⑭歓迎会の前に
「イチイ!!やっと来た!!早く解放してぇ~ッ!!」
カズンのただならぬ物言いに俺は一瞬戸惑うが、それがただの杞憂に過ぎないことに直ぐ気付き、思わず苦笑いしてしまった。
軽微な怪我程度ならその場で処置出来る、簡易救護室を兼ねた搬送所の真ん中に、ストレッチャーからベットへと移されたカズンの身体の剥き出しになった腕には二本の点滴用針が固定され、ポトッ、ポトッ、と透明、そして黄色の薬液がそれぞれシリンダー内に滴っている。
細い腕には左右とも各一本づつ、紙テープで固定された点滴のチューブが付けられている為に確かに身動き出来そうにはなく、目を覚ましてまだ時間が経っていないからか、掛けられていたシーツも乱れてはいない様だ。
けれど普段から落ち着きある方ではないカズンのことだから、俺が来るまで行き交う医療担当員に懇願し続けていたのだろう、俺と同様に苦笑いしている彼等の顔色からずっとこの調子だったのだろう。
「酷いんだよ!寝てる間に、針刺されて、チューブ取っちゃ駄目だって!もうお腹空いたよぅ~ッ!!」
「あぁ、菊地一尉、お疲れ様です。……カズンさんは、まぁ、御覧の通り、すっかり元気になりましたよ……いや、本当に」
俺は精神的に疲労しただろう担当員に礼を、そして慰労の言葉を言いながら点滴が栄養剤とビタミン剤であと十分程度で終わることを聞き、
「カズン、早くそれを外して自由になりたかったら大人しくしてろよ?そいつが外れたらエニグマとチンイェンの歓迎会をするらしいから、それからは嫌って程飯にありつけるからな?」
それを聞いて初めて入り口に立つ二人の姿に気付いたのか、しかめっ面に八の字だった眉毛が弛緩すると同時に表情を綻ばせて、
「エニグマ!!久しぶり!!チンイェン!ご飯いっしょ!!」
思わず声に出して言った為、チンイェンは、私はご飯じゃありませんから……と困ったように笑い、エニグマもつられて笑いながら、
「お久しぶり、カズン。早く、外せるように、大人しくして、ね?」
歩み寄りながら手を伸ばし、カズンの銀の髪の毛を優しく撫でながら、慈しむように、……大丈夫、カズンも、私も……。と呟いた。
すると何か伝わるものがあったのか、落ち着きを取り戻したカズンが枕に頭を預けたまま、俺に向かって、
「……でも、カズン、イチイが来るの、判ってたから、心配はしてなかった……よ?」
とだけ言い、むふ♪と笑って目を瞑った。
「要らない!車椅子……カズン歩ける!!」
ベット脇に置かれた車椅子を見ながらカズンが不満げに言うものの、俺は黙ったままカズンをヒョイ、と持ち上げてソッ、と車椅子へと座らせる。
結局されるがままに移されたカズンは暫く恨めしそうに俺を睨んでいたが、諦めが付いたのか、はぁ……、と溜め息を吐いたあと、
「もぅ……仕方ない、カズン、お腹空いてるから、大人しく言うこと聞く……」
とだけ言い、サーボモーターで遠隔操作され動き出した車椅子の上で諦めた様に目を閉じ、従うことに決めたらしい。
「そうそう、そうやって大人しくしてくれれば早く美味いモノに……ん?どうした?」
言いかけてカズンの視線の先を見ると、皇竜種であるファルムの鱗を仕舞ったポケットを凝視しているのに気付いた。
その目付きは緊張感を伴い、若干の怯えと恐怖を感じさせる物だった。
「イチイ……そこ、皇竜種、居ない?」
たった一枚の鱗から、何らかの気配だか魔力だかを感じ取り、過敏に反応するカズン。……成長の兆し、なのか何なのかは判らない。に、しても皇竜種だと断定するとは。
「あぁ……居ないけれど、確かに当たってはいる。……これだろ?」
カズンにファルムの鱗を見せる。もしや取り乱すか、とも思ったが一瞥してホッ、としたように表情を弛緩させながら中空を見詰めつつ、
「魔力の匂いで判ったの……でも、前よりも、怖くなかった。……何でだろ?」
「さぁ……と言うか、何でだろ?って言われて答えられる訳がないだろうに……さて、もうじき到着するが、寄る所があるからそこに先に行こう。」
と言った俺の言葉の最後を聞いて、カズンは不満げに頬を膨らませる。
「えぇ~!?カズン、おあずけ、キライだなぁ……」
「そう言うなって……ほら、すぐそこだよ。」
カズンは指差す場所が小さな喫茶室……二十四時間飲物や軽食を自販機で買えるスペースの扉だと知って、怪訝な顔をする。
「イチイ……ここ、食堂、違うよ?」
「違うって……待ち合わせなんだよ。……お待たせ、チンイェン、エニグマ」
そこには通常の衣服、つまり待機時のフライトスーツとは違い平服姿のチンイェンとエニグマが、テーブルを間に座って待っていた。
「イチイ、カズン。行きましょう。ね?チンイェン。」
【そうですね。……カズンさんも随分待ちわびているみたいだし……何と言うか、ねぇ?】
チンイェンは黄緑色の、やや大人しめなスリット入りのチャイナ服。そしてエニグマはシルヴィ達が好んで着ている丈の短めのブラウンの貫頭衣(ローブ、とでも言うのか)、そしてオリーブ色のスラックス姿。
「チンイェン、綺麗な格好!エニグマ、似合ってる!」
カズンの正直な感想に、二人ははにかみつつも満更でもなさそうだ。見ているこちらも悪い気はしない。
「さ、急いで食堂に行こう。……それにしても、二人とも歓迎会だって随分張り切った格好じゃないか?そんなに堅苦しいものじゃないぞ?」
【いや……一応は無理を言って延長してもらった手前、キチンと挨拶するのが礼儀かと……違いますか?】
俺は彼女が真っ直ぐ且つ実直な性格なのを実感し、いい女なんだな、と思う。確かに彼女の父親が空母の艦長を務める位の人格者であるし、その年の離れた娘には良い所が流れている、それは確実なんだと理解できた。
「ま、言いたいことは判ったよ。とりあえずうちの腹ペコに餌を与える時間だから、勿体振らずに行くとしよう。……だろ?」
「カズン、エサ違う!!ご飯だもん!!」
不貞腐れ気味のカズンをからかいながら、食堂の扉の前に立ち、
「ま、百の言葉よりも今は一杯の飯だ。……さ、行こうか?」
遠隔操作の車椅子からカズンを抱き上げて立たせると、俺は三人に先に入るように促しながら扉を開けた。




