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0話 ロケーション

『良く剣を御す事、全てを剣に委ねるが如し。其れ即ち、万物を斬り伏せし〈人剣一如〉の境地なり』


         戦神流開祖 十座 雲斎

 男は血塗(ちまみ)れだった。

 赤と黒、二色の血で。

 黒は返り血。

 そして赤は、己の体から流れ出している血だ。


 木立の陰影濃く、まるで闇夜の如き森の中。

 手付かずの森の深奥に、それまでの樹木の乱立が突如として消える場所ある。

 森がまるで何かの意志を持ち、その場を避けるように開けた場所だ。

 ここを目指し、森を抜け、久方ぶりに陽光の下へと歩み出た男は、日の光に照らされた己の首から下を覗き見る。

 赤黒く染まった己を確認し、そのまま、自嘲気味に呟いた。


「まるで森の影を実体化した、化け物さながらではないか」


 全身に浴びた返り血は、乾いた墨汁のようだ。

 それが、無数に負った傷口から流れ出す自身の血によって、乾きから一時の潤いを取り戻し、両者は体表で赤黒く混ざり合う。


「まるで、体に纏わり付いた影を⋯⋯己の血で洗い流しているかのようだ」


 黒と赤が混じり合い、地表へポツリポツリと小雨のように垂れ落ちている。

 男はそのどちらも拭う気になれなかった。

 ただ、剣を片手に呟いた。


「⋯⋯ここまでか」


 鎧から露出した二の腕や太腿といった部位には、折れた矢が幾本も刺さっている。

 それ以外の箇所も、傷の無い場所を探す方が困難な状態で、頭部からも激しい出血を感じる。


今日(こんにち)に至るまで、斬り伏せたのはどの程度であっただろうか」


 男は続けて呟いたが、周りに人は誰もいない。

 とはいえ、決して独り言ではない。

 その証拠に、ハッキリとした返答があった。


「はっ、二十三匹の邪竜、十六人の魔神、手下は⋯⋯数え切れませぬ」


「そうか。まずまずの戦果ではあるが⋯⋯」


「まずまずなどと、ご謙遜を。此度の戦いでは、二匹の邪竜、三人の魔神を一度に相手取り、孤軍奮闘(こぐんふんとう)の大立ち回り。しかも、そのうち一人は奴らの首魁たる魔神の王ですぞ、お見事と申す他ありませぬ」


「いや、孤軍奮闘などとはおこがましい。全てはおぬしあっての事だ」


 彼は右手に持つ剣へと語りかけていたのだ。


「おぬしの存在無くしては、一度たりとも激戦、死線は乗り越えられなかっただろう。よくぞ不肖の身にここまで付き合ってくれた。礼を言うぞ、イオニグよ」


「何をおっしゃいます、戦神様。あなた様の武功の一助となることは、私にとり最上の幸せでございます」


「お主が魔神の王を弑逆せんと、天より我に遣わされた時には、思考する(インテリジェンス)(ソード)など面妖だと思ったものだが⋯⋯この百年、大儀であった」


「もったいない御言葉です、それに、大儀などと。私はこれから先も、戦神様のお側で⋯⋯」


「がはっ!」


 イオニグがまだ言葉を発する途中で、戦神と呼ばれた男は激しく喀血(かっけつ)した。

 それを手のひらで受け、ここに至り初めて目にする、黒が混ざらぬ真っ赤な血をしばし眺め、戦神は静かに呟いた。


「ここであれば、よもやとも思ったが⋯⋯そう上手くはいかぬようだ。流石は魔神の王が今際(いまわ)(きわ)に、最後の意地として放った呪い、どうやらそう簡単には解呪できぬらしい」


 戦神は、過去受けた傷、その全てを再現する呪いが、彼の全身を蝕んでいるのを感じていた。

 ここ『深淵(しんえん)の森』の深部は、神の気が満ちる静謐(せいひつ)なる神域。

 今までも激しい戦いのたび、傷を癒すために何度かこの場へと足を運んだ。

 しかし神域であっても、どうやら魔神の王が残した、最後の呪いは解呪できないらしい。

 全身を(さいな)む呪いが、次第に強くなるのを感じながら、戦神は愛剣へと語り掛けた。


「イオニグよ、最後の我儘(わがまま)とも言える願い、聞いてくれるか」


「そのようなことを申されまするな、戦神様。如何に魔神の王の呪いとて、御身を滅ぼすことなど⋯⋯」


「いや我が身の事なれば、もはや命数尽きる事もよく解っておる⋯⋯頼む、我が願いを聞いてくれ、もう時間がないのだ」


「⋯⋯はっ、何なりと」


 愛剣から承諾の返事を得た直後、戦神は神域に(そび)える大きな岩へと歩み寄った。


 出血のためか、腕が震える。

 手先の感覚は冷たく、それゆえに覚束(おぼつか)ないが、気力で震えを抑えつけ、逆手で剣を構えた。


「はあっ!」


 掛け声とともに振り下ろす。

 剣は鞘にしまうが如く、音一つ立てることなしに、岩に深々と突き立った。


 二、三度刺さり具合を確認するように手を動かした後、戦神はイオニグからそっと手を放した。

 最後の気力を振り絞ったせいか、もはや声を出すのも精一杯の、震える声色で剣へと語りかけた。


「よいか、イオニグ⋯⋯我亡きあとを⋯⋯そなたに、託す。ここを訪れる者に仕え、導き、そして──あの裏切り者どもを⋯⋯誅するのだ」


 戦神から告げられた言葉の真意に気付いたイオニグは、たまらず、縋るような声を上げた。


「戦神様! 何なりととは申しましたが、それだけは、それだけは聞けませぬ! 我が主は貴方様ただ一人、どうか、どうか、そのような事を仰るのは⋯⋯!」


「いいから⋯⋯聞け、イオニグよ。魔神どもは王を失い、我は滅ぶ。それによって⋯⋯利するのは、やつらだ⋯⋯ここに戻ったのは、間違いであった。どうせ命尽きる身ならば、我が弟子、十座の元に向かい⋯⋯そなたを、託すべきで、あった⋯⋯。奴を戦いに巻き込むことがないように、などという我の甘さの結果がこれだ。我は⋯⋯最後に取り返しの⋯⋯つかない⋯⋯失態を犯したのだ」


「戦神様⋯⋯」


「我の心残りを晴らしてくれ。このようなこと、お主にしか頼めぬ。我の最後の願い、どうか、頼ん、だぞ、イオ、ニグ⋯⋯いや、わが、同胞(はかはら)、よ⋯⋯」


「⋯⋯わかりました。戦神様の意思を継ぐ者が現れるまで、私はこの場に、静かに黙して待ち続けましょうぞ」


 愛剣の返事に満足そうに笑みを浮かべ、戦神は赤い霧となり、その後、跡形もなく霧散した。


 亡骸の存在さえ許さぬ、魔神の王、その呪いの仕業だった。



_________________



 ──戦神の没後より五百年。



 約束通り、長きに渡り黙って待ち続けたイオニグだったが、いよいよたまらず叫んだ。


「戦神様ーーーー! ここロケーションが悪すぎますーーーー!」


 




 ここは『深淵の森』、最深部。


 人の営みから、遠く、遠く離れた地。


 五百年もの間、人っ子一人、ここを訪れる者など現れなかったのだ。


 


新連載です、よろしければ今後もお読み下さい。

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