表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブラック企業忍法帖

作者: 犬のごはん

 


 全消灯し、ブラインドも閉ざされたオフィス。

 明度を下げたモニターだけがぼんやり光り、そこに蠢く社員たちを照らしていた。

 社外には深夜残業などないホワイト企業のように偽り、俺たちはひっそりと闇に生きている。

 労基法を超えた先に、俺たちブラックリーマンはいるのだ。


「仮眠……完了」


 主任のデスクの下から低い声が響く。

 床での15分の睡眠で6時間分の労働体力を回復する。

 ブラック企業忍法・土遁の術だ。

 のそりと巨体を椅子に乗せ、主任はゲッゲと笑った。


「タイムカードは切ったか?」

「ええ、とっくに」


 俺は栄養ドリンクのキャップを片手で回しながら答える。

 18時と同時に、俺がここにいる全員分のタイムカードを「退勤」で切った。

 分身の術だ。


「よぉし。今夜も思う存分サビ残できるぞぉ」


 ねっとりと唇を舐め、主任の太い指がキーボードを叩き出す。

 同時に、引きつった独特の笑い声が響き、首に下げたライトを光らせた部長の姿が背後に浮かぶ。


「その調子だ。闇に生きる子らよ。無償で富を生み続けるのだ……」


 今日は娘の誕生日なのでお先に失礼、と部長は退勤する。

 完ぺきに闇に紛れる木遁の術。背すじが冷える思いだ。ブラック企業の幹部たるもの、部下の監視にあれぐらいのスキルは使えないとな。

 俺もこの会社で数々のスキルを得てきた。

 給湯室で髪を洗う水遁の術。

 会社の愚痴をつぶやくアカウントを見つけたら即炎上させる火遁の術。

 ストレスチェックシートに模範的な回答例を書き写す空蝉うつせみの術。

 上司からの信頼も厚く、そろそろステージを上げて地獄の中間管理職にならないかと誘われているところだ。

 俺たちブラックリーマンは、忠誠と結束によって24時間働き続ける戦士。

 走り続けるのみだ。この果てしない労働の人生を。


「あの……」


 新人のブラックOLがおずおずと手を挙げる。


「私、今月で会社辞めます」

「はあ!? 抜けるだと!?」

「それでもブラック社会人か!」

「どうやって食べていくつもりだよ!」


 彼女は、自分のスマホを闇に浮かび上がらせた。


「転職アプリに登録したら、普通にここより条件のいい会社が見つかりました」

「なにそれ、ガチの忍法じゃね!?」

「俺もやろう!」

「こんな会社すぐ辞めたるわ!」


 主任はキーボードを枕にいびきをかき始め、俺も社員証をくるくる回して投げ飛ばし、転職アプリをインストールしつつ「退職届 テンプレ」でぐぐる。

 目覚めよ、闇に生きる者たち。

 まずは無料の会員登録からだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ