⑨凱旋
遥かな高みで待つ【飛龍・改二】への帰着コースに入った俺は、両手を操縦桿から離して【紫電】を自動飛行モードで飛ばしながら、管制官に無線で報告する。
「こちら【紫電】……パイロットも搭乗者も無事だ」
《……了解。着艦を許可する。オートモードに切り替えて待機せよ……》
ゆっくりと翼を動かしながら【紫電】が自律飛行で巨大な【飛龍・改二】の真下へと近付いていく。
横に引き伸ばされた楕円状の巨体の各所に、希薄な大気で真価を発揮する防御用レーザーを装備する【飛龍・改二】は、その巨体を空に浮かべる為に必要なエネルギーを原子炉から得ている。小型とはいえ、万が一メルトダウンでも起こしたら……と、考えるのは国民性なのだろうか。
俺の思惑を他所に【紫電】が【飛龍・改二】の下に潜り込ませ直下で待機していると、やがて頭上の構造体が開かれて中からアームが伸び、機体の下へとカゴ状の格納用キャリアを固定する。そして【紫電】を上下から挟み込むと内部へと引き込んでいった。
薄暗い艦内部へと格納された【紫電】に向かって、艦内作業員達がドローンを近付け、戦闘中に浴びたかもしれない飛竜種の飛沫や血飛沫を洗浄液で洗い流した後、ラダーを据え付けてくれる。
「初戦果、おめでとうございます!!」
キャノピーが開くと、若い作業員が保護マスク越しに笑い掛けながら祝福してくれる。
「ありがとう……だが、別にサラマンダー程度は珍しくもなかろう?」
「いえ、そんな事は有りませんよ! 何せDSーⅡで空戦出来たのは菊地一尉が初なんですよ!!」
と、俄には信じられない事を告げたので、俺は何故かと尋ねてみた。
……仔細を聞けば、直ぐに判る事だったが、この機体、脊髄反射対応型長距離複座戦闘機……と、長ったらしい名前のコイツは、そもそも航空機専用全身義体を対象に開発された物なのだが、肝心の専属パイロットが居なかったらしい。
勿論、生身の操縦士が乗っても飛行する事は出来るのだが、一番の売りである【機体の操縦と空域情報をダイレクトに把握出来る】利点は生かせず、やたらピーキーで操縦し辛い複座式の巨大な戦闘機と化して十分な成果は得られなかったそうだ。全身義体化パイロットは、まだ数人しか居ない。おまけにシルヴィまで揃うとなると……【飛龍・改二】の搭乗員が興奮するのも仕方なかろう。
【イチイ! おつかれ様!!】
機体から降りようとタラップの手摺を掴んだ時、後部座席のカズンが叫びながらコックピットからジャンプし、俺の首に手を絡めながら身体を回すようにして勢いを削ぐと、そのまま手摺を掴んで滑りながら綺麗に着地した。
【カズン、頑張った! 上手く、出来た?】
行儀の悪い降り方に注意しようとしたが、考えてみればコンビを組んで初戦果を挙げ、無事に帰還出来たのだ。先ずはそれを誉めてやった方が良いか。
「ああ、上出来だよ……初めてにしてはキチンと落ち着いて、良くやってくれたな」
背の低いカズンの頭にそっと掌を乗せ、撫で付けるように動かしながら声を掛けると、カズンは嬉しそうに微笑みながら、
【カズン、イチイ、ひりゅー、守りたかった!】
俺の手を掴み顔を上げてそう言うと、身体を捻って後ろの【紫電】に振り返り、
【しでん!! おつかれ様!! ご飯、食べて、明日、また頑張る!!】
ブンブンと手を振りながら真顔で言うものだから、俺と艦内作業員全員で顔を見合せて笑ってしまった……。【紫電】は飯を食わんだろ、全く……。
そのまま流してしまっても良かったが、それはそれ、これはこれだ。守るべきルールは守ってもらわないと……彼女の為にも成らん。
「……けれどな、機体から降りる時は落ち着いて降りるんだ。最後の最後で怪我でもしたら、キチンと機体を整備してくれた作業員のみんなに申し訳ないだろう」
俺はそう言いながらカズンの背中に手を回し、自分の方へと身体を向けさせてから叱ってみる。彼女は……どう反応するか?
【……イチイ、おこてる?】
……と、そうか。カズンは空気を読めるんだったな、色々と。そう思いながら上目遣いで見上げるカズンの目を見詰め……綺麗な瞳だな、俺の奇怪な姿がクッキリと映り込んで見えるが……いや、そうじゃないだろ。と思うが……少しだけ眉の端を下げ、しょんぼりした表情で問い返すカズンを見ていると、彼女に悪意そのものが一切無いんだよな、と思い知らされる。人間らしい権利も与えられず、生きるだけでも精一杯だったシルヴィ達に、楽しみ喜びを感じるなと言うのは酷だろう。
「……怒ってはいないさ。ただ、まあ……タラップは滑り台じゃないぞ?」
【……す、べり……だい?】
「ああ、そうか……機会があったら地下シェルターの遊戯施設でも行ってみるか。子供が伸び伸び遊べるように……いや、色々有るから面白いかもしれんぞ?」
【……うーん、あそぶ……?】
カズンは俺の言葉に反応しながら、その意味が汲み取りきれずに悩んでいる。これは……困ったな、そこから教えるのかよ……。
まだまだカズンが知らない事は多いなと思いながら、機体の整備を作業員に任せる為、機体データの詰まったチップを手渡して、悩み続けるカズンの背中を押しながら格納庫の扉を開けた。
と、扉の向こう側から溢れるように様々な艦内要員が近付くと、俺とカズンを格納庫へと押し戻してしまった! 一体何事なんだ!?




