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隙間

作者: 河野章

「隙間って怖くないですか」

 そう語りだしたのは会社勤めのAさんだった。

 Aさんは小学生の頃から、特に怖がりな性質で、物音一つ、何でも怖いと感じてしまう性質だそうだ。その彼女が特に、隙間が怖いという。

「隙間って……カーテンの隙間とか、扉の隙間ですか?」

 そう私が尋ね返すとそうではないという。

 ファミレスのソファの上で居心地が悪そうに、Aさんはもぞもぞと足を動かす。スカートの足を突っ込んでいる机の下が気になる様子だった。

「あ、それも確かに隙間ですけど……私が怖いのは、横の隙間です。引き出しを引き出すとできるような、横に細長い隙間」

 実は、こういう広めの横の隙間も苦手ですと、彼女は手で長テーブルと座席の間を示す。確かにそこは、見ようによってはテーブルとソファ型の座席の間に作られた、横に長い隙間……空間になっていた。

「この程度の隙間なんてそこここに、無性にあるじゃないですか。だから毎日不安で……今でこそこうやって我慢できるんですけど小さい頃は大変でした。……隙間に誰かがいる気がするんです」

 そう思うようになったきっかけとなる、奇妙な出来事があるという。

「私の母方の田舎は古い商家で、改築を重ねた奇妙な家でした。今でも正月やお盆の度にそこへ兄たちと帰省するんですけど、小さい頃そこでよくしたのが隠れ鬼でした」

 隠れ鬼は、隠れんぼと鬼ごっこをミックスした遊びだったそうだ。

 まず鬼を決めて隠れんぼをする。すると、鬼が一人を見つけた時点で鬼を交代する。そうすると、隠れるのがうまいとずっと鬼にならずに、隠れ続けられるという遊びだった。

「私は体が小さくて、隠れるのが上手でした。よく隠れていたのがこういった横長の隙間で……タンスの引き出しの中や、畳んだ布団の隙間、空のお風呂の蓋をめくってその中に隠れたり……とにかくいろいろな隙間に隠れまくりました」

 最初は楽しく参加していた隠れ鬼だったが、Aさんがあまりに隠れるのがうまいので、なかなか見つからないことが増えた。見つからないと隠れ鬼は暇だ。

 お盆に訪れたある日のことだった。Aさんは、畳んで押し入れに仕舞われた布団の隙間に入り込んで、平たくなっていた。そしてそのまま眠り込んでしまった。

「そこに隙間はほとんどなかったです。私が布団の間に潜り込んで、丸くなっていたので……眠っていたんです。なのに、誰かの息遣いとむっとした臭いで目が覚めました」

 生臭い、濁った沼のような臭いだったという。息遣いはすぐそば、Aさんの頬にその何かの生温かい呼気が触れるので目が覚めた。

「悲鳴を上げました。目の前に何かがいたんです。指先に残るぬるっとした手触りも覚えています」

 Aさんは悲鳴を上げてその隙間から這い出した。

 怖くて泣きながら兄たち遊び仲間のもとへ出ていったが、笑われるだけで取り合ってはもらえなかった。

 その晩はAさんの怖がりのことなどを肴に酒宴が開かれたが、Aさんはそれどころではなかった。

 宴席には親戚一同が介していたため、長机や和机に、座布団、ソファなどを駆使して座席が設けてあったのだが、その机の下の空間や3段重ねのお重を開いた細い隙間に、一瞬、灰色の濁った目が見える。座布団をめくればめくった端から平べったく伸びた灰色に濁った緑色の何かがすっと陰へ逃げる。

 それは、手足を持った子鬼に見えた。

 腹が突き出た裸体で、尖った爪を持ち緑とも黒ともつかぬ体表は湿っていて、ヌルヌルと滑っている。幼児くらいの子供の大きさだったという。当時、Aさんは、そんな生き物を絵本でだって見たことはなかった。それが、狭い、平たい隙間にそこここにいる。

 酒宴では、一番年齢が低いから特等席だとソファに座らせてられていたのだが、そこでも安心はできなかった。そのソファの短い足と床の僅かな隙間、5センチにも満たない高さの横長の隙間から小鬼が這い出てこようとするのが、Aさんが座っている座面の下から伝わってくるのだった。

 がりがりと床を掻く音、這い出てこようとソファの座面を押し上げる圧力、ゴトゴトとソファが動く度にAさんは泣きながら周囲の大人に訴えるのだが大人たちは笑って取り合ってくれない。そのうち泣きつかれてAさんは眠ってしまった。

「それからです。私は隙間に、あの小鬼がもう一度見えるんじゃないかと怯えてしまうようになってしまったんです……」

 そわそわと落ち着かないAさんはそう話を締めくくった。

「今はできるだけ横の隙間を作らない、作ってしまっても見ないように過ごしています……じゃないと、見えてしまうので……」

 過去の話ですが、と始まった話は自然と現在の話になって終わった。

 それに彼女は気づいているのか……私にはわからなかった。それ以後、彼女から連絡はない。


【end】

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