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③かき揚げ丼





 翌朝、俺は体内時計の電気信号で叩き起こされる。暫く後に意識がハッキリすると共に、微妙な違和感を感じ、狭い部屋を広く見せる意味合いの強い窓を眺めてみた。


 まず位置が違う。俺の部屋は突き当たりに窓がある筈なのにここは寝台の横に有る。


 【……イチイ、それ、カズンの肉団子……ですぅ……んふぅ……】


 そしてカズンが居る。





 その瞬間、俺の意識は急激に覚醒し、昨夜の状況を思い出した。


 寝かしつけたカズンだったが、部屋を出る為に立ち上がった俺の袖を掴みながら、「ひとりぼっちにしないって、言った……イチイの、ウソつき……」と涙目で訴えてきたので、仕方無いから寝台の下に腰掛けながら、カズンの頭を撫でて居たんだったな……。


 【……んふ、……んんぅ……】


 まだ目覚めるには早い時間、寝間着替わりの短パンにランニング姿のカズンは、ややもすると発展途上の様々な場所がはみ出しそうで困る。


 ……いやいやそれよりも今はこの状況を何とかせねばならん!!


 カズンの居住区は女性専用の区画の入り口近く。俺は保護者みたいな役割だから、彼女の部屋のパスワードは知っている。

 だがそれはそれ、万が一の誤解の元になるなら俺はカズンの部屋から一刻も早く離脱を図らねば……。


 ……いや、そうじゃない!ここは覚悟を決めて【起こしに来ました!これから朝御飯をカズンと取りに行きます!】といった体の方が良さげな気がしてきたぞ……。


 俺はそう覚悟を固めて、ひとまずカズンを優しく揺り動かして起こし、耳元で「昨日食べ逃したご飯を食べに行こう」と囁いた。




 【……イチイッ!!ご飯の時間ッ!!ですぅ!!】


 ガバッ!!と起き上がったカズンはランニングの肩ヒモをずり下げたまま寝台から飛び降りて、そのままの勢いで洗面所へ駆け込みバシャバシャと水音を響かせブァ~ッ!とドライヤーを使った後、シャカシャカと歯磨きの音を響かせて、ブクブクペッ!と手短に浄め、


 【イチイ!準備終わった!朝御飯ッ!】


 長い前髪を脇に撫で付けてバレッタで止めながら、そう叫びつつ部屋の外へ走り去って行った。やれやれ……慌ただしい奴だ。




 戸締まりを済ませた俺が通い慣れた食堂ののれんをくぐると、


 【イチイ遅い!!早く座る!!】


 いつもの長テーブルの指定席に陣取ったカズンが、自分の向かい側の席を指差してバンバンとテーブルを叩いて促してきた。


 食い物の恨みは根深くなりそうだったので、ここは素直に従うつもりだ。



 「ごはんの前に……カズン、その、エニグマのことは……平気なのか?」


 【ハイ!……エニグマ、きっと……起きたら、ダイナ居ない、知って……だから、カズン、一緒にご飯して、一杯お話しします!】


 お、おぉ……何とも頼もしいお言葉で。今朝のカズンは何だか一回りお姉さんになったみたいだな……バレッタで髪を纏めてイメージ変わったからか?それとも成長の兆しってとこか?


 【イチイ!ご飯来た!取ってくる!!】


 いち早く注文を済ませてたのか?立ち上がり颯爽と受け取り口に向かうカズン。


 「……はい!これとこれ……カズンちゃんのは特盛ね……はい!」


 ……な、何だと……!?朝から激しいぞ……。


 にこやかに微笑みながら、お盆に載せた二つの丼……片方は蓋が閉じずに中から具材がはみ出している。

 だがもう片方は、その具材の量が倍、そして下の白飯も倍……つまり、はみ出したご飯の上にうず高く積み上げられた二杯分の具……やり過ぎだろ?


 【イチイ!食べよ!!……いただきますぅ!!】


 カズンはハシュッ、とスプーンを具材に差し込み、そのまま蓋へと持ち上げ載せて、サックリと揚がったそれを軽く割り、大雑把に崩して端っこからかぶり付く。


 ざしゅっ、かりかり、もくもくもく……


 【んふん……、……イチイ、サクサク!おいしい!!】


 それを噛み砕き飲み下しながら、カズンは気に入ったらしくまた一口分を取り崩して、今度はタレの染みたご飯と共に口へと運ぶ。


 小さめな口を目一杯広げ、あむっ!と勢い良く頬張り、あむあむあむ……良く噛んで……、飲み下し、


 ほぅ……♪と、小さく吐息。そしてやや潤んだ瞳を煌めかせながら、


 【イチイ!ご飯にもコレにも甘いの掛かってておいしい!!甘いの、何!?】


 「ん?たぶん煮詰めダレ……じゃないか?今じゃなかなかお目にかかれないけれど、東京浅草界隈じゃ、揚げ物って言ったらコレがだいたい掛かってるもんだな。」


 カズンはもう一口頬張って、美味しそうに味わいながら眼を細めていたが、ふいにトーキョー、アサクサカイワイ……と呟いてから不意に、


 【カズンもそこ行ってみたい!イチイ、いつか連れていって?】


 俺はその言葉を聞きながら、複雑な心境になってしまった。何故かって?……カズン達が来なければ、東京は東京のままだったけれど、シルヴィ達の大転移がなければカズンとは出会えなかった訳だ……勿論、灰塵と化した東京にも数え切れない犠牲者が眠っている筈だが。


 そんな気持ちが知らず知らずのうちに顔に出ていたのか、カズンは俺の方を眺めながら少しだけ気遣うようにしつつ、


 【イチイ、やっぱり、無理?……だったら、いいです……】


 「なーに気にしてるんだよカズンちゃん!!トーキョーなんて昔はごちゃごちゃしてて物価は高いし人も車も一杯で窮屈な街だったよ!!」


 食堂(そう呼んではいるが組織の都合上、実際は糧食給仕室が正式)の奥から班長がカズンに向かって気さくに声を掛ける。


 【……そう、なんですか?】


 「おー、おー!勿論さ!だからカズンちゃんがわざわざ東京に行かなさくても、ここで旨いもん、一杯出してやるからさ!なぁ、菊地?」


 「あ、あぁ……そうだとも!だからカズン、今は心配したりはせずに、旨いもん沢山食わせてもらわんとな?」


 明るい笑い声に包まれたカズンは、照れ隠しにまた一口頬張った後、

 恥ずかしそうに……少しだけくすぐったそうにして、


 【イチイ、美味しいね♪……カズン、ココ来てよかった♪】


 笑みを浮かべながら特盛を順調に減らしていく。

 俺も自分の丼に向き合うことにして、箸をつける。サックリと良く揚がっていて、衣もべちゃっ、とはしていず軽やかそうだ。

 口元に近付けると、揚げ物と甘辛いタレの香ばしい香りが漂い食欲を掻き立てる。


 端にかぶり付くとざくっ、としていながらホロホロと口の中で解けて心地よい塩梅で、揚げ油に菜種油を使っているのか脂もの特有の重さも無い。

 衣に絡むタレは艶やかな色合いに似合った黒糖と醤油の甘辛さ、そして濃い香りが心地よい。


 衣に隠れているが主役のアミエビも鮮度の良さからだろう、鼻に抜けるような香ばしさに溢れているし、ニンジンやタマネギの甘さや三つ葉の爽やかな香りも実に良く合っている。

 それらが一体になってタレの染みたご飯と合わさると……カズンではないが、身悶えする程に、実に美味い。これ程のは……久々かもしれない。


 ペース良く食べ進めるカズンを眺めながら、これなら特盛も有りだったかもしれないな……と、遅まきながら考えていた。



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