表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭と精霊の欠片 すくうひと  作者: 日室千種


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/60

おちるひと 7



 些細なすれ違いや勘違いが、不運なほどに重なった結果だった。

 アメリにとっては、一生に一度の幸運な日だったかもしれない。


 屋敷および城下町の警護および治安を預かる第二騎士団の長は、ルークからの報告を吟味し、速やかに噂の元を確定し不穏分子を見極め排除すべく、騎士団の半数を町へと送り込んだ。残りで屋敷内の異常探索と、主人一家の警護強化を行い、特にミリアンネには自室待機が依頼され、水をも漏らさぬとばかりの体制を敷いた。

 その日、屋敷には、ジェイとアメリが引き連れてきた、アンガスの私設騎士団の騎士達が二十名余滞在していた。辺境伯領内のどの町であれ、私兵を持つことは許されていない。アンガスばかりは、領主補佐のジェイが当代の辺境伯であるクラークと従兄弟同士であり、また常からクラークへの心酔を隠すことなく実績を積み重ねてきたこと、そして、戦闘が趣味でもあると本人が公言し、力ある騎士や戦士とみればことあるごとに屋敷に招いて雇い上げなし崩しに生じたものであること、そしてごく頻繁に正規騎士団と混じって訓練を行う間柄であることで、見逃されてきた。

 常であれば、阿吽の呼吸で協力体制をとることもある相手だったのだが。彼らは主君夫妻の諍いに、ミリアンネが関与しているのではという疑いがあるとして、ジェイとアメリ夫妻から正式な命を受けるまでは協力しかねると、第二騎士団からの招聘に先んじて、意思表明してきた。


「主人の主筋の奥方に、根拠もない疑いをかけるなど。それも、くだらない、あの人たちの夫婦喧嘩の原因だと? 奥方のお名前を出すだけでも不敬甚だしいではないか!」


 実直な人柄の第二騎士団の長は憤ったが、強制できる筋合いでもない。

 そこで、ジェイとは年齢が近く、比較的気安い間柄だったため、ジェイに直接苦言を呈したのだが。肩を落とした大男は、ああ、とも、うう、ともつかない呻きをあげて、役に立たない。

 この様子では、配下の荒くれたちも、戸惑うはずである。

 では、とアメリを探しても、誰もその姿を見ていないと言う。

 屋敷中を探索する警護の騎士たちに、その姿を見たら速やかに報告するようにと申し伝え、苛々と待つ。どうしようもない時は、アンガスの者たちを屋敷から排除するしかない。よその騎士など、協力しないのであれば、邪魔でしかない。

 しかし警護の騎士達は、夕刻、突如として屋敷に漂い始めた煙に奔走することになり、アメリどころではなくなった。

 火元を特定するまでは、煙自体が毒物の可能性もある。屋敷中の者を一度庭に避難させることとなり、屋敷は騒然とした。

 幸い、火元はすぐさま判明した。

 地下の独房で、アジーナが、灯りの火を石の寝台に形ばかり乗せられた寝具に移したのだった。寝具が随分と湿気ていたのか、火自体は大きくなることはなかった。ただ、アジーナは大量の煙を吸い込んだらしく、騎士が駆けつけた時には倒れこんで意識不明だったという。

 さすがにアジーナは煙の抜けた客間に移され、医師に診てもらうことになった。

 マーズは自ら、その寝台の横に詰め、長い付き合いにもかかわらず、その心がわからないことに胸を痛めた。

 屋敷の使用人達も、火事の恐怖から解放されて、屋敷の日常へと帰る。

 慌ただしく、急ごしらえとなってしまった夕食を、それぞれが軽く摂って。

 落ち着かない気持ちで、ミリアンネが寝台に入った頃。



「アンガスの騎士達が、いない?」

「はい、半数ほどですが、屋敷から去ったようです。馬の数も減っています。煙の騒ぎの前は、確かに馬房はすべてふさがっていたのですが。馬車もアンガスから来た一台がいません」

「ジェイは?」

「ご本人は確認できておりませんが、ジェイ殿の馬はいました。ただアメリ殿の馬は、いませんでした」


 夫婦喧嘩が発展したんでしょうかね、と冗談混じりに報告した部下に、第二騎士団の長は、苦い息をついた。

 アメリの母である侍女長アジーナを地下から救い出すにあたり、そこでようやく、団長にもアジーナが奥方に対して愚かな振る舞いをして、勾留されていたことが知らされたのだ。


「母親のしでかしたことも忘れた様に、夫婦喧嘩だのと騒がせた末、しかも己の母親が起こした火で迷惑をかけた主家に暇乞いもせず、夜中に立ち去るか。そのような、思慮に欠ける方だっただろうか、アメリ殿は。……いや、むしろ」

「実は、私が馬房の空きに気がついた時、アンガスの騎士も数人気がついたようでした。おそらくすぐさまジェイ殿に報告したでしょう。そしてさきほど、表の門の開閉の合図があったように思います……」

「夫も、妻を追って出奔か」


 どこか腑に落ちない気分だが、屋敷内に異常はないと報告を受けている。


「いや、おい、奥方様にはお変わりないと聞いたが、ロジエンヌ様は、いらっしゃるのか? 今回はアメリ殿に同行してはいまいな」

「はい、たまたまお姿を拝見しておりますので、確かにロジエンヌ様は屋敷にいらっしゃいます。見回りの時、ロジエンヌ様が馬房の前にいらっしゃったので、不思議に思いましたが、寝付けないのだとおっしゃって。顔色も良くなかったので、お部屋へ戻るようお勧めした、その後で、馬房がいやに静かだと気がついたのです」

「そうか。……それならば、問題はないだろう。クラーク様が帰られるまでは、今の状況でアメリ殿をどうこうはできん。退散してくれた厄介のタネを、わざわざもう一度引っ張ってくることはないさ。屋敷に残ったアンガスの騎士たちも、明日の朝には発ってもらおう」


 屋敷の女性たちは、すでに就寝しているはずの時間である。火事騒ぎで疲弊しているだろうところを、わざわざ起こして報告するほどのこともない。

 定められた手順に従い、火事のことと屋敷での問題についての簡潔な報告を、王都の主君に送る。今現在安全が確保されている件については、それで良かった。ミリアンネに関する噂については、すでに日のあるうちに、別便で報告を出している。

 すべての判断に間違いという間違いはなかった。はずだった。


 翌朝には、奥方を閉じ込めておくのも忍びないと、自室待機の依頼取り消しを伝達させる。

 さらに町の警邏組は、夜のうちに噂の源について怪しい人間たちを特定していた。


 六人の男女入り混じった構成で六日ほど前に町に入ったようだ。国内各地の聖地を巡る旅だとして、宿をとったが、肉類の食事どころか同じ調理場で調理した野菜料理をも徹底して拒み、宿側と揉め事になっていた。宿が調理器具まで別に揃えての特別対応をするには特別料金がかかると請求したことに、抗議の意味でか、浄化すればいいと言って厨房に火を放とうとしたからだ。

 仲裁のために騎士が出張ると、とたんに大人しくなった客たちは諾々と罰金を払い、別の宿に移り、野菜料理のみを提供する食堂で食事をとることになった。それ以降、彼らは問題を起こすこともなく、金払いもよく、悪事を働く様子もなく。ただ、町をそぞろ歩き、人々と気さくに交流をし、土地の昔語りを集めて学んでいるとか。

 王都では神殿の勢力が強いが、国は信仰の自由を保証している。自然信仰をもち、菜食主義を貫く集落や血族が存在するも、もちろん認められているのだ。特に隣国と接するこの辺境伯領では、いにしえより多くの文化と信仰が入り混じっているので、宗教も実に多様だ。彼らのような存在は、珍しくはない。

 ただ念のため、初日の過激な行動から、町の治安に影響を及ぼす可能性があるとして、要所に立つ衛士や巡回する騎士達が、気に留めていた。そんな団体だったのだが。


 六人ともに、若くはない。夫婦三組というわけでもなく、行動するときはよくばらけているようだ。そのうちの一人が、他の五人から隠れるように酒場に入り、酔いを深め、好機とばかり隣に座った隠密騎士に、嘯いたらしい。彼らは「神の欠片」があらゆるものに宿ると信じている。その神の欠片を、本来の宿り先から引き剥がし、箱庭に閉じ込めて思いのままにする魔女がいるのだと。そのせいで、古来からの護りを失った貴族や、病がちになった子供たちがいたり、まして神の力の均衡が崩れ、王都とこの国に、未曾有の危機が迫っているのだと。そしてその魔女は、現し身の身分を偽って、高貴な令嬢のふりをして、この辺境伯にまで、悪事を成しにやって来たのだ。そう、真摯に語っていたという。


「無礼も極まってるが、頭がいかれてそうだな。そいつら、拘束できそうか」

「今も、三人張りついています。できます。見た限り、身のこなしも装備も、一般人です」

「何かあってからじゃ遅い。とりあえず、詰所に連れてこい」


 だが、宿に捕縛のため騎士達が駆けつけた時には、隠密騎士と話をした女一人だけが宿に取り残され、他の五人は荷物も含め、姿を消していた。女は捕縛されて悄然としたが、王都から来たというだけで、行き先の心当たりなど何もないという。そしておめおめと五人を取り逃がした、見張り番の騎士達は、焦る同僚たちに対して、逆に不思議そうな顔をした。


「昨夜、迎えの馬車が来て、とりあえず宿にいた五人だけ、護送したじゃないか。その女が戻るより前だった。確かに、詰所の方へと向かったぞ」

「何を……! 昨夜、そんな任務は出されていない。第二騎士団か。どいつらだ」

「いや——アンガスの騎士たちだ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ