⑬《シェアリング・ワールド》
「……と、言う訳で、カズンの体調が思わしくない状況だったので以降の追撃は不可能と判断。急遽帰還することになり……はぁ、もう勘弁してくれよ?」
「駄目です、菊地一尉。あなたが普通のパイロットと違って前例の無い全身義体なのは良く判っているでしょう?……まぁ、私も全身義体のパイロット、って相手の診察は初めてだけど……。」
診察と解析結果を記録する為のタブレットを眺めながら波瑠は、むむぅ……と唸りつつ、癖のペン回しを始めながら考え込む。
その姿に亜紀の面影は一切無い筈なのに、何処かに追い求めている自分が居て苦笑する。
「……な、何よ……止めてよ義兄さん……そんなに見詰めないでよ……」
「いや、そ、そうか?……別に俺はそんなに……ゴメン」
時々二人で居ると、ぎこちない空気になることがある。亜紀と結婚する前からたまに、だが。
亜紀と波瑠の共通点は少ない。背の高さは妹、体型は姉。性格の明るさは姉、明晰さは妹……まぁ、そんな感じだ。
だからではないが、性格以外で職務に打ち込む姿に何かを求めたりするのだろうか。
「……いえ、それは置いといて、義兄さんだから言うけど……上から言われてカズンちゃんの検体を提出するように言われてるの……」
「上?……上って……軍隊、じゃなくて親会社の《シェアリング・ワールド》か」
波留は立場上、従軍医師ではなく派遣型の契約待遇だそうだ。こんな御時世だから金銭的な目的の人間はあまり居なく、閉鎖的なシェルターよりも多少の危険は覚悟で外の設備で暮らす者も珍しくはない。
しかし、波瑠の場合は派遣元の組織が問題なのだ。
「そう……《シェアリング・ワールド》が直々に【各地に点在しているシルヴィ達の全情報】を共有化させる為に、検体提出を……ってね。はぁ……今じゃなければこんなに悩まなくてよかったのに……」
コツン、とペンが机の上に落ち、床下まで転がる。よっこしょ、と言いながら丈の短いスカートを気にしながら波瑠がペンを掴むのを見て、亜紀もよっこしょ、と言っていたか……と思うのだけど……《シェアリング・ワールド》か……。
《共有化の世界》とは、元は大災難前の世界最大級の大企業が始めた協助的組織の名前だが、今は《シルヴィの束ね主》を擁護する為にアメリカが作り上げた越境団体、と言った存在だ。
その営業活動は多岐に別れ、危険な前線で従事する医師や専門分野の精密機械を組み立てる為のマザーマシン用AI設計技師の育成と派遣等、高度な分野や一筋縄ではいかない環境に赴く人材を育成しているので、彼等を渇望する側から見れば逆らう事の出来ない強力な立場にあるのだが、《シルヴィの束ね主》という強力な存在が身を寄せている今は、過去に繰り返してきた強権的な行動を取れないジレンマに陥っているようにも見える。
噂ではAIによる組織運営が噂される程、冷徹且つ徹底主義の効率性を追求している半面、契約している本人が赴任先を選べるような曖昧さも持ち合わせていて、《シルヴィの束ね主》の発言力が影響しているのならば……苦労しているのだろうな、トップは。
しかし、そこが検体提出をしろ、と言うことはどう考えてもカズンの著しい成長、そして変化も露呈するだろう。
もし、もしもだが……全てのシルヴィに充分な食事を与え続けてそうなるなら、一ヶ所に集めてブロイラーのような生活を強いて……いや、しかしイデアやエニグマに変化はないし、一体カズンの変化は何時から始まったのだろう。
「…………ねぇ! 義兄さん聞いてるの!?」
……と、俺はとりとめの無いループから波瑠の強めの言葉で引き戻された……どうも最近、一度考え込むとこうなる気がするな。
「済まない……で、なんだって?」
「もぅ!だから、検体提出はするべきか、ってことよ!?」
……あ、そのことか。それならば……、
「していいんじゃないか? 下手に隠すより調べて貰った方が良いかもしれないだろう? 余り隠蔽工作に腐心して疑われるよりも、オープンにする方がややこしくならないと思うぞ」
「……あ、そうなの?……てっきり反対するかと思ってたのに……」
「最初はそう思っていたが、考えようによっては他のシルヴィとの違いがハッキリするし、最悪の場合はカズンのみでも救済されるかもしれない……最悪の場合、なんて考えたくはないが」
そこまで言った俺の顔を見る波瑠だったが、困ったような表情になり、
「もう……コミュニケーションフェイス付けてないと、ちっとも判らないわ……義兄さんが本気でそう言ってるのか、真意が別にあるのか、なんてさぁ……」
そこまで言い切った後、う~ん、と言いながら伸びをして波瑠は椅子から立ち上がり、
「まぁ、速答することもないから、様子見するわ……さて、診断結果は問題なかったし、戦闘後遺症も見当たらなかった!心配なし!」
「そうか、ってやけにあっさりだなぁ……さっきまでの深刻な顔はどこにいったんだ?」
「そう?私は何時でも同じ顔よ? 義兄さんと違って、ね……」
そう言いながら俺に近付き、俺の頬に手を当てる。
人間の骨格に似せてはいるが、重量バランスと固定時の安定性を重視して前後に延ばされた頭蓋骨、その前面から後方まで巡らされた視野カメラの可動レールが縦に二筋、そして耳の有るべきスペースには集音機の蓋代わりの金属製ネット……鼻孔や口も簡略化されてのっぺりとした印象だろうが、顎は奥に有る飲食用の内吻を保護する為に大きく開くようになっていて……つまり、醜悪な爬虫類の骸骨そのものに近い。しかもメタリックな地肌剥き出しのまま、折り畳む構造に特化した全身義体の上に載っているのだ。
「波瑠……俺は、昔と違うだろうし、その……見た目もこれだ……」
「何言ってるのよ……姉さんの敵討ちの為に我を忘れてそんな身体を選ぶ所なんて、結婚記念日にパトカー振り切ってまで急いで帰った時の義兄さんそのものじゃないの~♪ ……ホント、あなたらしいわよ? 中身は!」
「……そっか、波瑠にはそう思われて……って! お前それ違うから! あれはたまたま道を間違えて通行禁止区分で……」
「……だから、そーゆーとこは全然変わってないから! 心配ないわよ? あなたは昔と変わらない直也さんだから」
ぺちん、と頭を軽く叩かれながら、そうなのかな……、と波留の立ち姿を眺めつつ、そうなのかもな……、と一人合点した。
【菊地一尉、大丈夫……でしたか?】
エニグマがベンチから立ち上がり、チンイェンと共に俺へと近付きながら声をかけてくる。
「……ん? エニグマ、心配だったか? 問題なんて見た目だけさ……俺はな」
【見た目だけ……そう思うならなぜコミュニケーションフェイスを着けないんですか?戦闘機に乗る時以外は着けていた方が良くないですか?】
チンイェンはそう言いながら、機内要員達が会釈しながら通り過ぎる度に、丁寧に挨拶しつつ微笑みながら、
【……私だったら、余り良い気分にはならないと思いますが……平気なんですか?】
「……俺は兵器だ。自分を機体の一部にして、飛竜種を狩り取る。鎌の刃先がいちいち見た目を気にしても仕方なかろう?」
【……私には、良くわかりません……】
「それよりもチンイェン、エニグマ……コンビで飛ぼうと言い出したのはどちらからなんだ?」
そこまで言った瞬間、俺は皇竜種と別れた後のことを思い出す。二人して戦闘空域に現れた時、索敵目的で俯瞰視モードに切り替えたが、目の届く範囲に飛竜種は居なかった。
簡単な話だが、パイロットのチンイェンは空戦機動に専念し、狙撃はエニグマの役割分担に徹した結果、飛竜種共を駆逐し切ってしまったのだ。
【……それは、私の方から、です。チンイェン、飛たがっていた、から……】
【いや、それはその……なんと言うか、夢中だったから……】
聞けば機内要員と飛ばせろ、駄目だと押し問答をしていたチンイェンとの間に割って入り、自ら進み出てコンビを買って出た、と言うことだ。
「成る程、そうだったのか。まぁ、よかったじゃないか。暫く二人で一緒に居られるみたいだし」
そうなのだ。チンイェンは習熟訓練の延長を飛龍改二と自国の組織へと嘆願し、受理されたのだ。向こうからすれば、強力無比な最新鋭機に精通した人材は必要だし、こちらとしては若くて才能の有る(美人な)パイロットは一人でも多く居れば助かる。
【そうです、菊地一尉、食堂の班長、歓迎とお帰り会、するって言ってました】
「歓迎とお帰り会?ほぅ……歓迎ってのはチンイェン、お帰りってのはエニグマのことか?」
そう言うと恥ずかしそうに俯いて、エニグマはそう、みたいです、と肯定しながら、カズンさん、連れて来ないといけません、と俺を促した。
あれから到着後直ぐストレッチャーで運ばれて、点滴と注射で改善はしたようだが……早くアイツが旨そうに飯を食うところを見たいものだな。
【はい、その通りです。それはそうと、カズン、さっき起きたみたいです……きっと、色々あったから……】
そう言うとエニグマは、悪戯っぽく笑いながら人差し指を上げて、
【……カズン、そろそろお腹が空く頃ですよ?】
と、呟いた。