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①二人の日常



 《……ザーッ、…………チイ、…………在位置…………、ザーッ》


 「……無線が効かないな…………カズン、そっちはどうだ?」


 俺は頭の中に直接響く途絶え気味の音声に耳を傾けながら、後部座席のカズンに尋ねる。今日も視界は良好……もっとも雲海の上ならば、どこでも視界良好なのだが。


 【イチイ、飛竜種、居ない、カズン、そう思う】


 片言は変わらないが、以前とは少し違うニュアンスを含んだ言い方で返すカズン。彼女は相変わらず言葉に間接詞が乏しいが、時たま異なる言い回しをするようになったのだ。


 コンビを組んで四ヶ月が経過して、二人でこうして哨戒と索敵を続けて来たが、最近のカズンは目に見えて変化が現れて来た。


 まず一番の変化は、栄養状態の向上によって体格が良くなってきた。少々下世話な言い方になるが、年端も行かぬ幼女にしか見えなかった彼女が背丈も伸びて、ややふっくらとした女性的な体型になり始めてきたのだ。


 そして言語の変化と共に目に見えてその知能も向上の兆しを見せ、今までは単純な足し算や引き算も理解できなかったのが、二桁の掛け算割り算を理解し数式として回答出来るまで成長していたのだ。これは彼女を分析してきた検査官が「ここまで短期間で変わるのか?」と驚く程なのだから、俺の一方的な思い込みではないだろう。



 【……イチイ、ご飯……まだ……ね?】


 「お、おぅ……そうだな……し、周辺警戒、頼むぞ?」


 【ハイ、イチイ。カズン、見張ります】


 時々、何が切っ掛けになるのかは判らないが、幼さの残る見た目にそぐわない程の色気を見せる時があり、ハッとさせられる。異世界の時間経過がこの世界とどれだけ違うのか判らないし、カズン達の実年齢と環境との因果関係はまだ不明な事の方が多い……そもそも、シルヴィ達自体が、未知の存在なのだ。



 【イチイ、周りに飛竜種、居ないです】


 カズンの感応能力は、最新式レーダー並みかそれ以上の精度を誇り、視界外に発生している《異界との接点》を感じ取り、微弱な魔力から飛竜種達も相手より先に探知する。唯一の欠点は体調、特に空腹時に著しく精度が落ちることだけだが。


 「そうか……それじゃ、周回コースに乗って警戒レベルを一段階下げて帰ろう……衛星走査だってたまには誤報の一つ位出すさ」


 俺はカズンにそう告げると【暢気(のんき)なお散歩コース】と揶揄される周回コースに進路変更し、眼を瞑った。周回コースは度重なる警戒飛行が重複する箇所で俺達以外も頻繁に飛行する為、飛竜種と遭遇する可能性が著しく低い。その為に【暢気なお散歩コース】と呼ばれている。ここまでくれば雑談に熱中しても……問題はないと思う。



 【イチイ、今日の食堂、何が出る?】


 「う~ん、たぶんかき揚げ丼なんじゃないか?」


 【それ……何?】


 小首を傾けながら、不思議そうな顔をするカズン。バックミラー越しに見えるカズンはやや大きめの防護ヘルメット姿で、無機質かつ武骨な機内には全く似つかわしくない。……しかし、綺麗な華が生けてあれば誰だって和むと言うものだ。敵の居ない時ならば、緊張が解れるのは悪くない。居ない時は、だが。


 「そう、かき揚げ丼。飛龍には培養槽が有るから活きの良いアミエビが採れるし、まだまだ野菜も枯渇していない筈だから……旨いと思うよ」


 頭の中の《食堂日替わりメニュー一覧・四月》を眺めながら俺はそう答える。巨大な飛行要塞の【飛龍・改二】は、多数のパイロットと整備要員を賄えるだけの食料を搭載して何ヵ月も飛行出来る。洋上の空母並みの積載量、そして遥かに上回る機動性を誇る飛龍は、俺とカズンの住まいと言っていい所だ。


 【それ、カズン、食べたこと、ある?】


 「アミエビを収穫するまでの期間が有るから、まだカズンは食べていないな……増殖させて一度培養槽が一杯になってからじゃないと、食用としないんだ。コップに溢れる水と同じなんだよ」


 改良型のアミエビは、機内で出る有機廃棄物を食べて短期間で増える。その速度は三日で産卵出来る程に成長し、草食性なので共食いもしない。おまけに食べて美味しい……とあって、長期警戒任務に欠かせない動物性蛋白質の供給源。ちなみに植物性の方はユーグレナ……ミドリムシだが。


 【……それ、どんな、味?】


 「ふむ……タマネギと三つ葉、ニンジンそれにアミエビ。それを粉で纏めて揚げるんだ。揚げ立てをタレに浸すとジュワッ、ていってな……それを熱々のまま、タレを掛けた白飯に載せて……」


 言ってるこちらの方が味を想像してヨダレが出てしまう。大混乱の最中に失われた味も多い……評判だったチェーン店なんて壊滅的どころか絶滅している現状であるし、そもそも戦えない非戦闘員はシェルターでの生活を余儀なくされて、配給の食料で命を繋いでいる人々が大半だ。俺達のように食事の予想等、今時は贅沢の極みかもしれない。だが、生きていれば食わねばならないし、食うなら旨い物の方がいい。


 【イチイ、それ、カズンもいい?】


 「今夜の日替わりに入っていたら食おう。きっとカズンも気に入るぞ?」


 【ハイ!カズン、食べます♪】


 パチン、と手を叩きながら元気よく宣言するカズンの姿に、思わず頬が弛んでしまった。食うことに関しては人一倍旺盛なカズンである。もし食う以外にも何か旺盛なことを見つけたら、等と考えてみるが……バックミラー越しに見えるカズンの姿は身体を左右にリズミカルに揺らしていて、【早く!早く!ご飯はまだですか!?】と尻尾を振る犬のように見えた。



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