⑧空中戦
銀色の破片を散らしながら、ダミードローンが墜落する様子を偵察用ドローンを介し俯瞰視点で眺めつつ、俺は機体を捻るように旋回させながら【飛龍・改二】へと帰投する。
「しかし、こうして機体を操るのは……どうした、カズン?」
何気無く呟きながら、後方カメラでカズンの様子を窺うと、ダミードローンとは違う空間を食い入るように見詰めていた。
【……イチイ、あれ……】
不意に指差す方角は【飛龍・改二】とは正反対だったが、その空間に小さな滲みのような揺らぎが見え、彼女が言わんとしている事を察した。
「くそっ、数は判らんが【飛竜種】の巣穴か……まだ繋がって間もないな」
速度が出ていれば見落としそうな小さい黒点だったが、間違いなく【飛竜種】がこちら側に現れる予兆の【異界の門】という奴だろう。
「管制官! 新しい【異界の門】を発見した!! 帰投するのは後回しだ!!」
俺は【飛龍・改二】に報告しながら残弾数を確認し、アフターバーナーを点火する。
ジェットエンジンから甲高い音を響かせながら、【紫電】が最大出力で加速し、雲の上を一直線に飛翔する。
【……イチイ! サラマンド、来る!】
カズンの声を皮切りに、小さな黒点だった【異界の門】がじわりと広がり始め、その中心から禍々しい面構えのサラマンダーが三匹飛び出すと、己の存在を誇示するように翼を広げてから羽ばたき、【紫電】に向かって急接近する。
「戦闘機動開始……カズン、いきなりだが実戦だ。気を抜くなよ」
【イチイ、カズン、判った】
さっきまでの弾んだ声とは違い、責任感の滲む声でカズンが答え、その返事を合図に俺は機体を緩旋回させる。三匹のサラマンダーが【紫電】を捉え、各々の位置を入れ替えながら加速を開始する。
「……リーダーは……アイツか。動きが違うな」
そのうちの一匹が羽ばたきを弛めると残された二匹が急加速し、【紫電】の頭を抑えるように上方へと展開しながら二手に別れ、距離を詰めてくる。
サラマンダーは決して地球上の爬虫類と同じではない。奴等は群れで行動し、知能や経験を積んだ個体が先頭に立って群れを率いる。リーダーと呼ばれる個体は常に特定されている訳ではないが、手強い群れには必ず存在する。俺達は血を流しながらそれを学んだのだ。
しかし、今までなら奴等のやり方に気付けても、空戦機動中で全ての動きを把握する事は難しいだろうが……今は、違う。
俺は空域外に展開している監視用ドローンから情報を収集し、時折姿を見失いながらも三匹の行動パターンを解析する。増加された演算用副脳で未来位置を予測し、後方で待ち受ける一匹の前に俺を追い込もうと動く二匹のサラマンダーを指差して、
「カズン! 例のあれをぶつけてやれ!!」
【……カズン、やってみる!!】
ガトリングガンの射程より遥かに離れ、しかも後方に位置する二匹のサラマンダー目掛け、カズンが視線を向ける。それと同時に機体の外部と内部の温度が急速に低下していく。
【……っ!! 当たった……?】
一瞬後に目に見えない空気の固まりが機体後方目掛けて飛び、二匹のサラマンダーに到達すると絡み付くように広がっていく。
不意を衝かれたサラマンダーの二匹は白い靄に包まれ、抜け出そうと翼や尻尾を振り回して抵抗していたが、やがて力尽きたように羽ばたきを止め、靄を引摺りながら落下していった。
戦果を讃えようと口を開き掛けたが、まだ相手は生き残っている。油断大敵……だ。
広域監視ドローンの高精度カメラが、俺とカズンが乗る【紫電】の斜め下方から忍び寄るサラマンダーの姿を捉える。その速度は飛翔する生物の限界値を遥かに上回り、直ぐに機体へ到達しコックピットを真っ二つにするだけの威力へと変えるだろう。
だが、それは有り得ない……丸見えだからな。
俺はフラップを全開にし機体に急制動を掛け、僅かに機首を上げる。揚力を失った翼が多大な空気抵抗を生み出し、ブレーキを掛けたように減速するとサラマンダーが自分達の目の前で回転しながら見失った機体を探す為に首を巡らせたが……
「遅いんだよ……!!」
ガトリングガンの撃鉄に電気が走ると同時にモーターが駆動し、大量の炸裂弾がサラマンダーの全身に降り注いだ。シャワーの粒のようなオレンジ色の弾丸を浴びたサラマンダーの体表から鱗が飛び散り、血肉と鱗が弾けながら周辺に撒き散らされて空域を真っ赤に染める。
生物が身に受けて耐え切れる限界を遥かに超える、弾丸の応酬を食らったサラマンダーの表面が沸き立つように波打ち、小爆発を交えながら痙攣を繰り返し、あっという間に絶命する。
「……戦果、確認……撃墜三。これより帰投する……」
緊張の糸が解れるのを意識しつつ、俺は管制官に伝えながら機首を返し【飛龍・改二】が待つ空域へと方向転換した。