⑦帰投
【イチイ、これ食べる?】
俺の膝の上でざきざきと袋を広げながら、手にした揚げ菓子を口に放り込み、カリカリと噛み砕きながらカズンが聞いてくる。
何でも砕いたアーモンドをまぶした練り粉を揚げて、蜂蜜入りの糖蜜に絡めて固めた物らしい。硬いが甘くて香ばしくて病み付きになるそうで……チンイェン曰く【艦内の購買部の断トツ人気商品って言ったらこれしかない!】だとか。
……ザクザクしっとり大豆粉とか教えたら悶絶するんじゃないか? 三国もジャンキーな食べ物を好むから、二人で気が合いそうだ。
俺達は二日間、中国義勇軍の潜水空母に厄介になり、親睦を深め……いや、ハッキリ言えば極めつつ、帰路に着くことになった。
思い起こせば中国義勇軍所属のステルス潜水空母では、何かにつけて食べ続けていたカズンとイデア。……特別することもなかったせいも有るが、食欲旺盛な二人は兎に角ご馳走三昧で終始嬉しそうだった。まあ、喜んで食べてくれれば、作る側も嬉しいのは確かだ。
……流石のカズンも、少し太ったんじゃないか?……まぁ、体型が急に変わる程ではないのだろうが。
肉まん。その原形は生け贄として捧げられた羊の頭が由来だと伝わる、小麦粉の皮に包まれた肉餡の料理だ。
湯気を上げながら皿に山積みの一つに手を伸ばすカズン、そしてイデア。体型の割には食の細い三国は不健康そうなジュースに口を付けながら見ているだけなのだが、二人のそんな姿を微笑みながら眺める横顔は実に絵になる。
……女性パイロットの人気投票(そんなものが有るのだから能天気なものだ)では常に上位をキープしていながら、万年婿無しと揶揄されているのは、その見た目と裏腹に、一度空に上がれば狙う飛竜種を落とすまで決してトリガーを緩めない【狂戦士女王】と渾名される好戦気質のせいだろう。
……あむ!……もしゃ、もむもむもむ……ごっくん。
【……ほわぁ~♪イチイ!シャキシャキしてて、お肉味!!シャキシャキ、なに!?】
「シャキシャキ?それはたぶんタケノコかショウガだな……ダシで入ってる干し椎茸や干しエビの風味も悪くないだろ?」
タケノコ、干し椎茸、干しエビ、挽き肉、そしてタマネギやニンニク、ショウガ等が主原料。旨味の強い食材を纏め上げるのはオイスターソースや甜麺醤等。大きさは大人の掌大だったり一口大と様々だが、皮と餡のバランスを考えると程良い大きさで揃えられている。
幸せそうに微笑みながら、一口また一口と食べるカズンとイデアを見守る。きっと彼女達が食事している様子がどことなく小動物を彷彿とさせるからかも知れない。見ていて飽きない。
美味しい美味しいと連呼しながらすっかり平らげたカズンが、皿に盛られたもう一つをチラチラと見ているのは笑える……旨かったんだろ? いいぞ、もう一つ位。
ソッ、と手を伸ばした肉まんの反対側から、白く細い伸びやかな指先が同じ肉まんを掴む。
【イデア!……これ、カズンが食べる分!】
【カズン!……これ、イデアのだから!】
成りは小さい癖に、食い物のことになると俄然好戦的かつ負けず嫌いになるカズンとイデア。その二人の視線が一つの肉まんを巡って、激しく火花を散らす。既に片っ端から取り合って最後の一つになっているのは判っているにも関わらず、二人は激しい争奪戦を繰り広げていた。……あー、意地汚いな……まったく。
俺は無言で肉まんを手に取り、手にしたサバイバルナイフでそれを真っ二つにすると、それぞれをカズンとイデアに手渡す。
「……ほら、これでいいだろ?仲良く半分こにしとけ、な?」
二人は一瞬だけ固まっていたが、突き出された肉まんが綺麗に二等分されているのを見てとり、無言で掴むとまた夢中になってあむあむっ、と食べ始める。平和でなによりだ。あと完全義体なめるなよ?目測と動作制御はお手の物だからな。
毎日毎日、二日間に渡り、本格的中華大衆料理の数々を平らげて、すっかり辛味に慣れ親しんだ様子のカズン、そしてイデアと三国。
【見て、イチイ!!売店の人とかに、こんなに沢山、お土産もらった!!】
背嚢に詰め込んだ携帯食や干菓、その他カズン目当てに持ち寄られた様々な品々(中には似顔絵や写真まで有った……)で膨らんだそれを見せるカズン。
ちなみに来た時と違い、最も華やかな艦内作業女性用の正装用披服(黄色の深めのスリット入りチャイナドレス)に身を包み、首には若い艦内作業員の女性陣から贈られたスカーフを華状に結び、それはそれは可愛らしくなっていた。
豊かな銀髪は二つに纏められ、華を模した髪飾りのかんざしで留められていて、見た目はすっかり大陸風娘の風情……まぁ、元が元だけに悪くない、いや……良く似合っている。
「よかったなカズン。……まぁ、別に急いで戻る必要もないんだがな?」
意地悪くそう告げるが、途端に頬を膨らませながらプイッ、と横を向き、
【イチイ、意地悪!……カズン、広いお風呂、入れないの、好きじゃない……】
そうなのだ、この天国のような潜水空母の唯一の欠点は……湯船が無いこと。
水は使い放題なのだけど、何故か湯船に湯を張り身を浸す贅沢だけは味わえないのだ。俺は然程不便には感じられないのだが、我が要塞機に標準装備の絶景を眺めながら味わう入浴の愉悦(夕焼けの雲海を眼下に納めつつ……なんてのは日常的な風景なのだ)が、閉鎖的な環境を余儀無くされる潜水空母では夢のまた夢だ、なんて想像もしていなかった。
「さ、私達も戻るから、先に発艦準備を始めて。……じゃないと、過積載で飛び立てなくなっちゃいそうだから……」
三国が呆れ顔で指差す方向には、別れを惜しむ艦内作業員達から手渡される様々なお土産に埋もれた赤髪のイデアの姿だった……確かに、そうなりかねんな。
俺とカズン、そして三国とイデアの乗った機が朝焼けの水面に浮かぶ潜水空母の甲板で暖気をしていると、一人の甲板作業員が駆け寄ってきてインカムを触るゼスチャーをする。
作業員との交信用に設定された通信回線を接続させると、慌ただしく駆けてきたからか、やや息を弾ませながら甲板作業員が少し早口に話し出す。
【……発艦準備中に済まない!今しがたあんたらの要塞機から通信が入って、至急回線122で連絡乞う、とのことだ!!】
回線122……? 部隊間でのブリーフィング用の回線番号じゃないか……何なんだ一体?
《……こちら菊地一尉。これから戻りますが、何かあったんですか?》
《ああ、菊地一尉ね。急に呼び出して悪いんですが、急きょそちらの中国義勇軍から新型戦闘機での習熟訓練の依頼がありまして……こちらも、あなたとカズンが世話になったこともありまして、無下に断る訳にもいかないし、協調路線の関係もあり承諾することにしました》
通信相手は艦長の佐々木一佐だった。
しかし、新型戦闘機と言ったら俺達のコレのことか?確かに設計は新しいが、義体装備のパイロットが対象のピーキーな可変翼機だぞ?習熟訓練とか無理じゃないか?
そう思いはしたが、全体でそう決まってしまったのなら、俺がしのごの言っても始まらない。
仕方がないので、カズンに説明して荷物(大半が食い物だが)を一部残して三国機に預け、俺の膝の上にカズンを乗せ、複座の後部シートを空けてそこにお客を座らせて帰還することにした。
「……やっぱり君だったのか?チンイェン。」
【将来的に貴方みたいな全身義体のパイロットが主流になるかは判らないけれど、世界有数の最先端戦闘機を飛ばせる機会はそうそう無いでしょう……ご厄介になるけれど、宜しくお願いいたします】
耐圧服に身を包んでヘルメットを被りながら通信回線で話すチンイェン。
……膝に乗せるのはチンイェンにしようか?
【イチイ……変なこと、考えてない?】
泣く泣くおやつの選別を済ませて荷物を二分させたカズンが、俺に向かって低い声で聞いてくる……妙に良い勘してやがる。




