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⑮宴の料理

 







 俺が先に立って食堂の扉を開け、中に入ると待ち兼ねたといわんばかりの人々が振り向き、今日の主賓を出迎えた。


 「カズンちゃん!活躍ご苦労様!!」

 「チンイェンさん!お疲れ様!」

 「エニグマさん!おかえりなさい!!」


 口々に讃える言葉で迎えられながら三人は食堂へと(いざな)われた。

 そこには要塞機に勤務しているほぼ全ての人員が一同に揃い、普段なら決して手にすることのない酒を掲げ、既に赤ら顔で盃を干した不届き者すら居る中、出迎えられたのだった。


 広い食堂狭しと集まった人々。要塞機の機長や管理職、裏方に徹する整備要員や補給担当員、果てはドローンのメンテナンス係や兵器改良担当の技術者等の滅多に行き交わない者や警備係の強面まで揃い、しかし全員が笑顔でやって来た面々を歓迎してくれていた。


 「エニグマさん、ずーっとモニターしてきて、いつかこうやって……元気な姿を見られることを夢見てきて……私、その……すっごく嬉しくて……ッ!」

 【エニグマ……ドロシー、エニグマみたいに、早くなりたい!】


 感極まりながら花束を差し出しているのは、彼女担当だった看護担当の女性職員、そして搭乗員見習いのシルヴィのドロシー。眼鏡をかけた若い女性職員の方はいつもの白衣ではなく、薄黄色のスーツを纏いながら涙ながらに語りかけ、並び立つドロシーは小柄なシルヴィの中でも更に小さく頼り無げだが、今日はピンクのワンピースで可愛らしい。


 「チンイェンさん、なんていうかその……初めてやって来た時はちっさいけど、凄く上手い操縦する人なんだなぁ……って感心して……なんていうか、ようこそ、って感じです!!」


 不器用な言葉遣いながら、しかし真摯な態度で口にしているのは管制担当の若者で、いつも軽口を叩く奴だな、等と思っていたけれど、見るべき所は流石は専門家だな?と感心してしまったり、


 「カズンちゃん!お腹空いてるだろ!?今日は色々あってキチンと食べてなかっただろうから、早く座って食べてくれよ!そんだけの料理は揃ってるから心配要らないからな!?」


 毎度お馴染みの食堂の面々が、手に手に料理を持ちながら誘惑の魔手を差し伸べて来る。いや、それは反則だろう?食い物で釣るなよ!?


 「さ!菊地はおいといて早速コイツを食べてみてよ!なぁ、旨そうだろ?」



 挿絵(By みてみん)



 食堂の班長が手にしているのは、ポン唐だ。毎度お馴染みの唐揚げにポン酢を足した大根おろしをかけたシンプルな料理だが、香ばしい揚げ物に酸味の効いた大根おろしが載っただけで全く違う料理になる……って、俺は良く食べているから判るけれど、カズンの反応は果たして……ま、好き嫌いないから食べるのはハッキリしているが。しかも、班長が手掛ける料理にハズレは無い。確かに無い。


 子供の握りこぶしより大きめで、それが沢山の人々の前に並ぶ皿の上に山盛りに……いや、この量は有る意味……明日からの糧食に不安が残るんだが、その巨大なポン唐にフォークを突き刺して……カズンが先制とばかりに齧りついた。


 「……あむぅ……カシュッ、て歯ごたえ……でも、じゅわあぁって、きて……うん!……おいしっ!!」


 うん、予想通りの好印象のようだな。確かに揚げたてのサクッとした歯応えの後に、じゅわあぁ……と沁み出る肉汁と、ポン酢の爽やかな酸味が脂っぽさを中和してくれて味わいを淡白にすることにより、いくら食べても食べ飽きない好感触に繋げていく、ってとこか?


 【……これ、サクサク。……それに、サッパリ……ご飯でも、お酒でも美味しい……♪】


 エニグマは手にしたビールを美味しそうに飲みながら、さっくりした衣の場所を噛み締めて一口飲み、さらにおろしポン酢が沁み切ってしっとりとした所を口の中で堪能してから、また一口飲み……俺、シルヴィが酒飲む所を初めて見たかも。


 【唐揚げって、私の国でも食べるけど……この組み合わせって新鮮かも……酸っぱいのって、珍しくないのに……これは初めてです!!】


 チンイェンは酸辣湯(スーランタン)が代表するような、酸味の有る味付けにも慣れているだろうけれど、これは初体験だったようだ。使っている材料はありきたりだから、母国でも再現し易いと思う。


 「さ、もう一つは……極細パスタの和風ペペロンチーノ!ま、食べてみれば一目瞭然だから!」


 差し出された一皿に、目を輝かせながら手を伸ばし、フォークを突き刺しクルクルと回して巻き付けてから、


 「……あむぅ!!……もむ、もむもむ……っ!?…………ッ!!」


 無言ながら目を瞬かせて硬直し、噛み締めつつ目を閉じてうっとりと余韻に浸りつつ味わいを堪能するカズン。

 でも直ぐに感極まったかの如く何度も頷きながら飲み下し、へほぉ……、と嬉しそうに溜め息を吐いた。


 そうやって味わいながら、繊細なパスタに一見似合わなさそうな醤油、ニンニクそしてバターの組み合わせのハーモニーに酔いしれていく。極細なのでボリューム感に欠けるかと思いきや、その濃い目且つパンチの効いた香り高いニンニクとバターの風味……そこにシャキッとしたキャベツの歯応えと塩味の効いたベーコンがいいアクセントになっていて、食べ飽きない。


 ついつい食が進むのだろう、取り分けた分があっと言う間に無くなってしまい、カズンの表情がションボリとした瞬間、


 「ハイ!お代わりお待たせ!!麺が細いから茹で上がり早くて直ぐに出せるのさ♪さ、ジャンジャンお代わりしてくれていいぞ!!」


 後ろからトングで鷲掴みにされた追加のパスタが、これでもかっ!!と言わんばかりの勢いで盛り付けられ、即座に食らい付き、


 「うんむぅ!!…………むぅ!!……」


 「だから喋らなくていーっての……喰うか喋るか、どっちかにしてくれないか?」


 その他にもアミエビのかき揚げ等、時折目にする要塞機名物の料理の数々や、オーソドックスな塩味の効いた加工肉(缶詰入り)料理、そして野菜不足を補うユーグレナを使ったスイーツ(これは言われなければ判らない秀逸な出来映え)等々……。


 押し迫る料理の津波に翻弄されるがままのカズン、気が付けばかなりの量のビールを当たり前のように消化していくエニグマ、そして周囲からの質問責めに目を白黒させているチンイェン……主賓は忙しそうでなにより、か。


 俺はいつの間にか突入していた狂乱の宴の会場を後にし、食堂から離れたラウンジの椅子に腰掛けて、燻煙タバコのスイッチを入れた。





 「……こんなところで一人っきりなんて……そんなに孤独を楽しむようには見えないのだけど?」


 「いや、あの空間でカズンの御守りをしていると、自分が浮いているって感じしか……って、え?」


 会場に居なかった波瑠かと思い、返答したつもりで振り返ると……そこには見馴れぬドレッシーな妙齢の女性が立っていた。


 絹の手袋まで身に付けている上に、深紫色のドレスは胸元に丸い切り欠きを大胆にあしらいながら、長い丈とスリットで上品な装いに纏められている。


 長い黒髪を銀の髪留めで纏め、襟足やうなじも美しく整えられたその姿は、夜会に参じた上流階級のご婦人と言われれば素直に信じてしまう程だった。


 「……その、えぇと……どちら様で?」


 「あらぁ?嫌ですわぁ……キチンと先約入れておいたのに……つれない御言葉ですこと……フフッ♪」


 そう言いながらその女性は俺に近付くと、素早くポケットから鱗を抜き取り、胸元の切り欠きへと宛がう。


 ……スッ、とドレスと一体化した鱗を見た瞬間、その女性が俺に言い放つ。


 「罪作りな男ね……空の上で会った時は冷たく接しておいて、こうして馳せ参じれば、少しは温もりを持って出迎えてくれるかと期待に胸を弾ませて来たのに……」


 言いながら身を捩ると、豊かな胸元も一緒に弾んで捩れ、確かに目のやり場には困るのだが……、


 「俺はあんたと話はしたい、と言ったが別にデートに誘ったつもりはないんだぜ?……()()()()()()()()()()よ?」


 「あら?又々つれない御言葉……いつも幼女とばかり接していたから、男性機能が退化しているんではなくて?」


 痛烈な皮肉を口にしておきながら、ホホ……♪と口許を手で隠して笑う姿は芝居がかったご婦人そのものだったが、


 「……監視カメラの画像に写らない上に、直視画像の識別コードが正体不明(アンクノウン)じゃ、不審者としか思えないんだがな」


 「まぁ、それはガッカリ……てっきり《上流階級(ハイクラス)》って表記されているかと期待していましたのに……ま、その名前は只の肩書きに過ぎないから、私は嫌いなの」


 やれやれ……波瑠といい、カズンといい……俺は暫くの間は女性に絡まれる役回りを演じないといけないのか?


 目の前に腰掛けながら足を組み、妖艶な笑みを浮かべるファルムを前にして、その相手の真意を計りかねて俺は暫くの間、立ち上る煙だけを眺めていた。




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