⑩カズンの言葉
格納庫から出ようとした俺とカズンだったが、突如現れた艦内要員達に押し戻されてしまった。
一瞬、何事かと思い緊急時の義体出力のリミッターを切ろうとしたが、寄せ来る人々の表情を見て思い止まる。皆、心底嬉しそうだったからだ。
「カズンちゃん! スゴいじゃな~い!!」
「流石は【シルヴィ】だねぇ~、サラマンダーを一撃かい?」
「カワイイのに強いよねぇ!!」
……ああ、そりゃそうだな。見た目は高校生位にしか見えないカズンが、サラマンダー相手に戦闘機並みの火力を見せ付けたんだ。しかも手の届かない範囲の相手を二体も纏めて、だからな。
彼女を取り囲みながら、女性陣は手を取ったり握手したり、抱き付いたり。男性陣は……直接触れられないが、優しい労いの言葉で祝福する。彼等の喜ぶ様を見ていると、俺の手柄なんて霞んで消えていくな。
「……すまんが、まだ報告していないんだ。悪いが通してくれないか?」
俺はみんなの様子を見ながら、落ち着いた頃合いを見計らって声を掛け、先に立って進んでいく。カズンも俺の後ろに付きながら人々に手を振り、ありがと! と声を掛けてからその場を後にした。
「戦果は此方も確認済みです。お疲れ様でした」
【飛龍・改二】の佐々木艦長に記録ロムを手渡すと、静かに告げながら端末にロムを差した。空戦報告はこれで終わりだが、彼女はカズンに向かって手を差し出しながら、
「……【シルヴィ】とは初めてお会いします。私が艦長の佐々木です。【飛龍・改二】は観光船ではないので快適な生活は保証出来ませんが、我が家と思って過ごしてください」
丁寧に言うと、差し出された手を柔らかく握った。
【はい! カズン、ひりゅー、良いところ、思います!】
握られた手を上下に振りながら、カズンも元気よく答えてくれる。佐々木艦長は若い見た目と違い、落ち着いた雰囲気を維持しながらその答えに満足げに頷き、続けて俺にも労いの言葉を掛けてくれる。
「ありがとう、カズンさん。菊地一尉、あなたも早速の戦果、ご苦労様でした」
「……いえ、やるべき義務を果たしたのみです。ところで、この艦には搭乗員はどの位居るのですか」
俺はこの機会だからと質問したが、佐々木艦長が返した答えは意外なものだった。
「……残念ながら、先日の空戦でかなりの負傷者を出しまして……菊地一尉、貴方が現在、唯一の補充兵です」
……艦長の居室を辞し、俺とカズンは休憩時間を過ごす為に各々の部屋に戻った。彼女は宛がわれた部屋に【広い! キレイ! イチイ、いっしょ、住む?】と余計な言葉を交えながら入り、チラッとこちらの様子を窺うので、また後でなと言い残して退散した。嫌ではないが……他人から嫉妬されたくない、と心の中で言い訳してみる。
自室に戻り、専用ベッドに横たわって義体の充電をしながら、そのままの姿勢で艦内ネットを経由し過去の戦闘記録を閲覧した。直近の記録では死者こそ出なかったものの、パイロット全員が重傷を負って後方基地へ移送されたそうだ。マジかよ……この空域、そこまで激戦区だったのか。
……そう思った瞬間、心の奥から沸々と黒い復讐の波が押し寄せて包み込んだ。
亜紀の敵討ちが出来るじゃねえか……サラマンダーでも、ドラゴンでも、何でも構わない。俺は何の為に生身の身体を脱ぎ捨てた? 飛竜種を一匹残さず俺達の世界から叩き出す為なら……
…… あ あ あ あ あ あ あ あ っ ! !
突如、煮え滾った頭の中が真っ白になり、無意識のまま義体のリミッターを外そうとしたが、強力なプロテクトが掛かり身体制御が作動する。
ガチッ、と身体中の関節からロックが作動する音が響き、ネットを介して遠隔操作されたのだと気付く。その瞬間、自分の過ちに気付き、憤りが鎮まっていった……俺は一体、何をしようとしていたのか……。
暫くしてベッドから起き上がり、部屋に備え付けられた洗面台の鏡の前に立つ。鏡に映るのは、醜悪な金属質の外骨格が剥き出しの頭。まるで宇宙人か生物兵器のような面構え。もし、亜紀が生きていたら、何と言うだろうか。
(貴方はいつまで経っても、子供みたいな所があるわよね♪)
……彼女の口癖だった言葉が頭の中で響き、何となくホッとする。亜紀だったら復讐なんて止めてくれ、と言うかもしれないが、こんな姿になった自分を軽蔑したりは、しないだろう。
【イチイ! ごはん、行こう!】
突然、艦内通話を介してカズンの声が聞こえ、いつの間に使い方を覚えたのかと思ったが、まだまだ若い彼女なら、新しい事を吸収出来るだけの伸びやかさを持っていると納得する。
【……ああ、判った。今から迎えに行くから待っててくれ】
同じ艦内通話で答えてから、男女別に別けられた区画の中央ロビーで待ち合わせしようと約束し、部屋の扉に手を掛けた。
……見た目は変わっても、中身までは変わっていないよな?
此処には居ないと判っている亜紀に、心の中で問い掛けてみたが、当然、返事は無い。
【イチイ! ごはん、まだ!?】
先に着いたのか、カズンの声が再び響き、俺は苦笑いしながら扉を抜けて通路へと出た。