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1話 剣塚

 ここ数日降り続いた季節外れの長雨は、今朝ようやく上がった。

 しかし空は、未だ鉛色の雲に覆われている。


 その下を一人歩いているのは、黒尽くめの男であった。

 歩調は緩やかに見える。

 しかし歩幅は案外と広く、目に映る印象とは違い、実際は常人の小走りに匹敵する速度のようだ。

 泥濘(ぬかるみ)の道に足を取られる事もなく、また、泥を跳ね上げ、裾を汚すといった失態を犯す事無く、悠然と歩を進めていた。


 上半身を覆う革鎧。

 フード付きのマント。

 そしてゆったりとした長袴(ズボン)

 身に付けている物その全てが、黒一色に染め上げられている。


 一見したところ、まるで闇に溶け込み、獲物に近寄ろうと画策する暗殺者のような出で立ちだ。

 しかし、彼の歩みからは人目を気にするような卑屈さは感じ取れない。

 堂々とした足取りだった。


 黒一色であるその姿を、剣の流派について造詣が深いものが目にすれば、その修行の苛烈さゆえに今は希少となった『戦神流』の遣い手ではないか、と推度(すいたく)するかもしれない。


 黒は、切り捨てた相手の返り血を、他者の目につかせぬ配慮とされている。

 特に『戦神流』の遣い手が、好んで黒い装備を身に纏うのは、魔神や邪竜の身の内に流れる血は黒く、その返り血を浴び続けた戦神の姿は、いつか黒く染まっていたという故事にまつわるとされるからだ。

 

 そんな黒衣の剣士が曇天(どんてん)の下で赴いたのは、魔神の王を誅し世界を救ったとされる戦神、その御霊(みたま)(まつ)る寺院『戦神本院(せんじんほんいん)』だった。


───────────────



 寺院は永らく管理する者がいないのか、石造りの建物は見窄(みすぼ)らしく苔生(こけむ)し、庭の草木は荒れ果てていた。


「おかしいな、誰もおらん」


 呟くと、男はそのまま下草を踏みしめながら裏庭へと向かった。

 入り口と同様に、いや、それ以上に裏庭は荒れていた。

 戦神本院、その裏手の壁面にはレリーフが彫刻されている。

 蔦や苔の間から覗く壁面には、大陸の姿を模した地図と、そして戦神が如何にしてこの世界を巡り、どこで何と戦い、勝利したのか、といった華々しい戦歴が刻まれている。


 だが男がわざわざ荒廃した寺院を訪れたのは、戦神の偉業を再確認するためではない。

 彼の視線はレリーフを背に、少し離れた場所に(うずたか)く積まれた数多の剣と、その前にいる先客たちへと向いていた。


 積み上げられた剣、その多くは折れたり、または錆び付いて朽ち果てるなどして、武器としての役目は終えている。

 とはいえ本来ならば剣としての使い道を失っても、その材料は鉄や鋼、場合によっては魔法による加工金属といった、貴重な金属が多く含まれているため、()潰し、再び剣、あるいは別の用途として再利用される。

 しかしこの場にある剣はみな、再び鉄塊へと戻る循環から外れ、ここに積み上げられているのだ。


 ここは『剣塚(けんづか)』と呼ばれる。


 剣を手放す理由は使い手によって様々だが、それまで苦楽を共にした愛剣に、せめてもの感謝の意を示し、奉納する場なのだ。


 ──しかし。


 以前訪れた時よりも、明らかに剣の数は減っていた。

 高さでは人の背丈、その二倍は積み上がり、外周は二十歩ほどだった剣の山は、今はどちらもおおよそ、その半分に減じていた。

 そしてそれは、今、目の前で作業している先客たち、ないしは同様の輩の仕業だと容易に想像がついた。


 今なお、剣士たちの想いが積み上げられた剣塚を崩し、先客たちは荷車へと次々に運び込んでいるからだ。

 作業を見守るようにしているリーダー格と思われる大柄の男は、部下らしき他の二人に大袈裟な身振り手振りとともに、大声で激を飛ばしていた。


「それと、それ! ⋯⋯あっ、そっちの奴も上物だ、高く売れそうな物は漏らさず積み込め!」


 黒衣の男はフードを頭から後ろへと外した。

 短く刈り揃えた黒髪、猛禽(もうきん)を想起させる、鋭い眼光を(たた)えた瞳が姿を見せた。


 そのまま男は、剣塚にいた先客たちへと声を掛けた。


「お前たち、ここで何をしている」


 低く、抑えた声量だったが、不思議と声はよく通った。

 剣塚で作業をしていた三人は、黒衣の男へと振り返った。


「なんだぁ? お前は」


 振り返り、声を返したのは作業を監督していた男だ。

 頬に刀傷がある。

 刀傷の男は、値踏みするように視線を上下させながら、黒衣の男を観察した。


 刀傷の男の視線を受けながら、黒衣の男は言葉を続けた。

 

「ここの関係者だ。そこの剣は持ち出しを禁じている。すぐに戻せ」


「関係者だぁ⋯⋯? よくわからんが、こんな所に放置されちゃあ剣が可哀想だろ? だからせめてもの有効活用ってやつを俺たちがしてやってんだ」


「私利私欲を偉そうな理屈にすり替えるな、早く戻せ。戻さないなら戦神様の(たた)りがお前たちを襲うぞ」


「ちっ、うるせぇなあ⋯⋯大体祟りだなんだ信じちゃいねぇよ、俺は目に見えるものしか信じねぇんだ」


「ちょ、ちょっと頭⋯⋯」


 黒衣の男と、刀傷の男の間で交わされていた会話に、作業をしていた一人が割り込んだ。


「あの黒一色の姿といい、ここの関係者って言葉といい⋯⋯ありゃあ魔王殺しの一人、『黒衣のカムイ』その人じゃあありませんかね!? だとしたら、そんなの相手にするのはマズいですよ!」


「黒衣のカムイだぁ? 上等だ、俺も剣には腕に覚えがある」


 部下の忠告も、刀傷の男を意固地(いこじ)にさせただけのようだ。

 右手で剣を抜き、黒衣の男へと向けた。


「それに、魔王殺しだかなんだか知らねぇが、祟りだなんだと持ち出す腑抜け野郎が、俺たちと戦う気概があるとも思えねぇ。そんな目に見えねぇものに頼る臆病者なら、ここをさっさと去りやがれ!」


「なる程、構えを見るにそこそこやるようではあるな、だが目は節穴と見える」


「なにぃ?」


「祟りなら、目の前にあるだろう。忠告したぞ、俺がお前たちにとっての祟りその物よ」


 刀傷の男は、次の瞬間不思議な体験をした。

 身一つ動かした様子のない黒衣の男が、その姿を大きくしたように見えたのだ。

 次に、剣を握る右手に激痛が走り、剣を取り落とした。


 そこで刀傷の男は気が付いた。


 黒衣の男が、一切動く様子を見せぬまま、己の眼前まで迫り、何かしらの方法で、右手の親指をへし折ったのだと。


「ぎゃあああああっ!」


 刀傷の男は痛みに耐えかね、叫び声を上げ、右手を押さえてうずくまった。

 頭上から、黒衣の男の声が降ってくる。


「戦神流の基本歩法(ほほう)、『熊狩り』だ。お前如きには勿体ないがな」


 一方的にねじ伏せられたとはいえ、刀傷の男も腕に覚えがあり、今起きた事に予想はついた。

 人間は、ただ直立するだけでも僅かに体が揺れる。

 移動するとなれば、揺れはいっそう激しくなる。

 だからこそ剣での戦いでは、自らの揺らぎや呼吸を、相手に気取られないようにしなければならない。

 しかし、恐らく黒衣の男は、高度な身体操作により、揺らぎを極端に抑え、初動を相手に悟らせることなく、間合いへと入って来たのだろう。

 言葉にすれば簡単だが、常人がおいそれとたどり着ける境地ではない。

 しかも男の言葉を信じれば、それは単なる基本の歩き方なのだ。

 その上、相手は剣を抜くことさえなかった、つまり剣を抜くような相手とも見做されなかったということだ。


「さて」


 黒衣の男は、さらに言葉を続けた。


「これで終わりと安心するなよ。戦神様の祟り恐ろしさ、お前の身にとくと刻んでやろう。今後二度とここに近付く気も失せるほどにな、そして精々その恐ろしさを広めろ」


「や、やめろ! いや、やめてくれ!」


「もう遅い、俺に剣を向けた己の愚かさ、とくと知るがいい」





 結局荷車からは、他の二人の手によって、積まれた剣は全て元に戻された。

 その代わりに、生きているのが不思議なほどに痛めつけられた、刀傷の男を運ぶ役目を負うこととなった。




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