王都7
「精霊の箱庭なんて、怪しげな謳い文句で飾り立てて、さも貴重なもののようにやたらに有難がらせるのは、陳腐な手法ではありませんか。そろそろ目を覚まして、真実美しいものを愛する心をよくよく学び直されたほうがよろしいのでは?」
いよいよ我慢ならない、とばかりに、少女は一歩前に出ると、自慢話ばかりで鼻につく令嬢に扇を突きつけた。
会場に集っていたのは成人間近の少年少女たちであり、大人たちの茶会とは違って気軽な会ではあったものの、それでも場は凍りついた。
ふっかけた少女は王都でも片手に入る豪商の娘であり、そのさっぱりとした性格から友人も多く影響力のある存在だ。
対して自慢話にケチをつけられた令嬢は、まさしく伯爵令嬢であり、家柄ゆえの交友関係は確固としたものを築いている。
さらに彼女たちは、それぞれに自身の影響力に対して自覚を持ち、また自負もある。
この場における上位の有力者同士の睨み合いに、事なかれと願うものたちは、そっとその周囲に距離を開けたが、その話題があまりに時節に合ったものだったために、皆が耳を傾けた。
「まあ。そうおっしゃるけれど、貴女、箱庭そのものをご覧になったことのないのではなくて? 本物を見たことがある者しか、その価値について言及などできはしないと思いますけれど……。
でも、仕方ないことですわね。御作り手の箱庭師は思慮深い方と聞きますもの。貴方様のお家が、商いがいかにお上手だからといって、譲るお相手としては条件には見合わないということでしょうね。貴方はさぞ真実美しいものを愛する心をお持ちなのでしょうに、残念なことね」
いかに大店として権勢を誇ろうとも、貴族ではない商家がそう簡単に手に入れられるものではない、引っ込んでいろ、というわけだ。令嬢は扇の陰で、品良くおっとりと見えるように笑う。けれどその目は、自分に無礼にも扇を突きつけた少女を、冷たく見下ろしているのだ。
事実、箱庭を目にしたことのなかった少女は少し怯み、また自分の無作法に気づいたように突き付けていた扇を下げたものの、すぐさまきっと眦を吊り上げた。
「相手としての条件、だなんて。そんな傲慢な意識だから、敵愾心を持つ者が出てくるのでしょうに。なぜお気づきにならないの?」
「まあ、まさかのおっしゃりよう。近頃噂の、箱庭を狙う賊の側に立つかのような言い様は、おやめになった方がよろしくてよ」
「……ひどい言いがかりです! どんな事情があっても、暴力で奪い取るのは罪ですもの。そこを擁護するようなことは言っていません!」
少女は憤慨したが、令嬢はゆったりと扇を揺らすのみ。その揶揄するような動きが、かえって少女を冷静にした。相手の思うままに逆上しては、いけない。
「……賊のことなんかではなくて、売る相手を少数に絞って希少価値を高めるなんて、常套手段です。悪いことだとは思いません。でも、よくある戦略です。なのにあなたたちは、その戦略に見事ひっかかって、小さな作られた流行にいつまでも熱狂している。
あなた方はいいでしょう。けれど、そんなお話をいつもいつも公の場で声高に言い触らされては、聞く方はたまりません。良い加減、お仲間内だけでやってください。
それに、それに、さらに言わせてもらいますと、箱庭師は商いがお上手なのでしょうね。うちなんて、足元にも及びません。でも商売にも、やっていいことと悪いことがあります。
——精霊が住むなんてありもしないことを謳って物品を売るのは、詐欺です!」
聞き捨てならぬと思ったのか、令嬢はパチリと音を立てて扇を閉め、きりきりと眉を吊り上げた。
「まあ。国王陛下も王妃陛下も公に認めていらっしゃる品ですわ。その品が欲しくても手に入りそうにないからといって、侮辱するなんて。まして詐欺だなどと、御作り手に対する名誉毀損、いえ、王家に対する不敬罪に問われてよ」
「決めつけないでください。欲しいなんて、一言も言ってはいません。それにご存じないようですけど、神殿は精霊を認めていません。私が不敬と捉えられるならば、そちらは不敬虔でしょう。箱庭など、神への冒涜だわ!」
「不敬虔? 冒涜ですって? それが貴方の不敬な行為を正当化できる理由になるとおっしゃりたいの? ……いえ、お待ちになって。神殿の神に対して、信者ではない私が敬虔であるべきかどうかは置いておいて。精霊を信じると、不敬虔になるとおっしゃるの? けれど、そも神殿の教えで、精霊に関するいかなる言及も、聞いたことはございません。神殿の教えを都合よく歪めて主張するなど。冒涜というならば、貴方です」
神殿の教えについてあなたが勉強不足なだけでしょう、と語気荒く返そうと口を開いた少女が、友人に袖を引かれてハッと口をつぐんだ。
会場のすべての耳がこちらを向いている。
その思いがけないほど熱のこもった注視に、さすがに戸惑い、怒りが削がれた。気がつけば、貴族の子女たちは、皆控えめに頷いて令嬢を肯定している。ばかりか、貴族以外の子女の中にも、初耳だというように首を傾げるものがいる。
素早く見て取って、違和感を感じた。この場で少数派なのは、もしかすると自分自身なのだろうか。そう自問できるほどには、少女はきちんと自己を見直すことを学んでいた。
けれど、少数派であることが、間違いだとは限らない。
「精霊、などというものではなく、神の欠片だったとしたら? 勝手に神の力を箱庭なんてものに閉じ込めるなんて、冒涜でなくてなんなのかしら」
今度は、友人に袖を引かれることはなかった。だから、少女はつい、自分で自分の言葉の穴を探してしまった。
精霊が宿るなどという嘘をついている、と言っていたのに、神の欠片が閉じ込められていることは認めるという。それは矛盾しないことなのだろうか……。
「貴女のおっしゃること、むちゃくちゃでしてよ。精霊は否定されるのに、神の力はそこにあるとお認めになるなんて」
懸念したことを、指摘される。けれど、その矛盾は令嬢本人にとっては取るに足らないことだったようだ。
「まあでも、なんと呼ぶかの違いではないかしら? 不思議な力が宿っていることは事実で、やはりそれは、箱庭の素晴らしさを物語るのよ」
その場に、不自然に漂った沈黙。
「ふふ、少しは冷静になられたようね。命拾い、というところ?」
愉快げに令嬢が囁くのに、反射的にきつい眼差しを送ったのだが。令嬢は意味ありげに視線を外して少女の背後を一瞬見つめ、そっと腰を低くして控えてみせた。
嫌な予感がして、少女が振り返る。
未成年者だけの茶会であるため、当然、大人の庇護と指導のもとに開かれるものであり、この会場とて、きちんと親同士の了解のもと、伯爵家が少年少女を招く形で小ホールを提供しているのだ。これまた当然、使用人の他にも監督役の大人が待機しているわけで。
これだけの騒ぎになって、だれも駆け付けないはずはない。
「みなさん、少しお行儀がわるいのではなくて?」
果たして、そこには濃色の髪を優雅に結い上げた貴婦人が、厳しい顔をして立っていた。
「伯爵夫人」
少年少女が一斉に挨拶をする。少女も慌てて淑女の礼をした。それに鷹揚に頷いて見せ、夫人は、それで、と場の説明を求めた。
未成年者の中にも序列はある。特に招待主である伯爵夫人の前という改まった場では、厳密に。問われた少年少女の中で、もっとも優先されるべき背景を持つのは当事者の一人である令嬢だった。
令嬢がおもむろに口を開き、その後の展開を予想した少女が、俯いて唇を噛み締めた時。
「説明は結構よ。一部始終を見ていました」
あまりに鋭い語調に、子供たちがびくりと身を竦めた。
伯爵夫人のものではない声は、華やかで、不可思議な響きと揺らぎを帯び、玲瓏と美しい。けれど断定的で厳しい言葉は、とても貴婦人の口から出たものだとは信じがたい。
ただ、そんな混乱に浸る間もなく、彼らは自ずと頭を下げた。
伯爵夫人の背後から、絹の高い衣擦れを伴い滑るように現れた若い貴婦人が、子供たちを睥睨するかに見渡した。その優美な姿に向かって、招待主の伯爵夫人自身が、丁寧に腰を落としたからだ。




