居る、とは判っているんだが……まるで研究中のステルス迷彩並みだぜ……しかし、その皇竜種って奴はどんな姿なんだ」


 【むぅ……巨乳で美人、おまけに紫色のスリットの深いドレスで……さっき脚を組み替えした時はチラッと赤い布地が見えたぞ?お前には見えてないのか】


 「クソッ!! お前だけ眼の保養とか許せねぇ!! ……羨ましくなんかないぞ、畜生……」


 ……正直な奴だ、馬鹿だけど。




 「さて……まずは何からお話いたしましょうか……キクチさん?」


 談話室の扉を閉めて椅子へと促すと、彼女はゆっくりと腰掛け、形の良い唇を吊り上げながら、艶然と微笑む。


 「……そうだな、それじゃ、あんた達の落とし所……撤退の条件は?」


 戦う相手に聞くようなことか? と思いはしたが、俺は当事者だが統治者じゃない。聞き難いことなんて有りはしない。


 「なんとまぁ……夜伽に焦る若君でもあるまいに……フフ♪ ……最初は互いの文化や文明の違い等を語りながら次第に打ち解けた後、と思っておりましたのに……」


 ファルムはやや驚いた風に返しはしたが、拒絶はしなかった。ま、そりゃそうだろう……想定内って訳だ。


 しかし俺は相手の出鼻を挫く切り出し方に終始する、と決めていた。


 ……何故かって?理由はある。相手のカードは《情報提供の見返りに有利な停戦の提案》だろうが、俺……いや俺達のカードは《秘匿兵器の投入回避、そして停戦の受諾》だ。秘匿兵器……ってのは置いておいて、停戦の受諾が最優先だ。俺のような一兵卒が決める事か、だなんて関係無い。敵討ちは大事だが、これ以上の犠牲を払ってまで……固執する必要もなかろう。


 「こちらは最初の大攻勢を受けて人口の五割を失った。……これ以上失うのは御免だ。もし、そちらが殲滅戦を選んできたなら……()()()()()()()()()()()()()()()()()


 「まぁ、怖いこと……鋼の翼、灼熱の雲、鉄の雨……あなた方が用いる武具は我々非力な生身の生き物相手にとって、全てが致命傷ですわよ……?」


 ファルムは口許を手で隠して大袈裟に身を震わせながら、こちらを上目使いで見てくるが、まだまだ余裕綽々、といった所だ。


 「それはお互い様さ。しかし、今と昔では随分と様相は変化してきているのは承知しているだろ? ……詳しく話すつもりはないが、現状の損耗比率は半年前の開戦時から大幅に変化している……ま、それはあんたらが一番良く判っている、と思うがな」


 「……そうですわね……確かに、今は我々の方が犠牲が多く、戦果に乏しいわね。このままでは負けなくても勝てはしないわ……。そうそう、ところであなた方は我々が何故、シルヴィを追ってこの世界にやって来たか、御存知かしら?」


 ……実は、これこそが人間側にとって最重要なのだ。


 正直言って、こいつらの目的が例えばシルヴィ達だったとしたら、俺達はいいとばっちりだ。もしそうならば、即急に手を打ってシルヴィ達を保護しなければならない。まぁ、保護に関しては既に大半を確保しているのだが。


 「……では、それを含めて、まずは我々の……【風の種族の年代記】をお話しましょうか……」


 言い終わったファルムは不意に立ち上がりながら俺に近付き、見慣れない喫煙具を取り出して、ゆっくりと煙草に火を点けた。


 いや、待て……こいつ、ライターも持っていないのに、どうやって火を点けた? 勝手に煙草が燃えたんだが。


 しかし、俺の疑問を置き去りにしながら、フーッと煙を吐き出した瞬間、その煙は俺にまとわり付き、周囲と隔絶する壁のように立ちはだかり……何だか様子がおかしい……


 「……おいっ!!菊地一尉ッ!!モニタリング出来ないぞっ!?いや、それどころじゃない!アンタの識別コードまで【正体不明(アンクノウン)】って表示され始め……」


 俺は通信担当チーフの言葉を遠くに聞きながら、ファルムの眼の光を吸い込まれるように見つめ続ける自分を意識しながら、次第に希薄になる精神…………が











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